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ならいの椿

数日前、母子3人が電車に飛び込んだというニュースを見た。
年の暮れ、将来を悲観してしまったのか、年を越せない事情があったのか、いずれにしても心が痛む。

一度だけ人身事故の場に居合わせたことがあった。
お洒落をしてクリスマスのディナーショーに向かう電車が錦糸町のホームに停車していた時、反対のホームからけたたましい警笛が聴こえてきた。
嫌な予感がした。
数分後、人身事故が発生し、復旧のめどは立っていないというアナウンスが流れた。私は開始時間に間に合うのか少し不安にはなったが、イライラしたり迷惑だとは思わなかった。むしろ、とても気の毒に思った。これから人生を楽しもうとしている人間と、人生に楽しみを見つけられなかった人間。その対比に、人間の命と営みのはかなさを想った。

私は生活のほぼ大半を介護者に頼る生活をしている。
そんな私には、五体満足であること自体とても幸せなのにと思えるが、人間の幸せは障害のあるなしではないだろう。

良いことがない、辛い、しんどい、孤独、貧しさ…人をネガティブにさせるワードが溢れている世の中。
屋根があるところに住み、食べていくことができ、安全に眠ることができる、それだけで幸せなはずなのだ。
そして、おそらくもう1つ、人間に必要なものがある。

希望だ。


吐く息が白くなり、土からは霜柱が立ち、バケツに残った水が氷る季節。
私は、ならいに身体を揺らされ、傷がつき、綻びて、それでも赤く誇らしく咲く椿のようでいたいと思った。

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