素敵な贈り物

クリスマス・イブ。
街中に溢れるジングルベルのメロディが、道行く人の足を急がせている。

特別な一日という意識があるのか、寒風の中でも人々の顔はどこか幸せそうだ。

だが、E氏はやり場のない憤りを胸に抱え街を歩いていた。

また会社をクビになったのだ。別に仕事を怠けたわけでもミスをしたわけでもなかった。
むしろ人より真面目に取り組んだと言っていいだろう。

だが正社員でないE氏は、どこの会社に勤めても業績が傾いたり、人員削減案が出されたりすると真っ先に解雇された。

ここ数年はその繰り返しだった。

自棄酒でも飲みたいが金がない。次の仕事もない。恋人もいない。
いったい、いつまでこんな生活が続くのか。

きびきびした足取りのビジネスマンや、幸せそうなカップルを見ていると、惨めさは募る一方だった。

―もう、いっそのこと。

E氏の中に暗い考えが浮かんでくる。
強盗でもしてやるか。そのカネで豪遊したら、後は刑務所でもどこでも行ってやる。

自暴自棄になったE氏は、雑貨店で包丁を買い求めた。

ーーーー

「金を出せ!」

客がいないのを見計らってE氏は小さな貴金属店に押し入り、カウンター越しに店主に包丁を突き付けた。

ニット帽にサングラス、マスクを付け顔は隠している。

「い、命が惜しかったら早くしろ!」

だが店主に怯える様子はなく、まあ落ち着きましょうか、と言った。
穏やかな顔をした初老の男だった。

「何言ってやがる!これが目に入らねえのかっ!」

E氏は包丁の切っ先を近づけ威嚇する。
それでも店主は笑みを浮かべたままだ。

「お客さん、慣れないことはするものじゃありませんよ」

店主が宥める。その口調にはゆとりがあった。

「刃先が震えているじゃありませんか。人を傷つけようとするのは初めてなのでしょうね」

「何だとっ!てめえに何がわかるってんだ」

「分かりますよ。あなたがどうしようもなくて、こんなことをしているというのは」

そう言うと店主は老人とは思えない俊敏な動きで男の手首を握った。
それはとても強く、抗えない力だった。

包丁を奪われる。E氏はそう思った。

ところが、店主は刃を自分の首筋へと宛がったのだ。
これにはE氏も驚愕した。

「な、何しやがる!危ないだろっ」

「中途半端はよくありません。…かつては私も罪を犯した人間なのです」

囁くように言う店主の首もとで、十字架のネックレスが小さく揺れた。

「ですからご忠告です。やるなら私という目撃者まできっちり仕留める覚悟でおやりなさい。それができないのなら…おやめなさい!」 

店主は一喝した。

サングラス越しに店主を睨み続けていたE氏だったが、やがて

「負けたよ」

そう言った。溜息を付き包丁を離す。そしてサングラスとマスクも外す。

「あんたみたいな人がいる店に入ったのが運のツキだ。警察でも何でも呼んでくれ」

だが店主は110番をすることなく、白い手袋をはめて包丁を手に取った。
しばし柄や刃先を眺めると電卓を弾き、

「ウチは買い取りもやっていましてね。…この包丁ですが、なかなかの年代物です。こちらの値段でいかがでしょう?」

E氏は目と耳を疑う。
店主が提示した金額は、溜まっていた家賃を払ってもお釣りのくるものだった。                                

「あ、アンタ何言っているんだ。俺は強盗だぞ。包丁だって二束三文の‐」

だが店主は、
「いえ、私の鑑定眼に間違いはありません。包丁も、そして人物も」

レジから金を出し、E氏に握らせる。

「そんな、こんなことが…」
「お若いの。今ならやり直しがききますよ」

E氏は床に這いつくばって号泣した。
いつまでも、いつまでも。

強盗未遂の男が去ると、店主は一つ息を付く。
手袋をしたまま包丁を握り、店の奥の部屋に入る。

「まあ『かつて犯した罪』とは10分前のことなのだが」

灯りをつける。
そこには猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られた男がいた。

本物の店主だ。

「素敵な贈り物をされたものだよ。こんな他人の指紋付きの包丁なんて。さっきの男はさしずめサンタクロースというところか」

本物の店主の目が恐怖に見開かれる。
偽店主が包丁を振りかぶって、歌うように言う。

「メリークリスマス」


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