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電子投票・インターネット投票は導入されるか――国際シンポジウム「日本における電子投票・インターネット投票の未来」

 日本で電磁記録投票法が施行(2002年2月)されて20年余り。電子投票はこれまでに10自治体で25回実施されたが、2016年1月の青森県六戸町議補選を最後に行われていない(2020年3月に岡山県新見市が条例を廃止)。一方で、インターネットの普及等を背景に電子投票・インターネット投票を求める声も高まっている。2022年11月30日には「先端技術と民主主義・国際シンポジウム『日本における電子投票・インターネット投票の未来』」をテーマにしたシンポジウムが都内の早稲田大学で開催され、導入に向けた課題が浮き彫りになった。


■最大の課題は「国政選挙で導入できないこと」

「日本における電子投票の法制上の課題」について報告する湯淺墾道・明治大学大学院ガバナンス研究科教授。

 シンポジウムは独立行政法人経済産業研究所、早稲田大学現代政治経済研究所実験政治学部会の主催(東北大学大学院情報科学研究科共催)。約100人の研究者や学生などが参加した。
 前半は研究者らによる報告、後半はパネルディスカッションで構成。まず、湯淺墾道(はるみち)・明治大学大学院ガバナンス研究科教授が「日本における電子投票の法制上の課題」について報告した。

 日本では2002年6月に岡山県新見市が電子投票を初めて実施した。ところが2003年7月に岐阜県可児市で行われた市議選挙で大規模障害が発生。投票できなかった有権者の一部が訴訟を起こし、2005年7月、最高裁は選挙無効判決を出した。「選挙無効のインパクトが大きく、“可児ショック”と言われた」と湯淺氏。

 電磁記録法はいまも有効で、自治体は条例を制定すれば電子投票を行うことは可能だ。総務省の「投票環境の向上方策等に関する研究会」は2018年8月にまとめた報告で、電子投票の現状を総括し、「コスト(1台当たり18万円)」「国政選挙への未導入」「技術的信頼性」――を指摘。今後の課題として「汎用機を利用」「技術的条件の見直し」「電子投票システムの認証制度の見直し」を挙げた。
 湯淺氏は、最大の課題として「国政選挙で導入できないこと」を強調。「(自治体が)首長・議員選挙に電子投票を導入しようとしても国政選挙は紙での投票になるので二重負担になる」とし、期日前投票に電子投票を導入できないことも課題だと述べた。

 また、インターネット投票実現のための課題として、「技術的セキュリティ」では▽ブロックチェーンの利用の可否▽有権者自身の端末(マルウェア感染、不正なアプリ)▽ネットワーク障害、「投票環境」では▽偽サイト(フィッシング)▽買収、強要、違法な代理投票(他人のマイナンバーで投票)の防止▽有権者自身による投票の秘密の侵害の防止――などを挙げた。

■ネット投票が平等な投票環境を実現

「つくば市スーパーシティ特区におけるインターネット投票について」報告する市ノ澤充・(株)VOTE FOR代表取締役社長。

 続いて、市ノ澤充・(株)VOTE FOR代表取締役社長が「つくば市スーパーシティ特区におけるインターネット投票について」報告した。茨城県つくば市では、公職選挙を見据えたインターネット投票システムの実証を市の政策コンテストで実施。マイナンバーカードや顔認証システム、デジタルIDによる個人認証と、ブロックチェーン技術を用いた実証実験を行い、2021年には、公職選挙に応用可能なデータの秘密性と非改ざん性を備えた市民意見募集システムを構築、市内学校の生徒会選挙でネット投票を実施した。

 2022年4月、つくば市は内閣府のスーパーシティに選定され、「公職選挙におけるインターネット投票の実現に向けた技術的検証」は内閣府の「先端的サービスの開発・構築等に関する調査事業」に採択されている。2023年度には規制所管省庁との議論・調整を踏まえたインターネット投票の制度化の検討を行い、2024年度には住民の意向を把握したうえで、同年10月に予定される市長・市議選でのインターネット投票の実現をめざしている。

 市ノ澤氏は、インターネット投票によって移動コストが平等になり、▽足に障害のある人や介護・育児で家を空けられない人も投票所に行かなくて済む▽読み書きに支障がある人も、代理投票を使わず投票の秘密を守ることができる――などネット投票が平等な投票環境を実現する可能性に言及した。

■韓国では民間でインターネット選挙が日常化

「韓国の民間選挙におけるインタ-ネット投票システムの利活用」について報告する高選圭・大邱大学招聘教授。
「韓国におけるインターネット投票システムの開発」について報告する宋在敏・Korea Smart Voting代表(左)。

 最後は、高選圭・大邱大学招聘教授が「韓国の民間選挙におけるインタ-ネット投票システムの利活用」、宋在敏・Korea Smart Voting代表が「韓国におけるインターネット投票システムの開発」についてそれぞれ報告した。

 韓国ではマンションの管理に関する選挙や協会・団体・学会の選挙、条例請求の署名投票、株主総会、住民投票、自治体の政策に関する投票などでインターネット選挙が日常化している。その背景として高氏は①マイナンバーカード(13桁)/モバイル住民登録カードの普及②全国民の70%以上がマンション暮らし③ほとんどの国民がスマホを所有し、幼いころからオンラインに親しむなど文化としてIT/デジタルが定着――を指摘。政党の予備選挙や党代表選でもインターネット投票が行われ、ソウル市の「民主主義SEOUL」PLATFORMでは市民発案の政策についてオンライン上で一定数以上の賛成があると担当部局は答申が必要になり、条例制定請求もオンライン署名ができるという。

 民間選挙でのインターネット選挙普及のための工夫として、高氏は▽参加者のインセンティブ▽政治的有効性感覚と制度の融合▽参加の面白さ(プロセスの見える化)▽市民としての認定感(地域・団体・協会としてのメンバーシップ)――などを指摘。オンラインによる政策コミュニケーションが日常化することで「デジタル民主主義が進んでいる」と述べた。

 宋氏はモバイル投票システムの特徴などについて報告。▽プロセスのオンライン化▽便利な投票権行使▽無欠性の確保▽意思決定の正当性担保▽社会費用の削減――を列挙。本人確認の厳格化、投票の暗号化などで信頼性を確保していることを紹介した。

■在外投票で風穴が開くか

パネルディスカッションの様子(コーディネーター役は河村和徳・東北大学大学院情報科学研究科准教授=右端)。

 その後、登壇者がパネリストとなりパネルディスカッションが行われた(コーディネーター役は河村和徳・東北大学大学院情報科学研究科准教授)。河村氏は「“可児ショック”をなぜ払拭できないのか」と呼びかけ、データの重要性を指摘。2022年3月~4月、全国の市区町村選挙管理委員会事務局を対象にした2021年衆院選調査の概要を紹介した。
 それによると「障がい者、要介護者が利用する郵便投票をインターネット投票に置き換える」は「どちらかといえば」を含め賛成は53.7%、「FAX投票(洋上投票・南極投票)をインターネット投票に置き換える」は同60.9%、「在外選挙人の郵便投票をインターネット投票に置き換える」は同72.7%と、郵便投票・FAX投票の置き換えには否定的な傾向はみられなかった。

 日本で電子投票が広がりに欠く理由(多重回答)については「機器などのトラブルに対する懸念」(80.0%)、「セキュリティ面での不安」(69.8%)、「コストがかかる」(60.5%)が上位。「地方選挙しか利用できない」も33.9%あった。その上でつくば市の取り組みについて「ブレークスルーになるかも」と期待感を示した。

 高氏は、河村氏からの「なぜ韓国ではインターネット投票が公職選挙で使われないのか」との問いに、導入しているエストニアを引き合いに選挙管理や技術に対する信頼感の差異を挙げて説明。またフロアからの質問に対し、湯淺氏は「個人的にはインターネット投票が一番最初に実現される可能性が高いのは在外投票だと思う」と述べ、郵便投票が間に合わなかった人たちが憲法違反だ訴訟を起こしていることなどを理由として挙げた。
(文・写真/上席研究員・千葉茂明)

〇日本生産性本部・地方議会改革プロジェクト
https://www.jpc-net.jp/consulting/mc/pi/local-government/parliament.html


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