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ドサクサ日記 2/20-26 2023

20日。
島田市のグランピング施設を見学。廃校になった湯日小学校(少年ソフトボールの試合で行ったことがある)がオシャレな宿泊施設&コワーキングスペースになっていて驚いた。その後は岡部の初亀醸造さんに移動。お酒造りについての解説を受けながら、酒蔵を案内していただいた。聞けば聞くほど酒造りには手がかかっており、原材料費も考えると安価に供給されていることに驚くしかない。ある面では音楽と似ているかもしれない。しかし、マスターの複製である音楽ソフトとは違って、お酒は醸造した全量を超えて販売することができない。そういう意味では実直な実業であって、それぞれの工程を見ながら身の引き締まるような思いだった。夜は焼津で初亀さんのお酒を飲み比べしながら、新鮮な魚や美味しい料理を食べるという贅沢な体験をさせてもらった1日だった。

21日。
オーナーがヘッズである宿屋、焼津の汀屋(みぎわや)で目覚める。お酒でベラベラになったまま温泉に入って、気絶するように寝たので実感が薄かったが、目の前の焼津漁港の朝景色が大変に美しかった。海の向こうからゆっくりと太陽が昇ってくる。それを眺めながらお風呂に入った。深夜、果てる前に理由も分からずに食べた焼津駅前のタコ焼きが残っている身体に、朝食の鰹出汁が染みた。そのあとは藤枝の奥に移動して、手もみ茶の名人を訪ねた。手もみのお茶は乾燥まで6時間を要するのだという。それでできるのが数百グラムというのだから驚く。友人の大塚君が揉んだお茶を露茶(つゆちゃ)という飲み方でいただく。想像外の旨味が口に広がって、奥歯のさらに奥がキューンと反応する。2杯目はキリっとした、知っている緑茶の味。こういう技術が廃れていくとしたら、日本の文化の損失だろう。

22日。
自ら進んで記念写真を撮らないので、当たり前だけど見返すような写真がiPhoneにもパソコンにもない。一緒に撮っておけば良かったなと思うこともあるけれど、あのときの演奏だったり、あのときこう言ってくれたなとか、メールやLINEの履歴とか、そういうものだけで自分には十分な気もする。先輩たちがアップしている写真には愛と歴史が詰まっていて素敵だなと思った。人の命はその人の身体のなかだけを生きるわけではないのではないかと、最近思う。短い時間だけど一緒に過ごしたり、あるいはただ遠く離れたところから好きだったり、その人が作った何かのファンであるだけでも、本人ではない私たちのなかに、彼は確かに生きたのだと思う。そういう意味では、私の「生きている」は私だけのものではない。それは私の死後も続く。彼はまだ生きている。きっと多くの人の人生のなかに、生きている。

23日。
宮城の角田市へ。かく大の学祭に出演。50才を超えて北端でラム酒の醸造に挑戦しようとしている人や、親の反対を押し切ってイラストレーターになった人、途方もない広さの果樹園を復活させようとする人、趣味の藍染が趣味の域を越えようとしている人など、いろいろな人の学びと人生を知ることができて嬉しかった。何もかも、自分がそう思えば、始まったばかりなのだ。俺もBoys & Girlsのひとり。

24日。
訃報が続く。自分で言うのも変だけれど、俺はセンシティブなのでドスーンと食らう。近しい人たちや、俺よりももっと感じやすい人は、想像もつかないような感情に塗れているのだと思う。そう思うとまた食らう。作りかけの新曲やボーカルだけ録音されていないトラックたちを、やり残したままこの世を去るわけにはいかない。これを生きる希望と呼んでいいのかは分からないけれど、もう少し生きたい。

25日。
バス停で知らないお婆さんと話し込む。この間、バスへの乗車の順番を譲った方だった。80年もこのあたりに住んでいるのだという。随分と町は変わって、移り変わりが面白いとのことだった。お婆さんはひとつ前のバス停で降りていった。「それでは、また」とお互いに声をかけたけれど、結局、行き先が同じで、店先でまたばったりと会う。なんだか気まずいけれど、妙に嬉しくもあった。

26日。
深夜にソロアルバムを聴き直す。このアルバムには、生き残ってしまった自分の(そう書くのが相応しくないかもしれないけれど)、いろいろな感情の揺れ動きが書かれている。海の向こうの沖(あの世)まで一緒に連れて行ってという気持ちを少なからず抱きしめながら、それでも、みっともなくても何でも、最期まで生きたいと俺は思う。生きる力がみるみる湧いたりはしないが、弱々しくも、でも確かに、生きようと考えた日々のことを綴っておいて良かったと思う。ふとしたときに聞き返して、もちろん明るい気持ちにはならないけれど、幾らかのエネルギーが吹き返すのがわかる。死後の世界のことは分からない。いつか歌ったように、「僕らはまた来世で都合よく会えたりしない」んじゃないかと思う。でも、生きていれば、こうしていつでも会える。「君に会いに向かう」とも歌っているんだけど。