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2024夏至日記

会社の飲み会で有事。
上の人たちが参加しない気軽な会で、今回はわたしの歓迎会ということで一応部長たちにも声を掛けたようだが、都合が合わないとかで参加されなかったので気楽に臨んだ。
宴もたけなわという頃、主催者が「部長からゴタンダさんに文を預かっています」と言って三つ折りの紙を取り出した。
ふみ?
「ゴタンダさんは歌をされるんですか? 自分は学がないのでこのままお渡しさせていただきます」
…うた?
恐る恐る紙を開くと、そこには部長から「あなたには期待しています」という解説付きで短歌が記してあった。それだけでも引くのに、なんとわたしの本名を折句にした凝り様。わたしが折り句を知らない可能性を案じたか、ご丁寧に「折り句とは…」という解説まで付いている。一気に酔いが覚め、一同水を打ったように静まり返ったが、なんとか笑いに持って行って持ち直し、会は終了した。

なんという特級呪物を授かってしまったのだろう。回りの人たちは気楽なもので「返歌するの?」などと訊いてくるが、先の日記のとおり、その部長の本性はモラハラ・フキハラ・モンスターである。短歌の中でも固い目の作風で折り句というテクニックまで見せつけてきたことに、ほのかなマウンティングの意趣を嗅ぎ取る。新入社員を歌で歓迎するような奥ゆかしい人格をアピールしたいのかもしれないが(それはそれで引くことに早く気づいてほしい)、こちらからするとマジもんのサイコパスにしか思えない次第である。もちろん次の出勤日には朝一番に「この度は歌を賜りまして…」と御礼を述べはした。あんまり現代で使うのを聞かない表現だなあと思うさいながら……。
そんなわけでなかなかタフな環境に身を置いていて、モチベーションを保つのにも苦労しているので、信頼している先輩(一次面接に同席されていた)になぜ採用されたのかを訊いてみた。守秘義務があるとはいわれたものの、「どんな企画をしたいか」という質問に対して楽しそうに話す様子が印象的だったとの回答を得た。竹中郁の話をしたんだっけ。

土曜は半日ごろごろしていたが、京都に遊びに来ていた母と落ち合って飲んだ。『鹿の王』『水底の橋』を返して「月刊みんぱく」を貸してみた。円地文子の『源氏物語』文庫本の1巻を借りた。
母と別れ、帰り道に喫茶店に寄り、『白鴉』『いつかたこぶねになる日』そして借りたばかりの『源氏物語』を少しずつ飲んだ。コーヒーの二杯目はアルコール入りのカフェ・ロイヤルにした。たばこが吸いたくなる湿気だ。6月ってそんな気がするなあ。

日曜は少し足を伸ばしてお気に入りのパン屋へ。ツートンカラーが美しいパリッパリのピスタチオ・クロワッサンとパン・オ・ショコラを食べる。

久しぶりにライブへ行った。明るい時間から飲むワインで少しほどけた空間に音楽が入り込んできて、とても素直に聴けた。誰かの音楽を真っ直ぐに受け止められたとき、自分の中に余白を感じられる。

夏至にカレーを食べられなかったので、夜は実家の野菜の残りでカレーをこしらえた。

夏至といえば『真夜中の魔女のひみつ』(岡田淳)を思い出す。眠る前、余波舎さんたまたま入手できた岡田淳の『プロフェッサーPの研究室』をにやにやしながら読んだ。岡田淳は物語だけでなく、挿絵も好きだ。いつか自費出版同人誌『星泥棒』にもお目にかかりたいと思う。

給料日、転職の関係で普通徴収になってしまった住民税を払い、帰りにハーゲンダッツを買ってきて食べた。サバイブって感じがする。このところ毎日飲んでる気がするけれど、金曜はまた立呑屋へ。雨のせいか客がわたしのほかに一組しかおらず、次々注文が通ったので、40分ほどで3,000円ちょっと使ってビールと日本酒を2種類、早々に満足して帰宅。転職して丸3ヶ月経った。ごほうびってわけじゃないけど気になっていたリキュールが届いていたので開封する。

6月最後の週末、土曜は晴れたので茅の輪くぐりに行った。作法どおりにくぐっていると、まだ終わっていないのにケバいおばちゃんが闖入してきておもしろかった。帰りにレモンパイを買い、溜め込んでいた日記を集中的に書いた。せっかく降らなかったので、夕方は本を持って鴨川へ。日差しも強くなく、蒸し暑くもなく、風が通り抜けていく木陰を見つけて鳥の声を聞きながら先週買った『いつかたこぶねになる日』を読んだ。一話読むごとに顔を上げて川の流れや木の上の鳩に目を向けた。間違いなく読書にうってつけの場所だった。

最近スーパーで活〆の鱧が売っているのに気づき、自分で湯引きしてみることにした。適当に断って茹でるだけでかなり美味しかった。梅ポン酢がよい。ここぞとばかりに獺祭焼酎を合わせる。

やるべきことは大量にあったが、気分が良かったので夜はAmazonで『君の名前で僕を呼んで』を観た。この映画はDVDも持っているけれど、決まって梅雨の時期に観たくなる。北イタリアのからりとした夏。余白がたっぷりあるバカンス。そして恋。完璧すぎる。筋を知った状態で久しぶりに観ると、主人公の両親の良さに気づいた。母親がうまそうに煙草を吸うのもよい。あーどうしよっかな。2秒考えて停止ボタンを押し、財布だけ持ってコンビニへ行き、7年ぶりくらいにPeaceを買った。前はボックスを買っていたんだっけな、ふと、昔ソフトパックしか買わなかった人のことを思い出してソフトパックにした。煙草は昔から3年間で2本吸うか吸わないかの頻度であるから、ボックスを選んだってしかたがないのだった。マッチはお灸用にまとめ買いしてある。1本擦って点火し、ついでに蚊取り線香をつけ、それまではソーダ割りで飲んでいたロンググラスに氷すら入れないで生のまま注いでベランダに出た。出しっぱなしのウッドチェアに深く腰掛け、映画の続きをスマホのほうに切り替えて(+イヤホンで)再生した。ひさしぶりに正しく夜に潜り込んでいるような気がした。転職してからというもの、5年ぶりに起床時間が2時間早まり、労働時間は1時間増え、土曜出勤さえ増えた。さらには弁当まで作らねばならなくなったものの(前職は昼に帰れるくらいの距離だった)、なんとか遅刻せずにがんばっている。もうすっかり生まれ変わったように健全になってしまい、休日でも10時まで寝ていることがめっきり減った。その代償として夜独特の親密な空気からは遠退いてしまっていたのだと思う。

上半期最後の日。緑茶を切らしていたので台湾茶を朝からつくって冷やしておき、水無月を買ってきて食べた。

カムの飲み会に誘われていたので梅田に行くついでに、ヨドバシカメラに寄って持ち歩き用のBluetoothキーボードを見繕う。以前使っていたのが使えなくなってしまって困っていたのだった。そろそろ本腰を入れて書かねばならないのに、家でちっともはかどらないから出先の作業用に必要だったのだ。タブレットなんて持っていないけど、Google Driveのドキュメントさえ開ければキーボードだけで済む。
思うに、初稿の勢いは思考をダイレクトに落としこむ上で絶対にタイピングのほうがよい。フリック入力が向かないのは、遅いから無意識に言葉を選んでしまうから。しかしこの日は決めきれずに様子見だけ。

カムの人たち+Aで台湾料理店で飲み、そのあと沖縄料理店で飲んだ。

作品の感想を伝えるうち、なぜ書くのか、誰に向けて書くのか、ということになっていくと、どこかでデリケートな内容にも踏み込んでしまうので難しいなと思う。でもいったい物語に、作家の人間性ってどこまで必要なんだろうか。鬱じゃないと文学じゃないんだろうか。文壇の権力者に評価されるために書くわけじゃないのに?

このテーゼは翌週も引きずって、自分のやりたいことってなんだったんだっけと思い始めるしまつ。今はとりあえず3月に行った台湾旅行を早く文章にしておきたい。去年は、今年1月の新刊として『写真集×短歌 イスタンブール旅行記』を作っていた。旅行記というのは文学ではなく文芸に入る。写真を多用したかったこと、InDesignを導入したことでZINEっぽいつくりに挑戦でき、いろんな人から評価してもらった1冊だけど、写真集も短歌も旅行記も全て文芸なのだった。

母親に電話する機会があった。『三体』は挫折した、名前が覚えられないから、とのこと。でも『キングダム』のほうは、原作は知らないけど1作目冒頭で「ゲーム・オブ・スローンズみたい!」と思って見始め、指輪物語が好きなこともあって見事はまった、と言うので(わからなくもないな)、中国ものが苦手というわけではなく、どうやら古代〜中世のファンタジーが好きなんだねということらしかった。彼女が物語に求めるものは現実逃避で、だから文学性よりもファンタジーが必須条件ということらしい。自分もわりとそういう読み方をする。
文学とはいえないまでも、今まで書いてきた私小説などは読者を意識せず、楽しませる気もなく、ほんの近しい人にだけ打ち明け話をするつもりで、しんきろうに寄稿したり少部数文学フリマで売ったことはある。でも読者側になって考えると、他人のそういうものを好んで読みたいかといわれたら正直わからない。同じ読書時間であれば楽しいものを読みたいとわたしなら思うからだ。ここにアマチュア書き手と読み手の需要と供給の混乱を見る。

母親がふと「昔書いてたあれの続きは?」と懐かしいタイトルを言った。「あれは童話的というか、あのときしか書けなかったと思うよ」と白状すると、「もったいない~」と言うので、ちょっとだけその気になってしまった。あれを今書き直すなら自分はどうするだろうな? そんな空想には文学うんぬんの屈託ある思考は必要なく、これがよかったのだろう、やもすると憎みはじめるところだった「文学」と距離を置くことができた。助かった。

職場の昼休み、「そういえば月末から五輪ですねえ」と言われてかなり驚いた。もう4年経ったということ? たしかに去年のワールドカップで男子バスケが五輪出場権を掴んだその試合を見ていた。これは見届ければと思う。

また次の日の昼休みには「そういえば祇園祭ですねえ」と言われ今度は本当に驚いてしまった。どうも世間についていけていない気がするなあ。7月なのだった。

最後の金曜は友人夫婦が京都に来るというので飲んだ。日本酒が好きな奥さんのために店を選び、2軒目も日本酒の飲める店につれていってもらった。奥さんの友達とも合流し、長野が好きな人から信州の酒を勧められて飲んだ。昔友人と行った店を3軒目に選び、そこではひさしぶりにラフロイグを飲んだ。奥さんは4軒目でも日本酒を飲んでいたが、自分はさすがにカルダモン焼酎のハイボールにしておいた。愉快な金曜日の夜だった。


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