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ネットフリックス「今際の国のアリス」実写化の難しさという永遠の課題 ネタバレ感想・分析

こんにちは。グルメピエロ@ホームです。
NY在住、映像の仕事をしています。おうち時間が増えたので、家で見た映画・ドラマについて感想を書く第3弾!! 今回も感想や分析を書いていこうと思います。

※以下ネタバレ含むのでご注意ください

今回はネットフリックスのドラマ「今際の国のアリス」。我が家のネットフリックスのレコメンド にバンバン上がってきたこの作品。山﨑賢人さん&土屋太鳳さんのW主演で日本でも話題になっていると気になったので、一気に8話を見てみた。

正直な感想は・・・「山﨑賢人は顔がカッコいいな」くらい。制作費をかけた撮影を褒めている人がいたが、制作費をかければいい作品なのか?制作費をかけたハリウッド映画は全て面白いだろうか?コンテンツの肝はやはり内容だ。作り込みでチープさを回避しようとした意図は読み取れるが、内容が伴ってない。日本のドラマは今後、こんな風に軽いものになってしまうのだろうか・・・原作マンガを実写化する時の問題をこの作品を通して改めて再確認した。

あらすじ(公式より)

優秀な弟と比較され続け、人生に意味を見出せず
鬱々とした日々を送るアリス。
親友のチョータとカルベと飲みに行こうと渋谷に繰り出すと突然、街は無人と化す。
誰もいない街を不安と解放感が入り混じった不思議な気持ちで歩く3人。

ある雑居ビルに入ったことで、強制的に謎の“げぇむ”
「生きるか死ぬか」に参加させられた3人だったが、
アリスの機転でなんとか密室からの脱出に成功する。
共に生き残った参加者のひとり、OLのシブキからこの“今際の国”では、
様々な“げぇむ”をクリアし、“ビザ”を取得しなければ
生き残ることができないというルールを聞かされる。

予告編

世界観の作り込みだけでは足りない

 実写化をするときに打ち当たる壁。それは世界観の作り込みだ。0から1を生み出せるマンガとリアルを扱う実写映画では、この作り込み具合に差が出てしまう。これをうまく表現出来ないと、チープな印象となってしまう。今回はその壁を越えようと、誰もいない渋谷のシーンを巨大セットでのグリーンバック撮影で気合を入れて作り込んでいた。

 通常の作品よりも大きな予算が与えられたであろう今作では、冒頭のシーンで視聴者をこの世界観へ入り込ませようとふんだんに特殊技術を使った撮影で魅せていた。これには「作り込みが出来ずに視聴者の気持ちが萎えてしまうような作品にしまい」という制作側の意気込みを感じた。だが、ここを褒めるべきではない。というよりもこれはスタート地点だ。
 もしも予算をかけて世界観を作り込むことで良い作品と呼ばれるのであれば、今でも世界最高の作品は「アバター」のはずだ。当時、世界最先端の技術で多くの人を魅了した。しかし、今では誰も「アバター」の話をしない。それは中身が面白くなかったからだ。物語を面白く魅せるのはやはり中身だ。

空を切るセリフと見方が分からないサイドストーリー

 1話から状況説明のためのセリフ、制作側の意図で配置した置きに行ったセリフが多かった。弟から主人公アリスへの「ゲームみたいにリセット出来ない」や親友カルべからアリスへの「ゾンビに襲われてもお前は生き残るよ」と言ったセリフ(これはマンガにもあったが)。状況説明的にセリフを使ってしまうと観る側が覚めてしまう悪い例のように感じた。戦争映画で「この戦争が終わったら結婚するんだ」的な死亡フラグはそのキャラクターを良く知っているから観ていてグッとくる。まだ何も知らない状況でそうしたセリフが出てきても世界観に入れずに取り残されてしまう。
 もう一つ気になったのが、唐突に語られるサブキャラの過去だ。終盤で日本刀を持ったキャラ「ラスボス」と性転換した元アパレル店員の「クイナ」の戦闘シーン。これまでサブキャラとして動いてきた2人に焦点があたり、急に過去のシーンまで差し込まれる。ついていけないといか、急にそれを語られたところで何を見せられているの?という気分になる。各話ごとに違うキャラクターに焦点が当たるような話でもなかったのに、なぜここだけ唐突に差し込んできたのか?意図がわからない・・・

日本人には難しい?怪演の必要性

 マンガが原作ということもあり個性的なキャラクターが目立つ今作。そこで重要になってくるのが役者の怪演だ。「ダークナイト」のヒース・レジャーをとは言わないが、個性の強いキャラに負けないような演技が必要だった。「ディストラクション・ベイビーズ」でとても良い演技をしていた村上虹郎さんには期待していたが「実写版映画に出演しています」くらいな感じで、そのキャラクターを自分のものにしている感じはしなかった。キャラ負けしている感じだ。それが一番顕著だったのが、ニラギという常に大型の銃を持つキャラ。浮いてる。学芸会のようだった。
 唯一キャラ負けしてなかったのが、ボーシヤを演じていた金子ノブアキさん。キャラ自身が強い自分を見せようと物語の中でも演じるという演技内演技を行うというシーンがあったことも救いだったが、今回は数少ないキャラを自分のものにしていた役者だと思う。
 ただ、そもそもキャラ乗せが出来ないのであればそのバランスをとるのが演出のはずで、今回はその稚拙さを感じた。

感想

 日本の映像は近年、規模感よりも内容で戦ってきた。ネットフリックスなどの登場で大規模にお金が入ることもあり、日本でも規模感のある作品が出てきた。今後は内容の伴ったものを観たい。ただネット配信となると話題性と視聴継続が大事になるはず。そうなってきた時にインパクト重視で内容をしっかりと描いていかない未来もあるかもしれない。ただ、そうなれば日本のレベルは地盤沈下していく。しっかりと時代に抗う制作者が出てくることにも期待したい。
 さて、このブログを初めてから批判的な内容ばかり書いてしまっているので、次は好きな作品について書いてみようと思う。だってそもそも映画・ドラマ大好きなんだから。

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