上期の終わりに江國香織に会ったこと
会ったと書くと誤解が生じるかもですね。正確に言うと、トークイベントに参加した、です。
神奈川近代文学館で今月から開催されている『庄野潤三展』に関連して、江國香織さんと刈谷政則さんが出演されたトークイベント「物語の幸福」。
何がきっかけかもう記憶が曖昧だけど、これを知った時、あ、行こう、とふと思って急いで申し込んだんですよね。確か4月くらいの頃のこと。
それでも私は、初めて江國香織にお会いするんだ、と数日前からそわそわしていたし、ここ数ヶ月本を読めていなかった割に行きの電車の中では『すいかの匂い』を数編すいすいと読んだ。幼少期から敬愛してやまないこの方の文章は、もう私の身体に馴染んでいる。
すっかり初夏の空気だった。初めて降り立つ土地で、なんて素敵な場所なんだ、とキョロキョロしながら向かった。海が見えるし薔薇と紫陽花と名前の知らない花とが身を寄せあっていていい匂いがする。そしてとても静か。歩いている方達も何処となく気品がある。
トークイベントは面白かった。江國さんはただ普通にその場にいて、庄野潤三と彼の作品について、熱心に語っていた。途中、老眼鏡を外し忘れて「なんで見えないのかと思ったらこれかけてたからだ」、とおどけて笑うような可愛らしい場面もありつつ、文・単語への感度の鋭さが、あまりにも江國香織だった。
なんだろうな、ひと言で表すととても豊かな時間だった。庄野潤三を私は読んだことがなくて(行くまでに読もうと思っていたけど無理だった)、内容に強く共感できた訳ではないのだけれど、御二方の話し方から伝わってくる文学そのものへの愛情がとてつもなく懐かしくて。というのも私は駅に着いてからずっと、大学時代のことを思い出していたんですね。大学までの道とキャンパス内を一人で歩いた時間。文学部棟の匂い。レジュメに書き込むメモ。教室で教授の講義を聞きながら襲ってくる睡魔。ゼミの先生の、文学について語る時の熱量と変わる口調。
これ全部が見事に蘇ってきて、同時に、ああ、私の好きな時間や空間ってこれだったなって。
思い出した、という感覚が強い。帰り道も内側がとても満ち足りていて、久しぶりに当時の流れみたいなものを掴めた気がした。私は本当に日本語と日本文学が好きで、それを好きな人達も好きで、今日のあの空間は私にとって、豊かだったとしか言えないような、とても心地の良いものだった。
文学部を選んで良かったと、多分死ぬまで胸張って思えるし、だからこそ、この「好き」をもっと育てたいなと改めて考える。やっぱり出版・編集の仕事をしたいし、そうでなくても本に関わっていたいよな。そういえば江國さんは電子書籍は使わないとこの前何かのインタビューで語ってらしたし、相変わらずメールは打てるけど資料作ったりそんなのできない、と今日は手書きのメモを用意してらした。作家さんと本で繋がれたら、と夢を膨らませる。
妄想・イメージは現実を変える、と思っているので少し苦手な遠い未来のことについても考える。私は結構行き当たりばったりで生きてきたけど、社会人になってからこのままではいけないという意識が強くなっている。10年後どうなっていたいか、そのために今何をしなければいけないのか。
明日で2024年上期が終わるけれど、うかうかしていると下期も秒で終わってしまいそうね。今日のような、記憶に刻みたいと思える一日を増やしていきたい。楽しみなイベントは既に盛りだくさんすぎるくらい予定されているけどその間の日々をしっかりと生きること。
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