「いい音」ってなんだろう(その3)
CD時代になって、最初は「CDは音がいい」ということで人気だった。それを助長するようにパッケージやライナーノーツには「一部お聴き苦しいところがありますが、元のテープによるものです」みたいな、いかにもアナログが悪いと言った但し書きがあったり、これみよがしにAADとかADDとかの記号があって、DDDならサイコーじゃん的なマーケティングがなされていたと思う。
たしかにCDはあのサイズで、ノイズのない「いい音」を提供してくれた。しかも、レコードにしろカセットにしろ、常にメディアと接触して音を出していたアナログと違い、メディアに触れないから摩耗による音の劣化もない、ときた。オランダでフィリップスのイベントに参加した会社の同僚が、CDのプレゼンテーターが、舞台に登場するなり、自分のシャツのポケットからディスクを取り出して見せ、サイズはこうやって決めました風なパフォーマンスをしていたよ、と話てくれたのを覚えている。
しかし、少しすると、「CDっていい音だけど、ちょっと冷たいよね」とか「音が良すぎて(笑)キンキンしてる」と言ったような文句も聞かれるようになった。その傾向は、リマスターというのが出るようになると、ますます初期のCDは音にまろやかさがない、言わば、前回触れた「ミュージカリティ」においてはちょっと問題もあるんじゃないかということが気になってきた。
それもそのはず、CDは人間の可聴帯域より上の、犬ならば聴こえるが人間にとっては盲腸とも言える周波数帯域をバッサリ切っていたからで、合理的かもしれないが割り切れないのが人間、音の良し悪しは可聴帯域だけで決まるのではなく、倍音成分が含まれていることが重要で、それが含まれているとリスナーの脳にアルファ波が発生してそれが気持ちいいんだ、とか言われるようになった。たとえば、バリ島のケチャはそのような成分をふんだんに含んでいるぞ、と言うのも話題になったと思う。
そんなCDの問題を克服しようと、1ビットサンプリングだとか、サンプリング周波数を上げたSuper CDなども登場して来た。僕が勤めていたパイオニアは、失われた周波数を人工的に作り出し、それを追加することで、アナログのような聴感をもたらす技術を開発し、”Legato Link”と名付け、CDプレイヤーに搭載した。そのCDプレイヤーはラボで測定してみるとノイズばかりが目立ち、こりゃぶっ壊れているんじゃないかという疑惑さえ持ち上がった。しかし、聴いてみるとその名の通り、なめらかでふくよかな音質だったから、オーディオ評論家の皆さんはキツネにつままれた状態だった。僕は当時ベルギーに駐在していて、例によって、ヨーロッパや英国の評論家を訪ねて商品を説明し、記事にしてもらうパブリシティ活動の一端を担っていた。有名なフランスのfnacの試聴室で、多数のオーディオクリティックに囲まれて、「こんな変な測定結果なのにいい音だと言うのなら、今から比較するから普通のCDプレイヤーか、オタクのLegato Linkか当ててみろ」と挑戦状を突きつけられ、大ピンチに陥った経験がある。しかし、僕はうまくブラインドテストにパスし、その場を切り抜けることができ、めでたしめでたしだった。その顛末は、noteのこの記事に詳しいので、怖いもの見たい人は読んでみてください。https://note.com/goteaux_records/n/na42ddde12f73
ところで、CDはノイズがないと書いたけれど、実はデジタルノイズが潜んでいて、それがはっきりわかったのは、ロンドンのオーディオフェアでダブルサンプリングの音源を聴かせてもらった時、ヴォリュームを上げて音にまみれても、ぜんぜんうるさくなく、スピーカーの前で会話しているのに、お互いの声がはっきり聞こえたことがほんとうに驚異で、感動したものだ。
(続く)
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