懺悔:何故私は「声優やってました」と言い続けたのか

書く事がない。履歴書は真っ白だった。職務経歴書は数行のバイト歴しかなかった。31歳、初めての就職活動。社会に出るには余りにも無力で余りにも信用が無かった。

声優を辞めて何をして食べていこうか?そうだ、世界に平和を運ぶ妖精さんになろう。妖精さんになったら花の蜜を少し飲んだり心が清らかな人と語らったりするだけで食べていけるのだ。柔らかな陽光の下でお昼寝をして、突然の雨に頬を膨らませるだけで生きていける。イケるじゃないか。妖精良いね。妖精になろう。そうと決まればリクナビやマイナビで妖精で検索だ!!

「条件に合う求人はありませんでした」

クソー。やっぱりか~!妖精って離職率少なそうだもんなあ!やっぱり大卒じゃないと妖精になれないのかな?それとも危険物取り扱いとか持ってないと駄目なのかな?

私は逃げていました。現実から逃げていたのです。逃げて逃げて逃げた先に何があるのか?多分それなりに生きていけるでしょうけど、それなりの人生をそれなりに生きていくしかないのです。還暦を過ぎたらどうする?年金もらえる年齢になったらどうする?元声優と言う土地に縋り付いて「田を返せー!」と吠え続けるだけで良いのでしょうか?違う。駄目である。死んでしまうじゃないか。死ぬのは嫌だなあ。就職するしかない。私はバイト先の上司に「就職するから辞めます」と告げました。そう、その瞬間「声優」から「元声優」にジョブチェンジしたのです。無職予備軍から無職への華麗なジョブチェンジ。こう言うのをキャリアアップって言うのかな?すごいなあ!順調にアップした!流石だねー!ヒューヒュー!桃の天然水!キチガイの化学薬!イヤッホー!あかんがな!また逃げとる!逃げたらあかんがな!
逃げるには理由がありました。とりあえず覗いてみた転職サイト、そこにはもう「30代とかだったら経験者以外くるんじゃねえよ。豚の内臓とタツノオトシゴのザーメン塗れ猿」と言う文言をぼかした文字が乱舞していたからです。私は高卒です。いや、正確には「声優専門学校卒業」です。そんな私が何をどういう風にして仕事を探せば良いのか?まず何の仕事をやればいいのか?そうだ、まずはやりたい仕事を考えよう。おっと、その前に会員登録ね?そりゃそうだ。やるべきだね。よし、登録したぞ。おっと、次はウェブ履歴書?なるほどなるほど、これで一次審査とかやるのね?こりゃあ便利な世の中だねえおまえさん!職歴ってなんだよ。ねえよそんなもん!学歴!?専門卒だけど…たしか学校法人じゃなかったからな…高卒や!よっしゃ~!探したるぞ~!不況不況と言いますけど、結構募集は多いなあ。
しかしやはり年齢と学歴と経験が全くない私にはどうすることも出来無い領域でした。そりゃそうです。31歳、普通に大卒で働いていたら役職についていたり、子供を二人程育てながら生きていける額のお銭をもらっている人たちです。そんな人が使う転職サイト、私みたいな声優崩れのファッキンフリーソウルメンが何をどう言う風にしたらいいのか?困ってしまった私はとりあえず転職やその近辺の言葉で検索を開始しました。

「お、エージェント!?なんやこれ!?仕事見つけて紹介してくれるんか!すごいな!」

「ヘイボーイ!お前の学歴や職務経歴を教えてくれよ!」

「オッケー!声優専門学校卒!職歴はナシ!求めてる仕事は声優だった事を活かす事が出来る仕事じゃー!」

「ねえよボケ」

エージェントにも愛想を尽かされてしまった私は叫びました。心からの叫び、私の人生はどうなるのでしょうか?今まで芸事一筋で生きてきました。それで人生が何とかなると思っていたのです。しかしなんとかなりませんでした。私はこの世界、そして芸能世界に完全敗北を喫したのです。そしてこれからも人生は続く。夢を見ていた時間よりも現実を歩く時間の方が多いのが人生。目が覚めたら文明が滅んでいた!そんな気持ちってこの気持ちじゃねえのと感じていました。
いや、ダメだ。このままでは飲み込まれる。過去に、思い出に、そして自分自身に飲み込まれてしまう。何かを変えなければ。俺は何か間違えていないか?そうか、ここは今の仕事がアレで転職する人のサイトだ。俺達のような白紙の人間を見ては居ない。だったら白紙の人間でも何とかしてくれる所に行けば良いのだ。そうだ!ハローワークに行こう!池袋にハロワやったらすぐやんけ!!色々教えてくれるに違いないし行ってみるか!

意気揚々とハロワに向かいました。そして初めてのハロワ。池袋サンシャインの隅の方、美少年のチンポ漫画屋さんの近くにあるハローワーク。とりあえずそこに行ってみたのです。
一歩踏み入れるとそこには仕事を求めている人が年齢性別問わず多くいました。急募の求人が貼りだれています。これだよこれ、求める人同士が交差する特異点。ここから雇用は生まれ、この地球はうまく回るんだよ。オッケーオッケー。万事オッケー。俺はもうすぐ、もうすぐ職を手にしてツイッターで「仕事忙しマンモス~!」「仲間とスタバポコチャ~ン!」と書いたりする身分になるのでヤンス。ヤンスってなんや君、まだ現実から逃げとるんか?そりゃ逃げますよ。怖いもん、現実。現実ってギザギザの歯が生えていて、毒液を飛ばしてくる尻尾あるんですよ。すぐに捕まえて毒液流し込まれて体液すすられるんですもん。怖いでっせ。たまらんでっせ。ぼっけえきょうてえよ!
とりあえず恐怖に震えながら、実際は結構えずきながら入っていきました。ここから俺の就職活動が始まる。

「今日はどんな要件で?」

「職を求めて初めてきました」

「ではこちらに記入を」

また学歴と職歴か!あるかボケエ!あったらこんな所来てないわ!もう良い!バイト書くぞ!バイトではリーダーに近い事していたし、htmlも使っとったわ!後は顧客対応とかもしとったし結構やっとったんじゃ!
そして色々と記入した物を提出、そして順番待ちの紙を一枚引き座って待っていました。遠くの相談カウンターでは怒声が聞こえ、隣に座ったおばさんはずっと独り言を言っています。なんだこれ。この世の終わりじゃないか。俺は何を間違えてここに来たんだ?俺は数ヶ月前までマイクが置いてあるスタジオでキャラクターに声を当てて居たんだ。どうしてこうなったんだ。どうにもならなかったからこうなったんだ。そうだ、俺はどうにもならなかった。それで生きていくには頼り無さ過ぎたんだ。完全敗北を認めて、真に触れてこなかった社会とこれから触れて行くんだ。共存を求めている。共存を。しかし拒絶が待っていた。だからこそここに来た。俺は一体どうなるんだ?怖い。怖すぎる。生きていくって言うのは怖いって事なのか。夢って何なんだ。俺は俺の夢に殺されるのか?
生きるって何なんだ。俺は自分の生き方に呪われているのか?そりゃ声優は楽しかった。しかしその楽しみは仮初だったのか?俺は俺を肯定できない。失敗して倒れた俺がここにいるだけじゃないか。こんな乾燥した空気の建物にいるだけじゃないか。

絶望を五臓六腑に感じながらミッシェルガンエレファントの世界の終わりを口ずさみ始めた時に番号を呼ばれました。優しそうなおっちゃんが目の前に居ました。

「今日はどんな御用で?」

「就活と言う物を始めようとしているのですが、始め方がわからなかったのです」

「成程。前職は何を?」

「今まで社会人した事がないのです」

「そうなのですか。でも、何かやって来たでしょう?バイトとかでもなんでも」

「声優やってましたね。芸能の」

「あ、そう言う方も結構いらっしゃられますよ。どんな感じでした?」

「プロダクションに入っていて、それで食えはしなかったですけどそこそこお金はもらえていました」

「すごいじゃないですか。じゃあ出演作品とかそういうのも多いんですか?」

「少なくはないです」

「それ、アピールポイントですよ。ただ何もしなくて職歴がないのと全然違う」

「芸歴ですよ?アピールできるんですか?」

「できます。書きましょう。それで仕事に就いていなかった理由もわかりますしね」

「なるほど」

「で、どんな仕事探しているんですか?」

「せっかく芸能の世界に居たし、そっちのマネージャーとか制作の仕事やりたいですね。芸能独自のルールとかも知っていますし」

「あ、それは良いかもしれないですね。もう何か探されました?」

「いえ、これからです。ちょっと色々探してまた相談にきますね」

「アピール出来る部分はなんでもしてみてください。芸能を10年していたとか結構武器になりますよ」

我、勝利を確信せり。
いけるぞ。こりゃ勝てるぞ。そうと決まったらとりあえず転職サイトを使ってみよう。ハロワで探すのも良いけど、ここは倍率が高すぎる感じがする。とりあえず送りまくる人もいるだろうし、もう少し後で考えるか。
ああ、早く社会の一員になりたいなあ。すぐになれるかなあ。昔の仕事とか一応メモってあるからウェブ履歴書作って活動してみるか!!

これがその後6ヶ月仕事が決まらなかった男の就活一日目である。

~続く~

一番消したい記憶を文章にしてみます。頑張るぞ!

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