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タイさんの取材ヨレヨレ日記④ 男の中の男

記者として、何万人もの人に話を聞いてきました。「これこそ男の中の男だ」と感服した人物が、何人かいます。真っ先にアタマに浮かんだのは、ある大手素材メーカーで労務担当の役員をしていたAさんです。

民間企業を担当する記者にとって、その年の賃上げ水準が決まる「春闘」は、大きな取材テーマでした。私が素材メーカーを取材していた時代は、大手メーカーがまず、賃上げの方針を決定。労働組合と調整したうえで、最終的な金額を決める、というスケジュールでした。

「鉄は国家なり」という言葉が、まだ残っていた時代です。素材メーカーの賃上げ水準が基準となって、自動車や電機、繊維メーカーなど他業界の相場にも波及していきました。大手素材メーカーの春闘は、勤労者全体の生活に大きく影響する重要なテーマだったのです。

新年早々に春闘がスタートすると、私は毎晩、静かな住宅街に建つAさんのご自宅を夜討ちしました。Aさんが素晴らしかったのは、決してウソを言わないこと。まだ公にできない内容についての質問は、「今はノーコメント」。明らかにできるタイミングになったと判断したら、正確な情報をいち早く記者たちに教えてくれました。

「ノーコメント」とだけ回答した時も、決して突き放すような言い方ではありません。今はなぜ明らかにできないのか、その理由と背景を詳しく教えてくれました。駆け出しの記者にとっては、本当にありがたい取材相手でした。

ただ、怒らせると、本当にこわい。Aさんの発言を曲解して、誤った趣旨の記事にしてしまった記者に対しては、厳しい口調で反省と謝罪を求めてきます。言い訳したり、中途半端な反論をしたりしようものなら、こっぴどく叱りつけられます。

このAさんは、潔さで有名な軍人のお子さんです。毅然とした振る舞いを見るにつけ、「血は争えないものだな」と感服したことを思い出します。

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