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『コーラ』

短編戯曲
『コーラ』

作 上西郷太



(喫茶店での男女の会話)


男「何飲む?」

女「...アイスコーヒー。」

(店員に)
男「じゃあ、アイスコーヒーとコーラで。」

女「......。」

男「なに?」

女「なにが?」

男「いや...。」

女「で?」

男「え?」

女「だから、言いたいことあるんでしょ?」

男「うん。」

女「...。」

男「ごめん。」

女「...。」

男「申し訳ない。」

女「...。」

男「反省してる...。」

女「嘘つき。」

男「嘘じゃないよ。」

女「反省してないよ。」

男「してるよ。」

女「...。」

男「...。」

女「あのね、反省してる人は、コーラなんか頼まないの。」

男「え?」

女「人は謝りたい時、コーラなんか飲まないの。」

男「いや、飲みたかったから。」

女「こういうときはコーヒーかお茶でしょ。」

男「そうなの?」

女「そうでしょ。」

男「そんなルールないでしょ。」

女「ほんと、あなたって空気読めないね。」

男「なんで?」

女「謝られてる時に、コップからシュワシュワ鳴ってたら嫌でしょ。」

男「...静かに飲むよ。」

女「そうじゃなくて。」

男「わかった。カフェオレに変えるよ。」

女「カフェオレもダメ。」

男「え、なんで?」

女「なんで謝るときに、苦いコーヒーに牛乳入れて飲みやすくするのよ。」

男「....。」

女「普通は少しでも苦いやつ頼んで、自分反省してますアピールするの。」

男「じゃあエスプレッソが一番いいの?」

女「......ギリアウト。」

男「は、なんで?一番苦いでしょ。」

女「物事はそんな単純じゃないのよ。」

男「意味わかんないよ。」

女「エスプレッソまで行くと、自分に酔ってる感じがして鼻につく。」

男「もうお前のさじ加減だろ。」

女「でもコーラは絶対違うと思う。」

男「...。」

女「...。」

男「別れよう...。」

女「は?」

男「別れよう。」

女「何よ急に...」

男「君はどうしてすぐに決めつけるんだよ。」

女「....。」

男「普通はこうするとかああするとか。」

女「...。」

男「自分が普通とは限らないだろ。」

女「コーラはおかしいでしょ。」

男「確かに君の言ってることは一理あるよ。でもみんながみんなそうしてるみたいな言い方はするな。」

女「だってそうじゃん。」

男「俺はコーラが好きなんだ。」

女「...。」

男「好きなもの頼んで何が悪いんだ。謝罪と飲み物は別物だろ。」

女「それはセットみたいなものでしょ。」

男「...。」

女「...。」

男「例えば、君に結婚のプロポーズをするとする。」

女「え?」

男「綺麗な夜景の見えるレストランに君を招待して料理を食べてるとする。」

女「...。」

男「料理を終えた後に、飲んでいたグラスの中から結婚指輪が出てくる。」

女「よく聞く光景ね。」

男「君が言う普通ではそのグラスの中身はシャンパンとかワインだろ?」

女「まぁ、そうね。」

男「これがコーラだったらどうだろう。」

女「は?」

男「コーラの中に指輪が入っていたらどうだろう。」

女「...ねちょねちょするじゃない。」

男「ねちょねちょは今忘れて。」

女「なんでよ。」

男「じゃあ、コーラじゃなくてアイスコーヒーの中に指輪があるとして。」

女「どっちにしても、黒いから指輪見えないじゃない。」

男「あー、とにかく俺が言いたいのは。」

女「...。」

男「例えワインやシャンパンじゃなくてアイスコーヒーの中に指輪が入ってたとしても、結婚したいって気持ちは伝わるだろ?」

女「...。」

男「そういうことだよ。」

女「あんた、別れようって言わなかったっけ?」

男「...言った。」

女「なんで別れようとしてる相手に、結婚のプロポーズを例に出すわけ。」

男「思いついたんだもん。」

女「思いついたって、空気読んで別の例え探してよ。」

男「もう言っちゃったんだからしょうがないだろ。」

女「なんで開き直ってんの。」

男「だから俺が言いたいのは、謝罪の場でコーラ頼んでも、反省の気持ちはちゃんとあるってこと。」

女「...。」

男「...。」

女「別れたいの?」

男「...。」

女「...。」

男「君は別れたいと思ってるんだろ。」

女「...なんで?」

男「思ってないの?」

女「だから、なんでそう思うの?」

男「なんとなくそう思ったんだよ。」

女「なんとなくって何?」

男「だからあの...ふいんきが。」

女「ふいんき?」

男「あ、ふんいき。」

女「どっちでもいいわよ。」

男「良くないよ、この前馬鹿にしてきたじゃん。」

女「今はどうでもいいでしょ。」

男「どうでもよくないよ、腹立ったし。」

女「ああもう、今の話とは関係ないでしょ。私のどんな雰囲気を感じ取って、別れたいんじゃないかって判断したのかってこと。」

男「...。」

女「...。」

男「あんな態度取られたら誰だってそう思うだろ?」

女「...そう?」

男「普通はそう思うだろ。」

女「ふーん、普通はそう思うんだ。」

男「あ...」

女「...。」

男「今のは違うじゃん。」

女「何が違うのさ。」

男「...。」

女「...。」

男「じゃあ、別れたいとは思ってないの?」

女「え、なんでそうなるの?」

男「ほら、やっぱり別れたいと思ってるじゃん。」

女「いや、違う、なんでこの流れでそういう捉え方になるんだってこと」

男「僕は、彼女にあんな態度を取られたら普通は別れたいサインだと思うと言った。でもみんながみんなに 普通が 当てはまるわけじゃないと僕自身がついさっき立証したから、君には当てはまってない...のかもしれない。だからえっと...」

女「...。」

男「ごめん、言っててよく分からなくてなってきた。」

女「聞いてるこっちはもっと分からない。」

男「もう、答えてよ。君は別れたいとは思ってないの?」

女「...。」

男「...。」

女「別れたいと思ってなかったらどうする?」

男「ああもう!」

女「真剣に聞いてるの。」

男「...。」

女「...。」

男「さっきのは撤回するよ。」

女「え?」

男「君に別れたいって言ったこと。」

女「...。」

男「喜んで撤回する...。」

女「...。」

男「...。」

女「よろしい。」

男「え?」

女「その言葉を待ってた。」

男「...。」

女「私も別れたいとは思ってないよ。」

男「...ぱー。」

女「...ぱーって何?」

男「君はずるいよ。」

女「どこが?」

男「いつも僕から言わせるように誘導して。」

女「謝罪する側なんだから、それくらいのことはして貰わないとね。」

男「...確かに。」

(店員がアイスコーヒーとコーラを持ってくる)

男「あ...。」

女「...。」

男「...。」

女「...。」

男「...。」

女「いいよ、飲んで。」

男「え?」

女「だって、好きなんでしょ?」

男「...。」

女「...。」

男「はい。」

(男、コーラを飲み始める。女、その様子を眺めている)


(シュワシュワと炭酸の弾ける音が駆け巡る)

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