地伝#22 ◾️1998年 福岡
このイベントに出演するためラッパガリヤの3人と一緒に羽田から福岡へ飛行機で移動した。Qは時間になっても現れず、猛ダッシュしてギリギリで搭乗。山田マンは昼間から機内でワインを飲みまくり酔っている。トシ君まで上空は酔うねーとか言いながら一番ベロベロになっていて、性格が真面目な僕にとって結構苦手なタイプの人達だった。
DA DEF NIWACKERとしてクレジットされている左側がヨシキ君で、その右上にDJ NOBBと書いてあるのが現在は餓鬼レンジャーのDJをしているGPだ。
ヨシキ君は僕が京都のウォーキンストアで働き始めた1993年と同時期に大阪の店舗に来た。福岡から尖りまくった不良少年が大阪に乗り込んで来たと松岡さんから話は聞いていた。
京都と大阪で店は別だけど、同じ会社なのでたまに顔を合わすうちにお互いヒップホップが好きで歳も変わらないこともあり仲良くなった。ヨシキ君はレッドマンと同じ柄のタトゥーを入れていた。
数年後、僕は東京へ行き、ヨシキ君は福岡へ転勤した。そして1998年に福岡へ呼んでくれた。
GPとはこのイベントで初めて会って、若いのに(同じ歳くらい)ニュージャックスウィングとかプレイしたりグルーヴィーな選曲を聴いてすごく興味を持った。話してみると、ダンスしてDJして同じような時代を過ごしていた人だとわかった。まさか彼が数年後に餓鬼レンジャーのDJになって、僕と近からず遠からずの親戚みたいな関係になるとはこの時は当然思っていない。
もっと予測できなかったのは、この5年後くらいに僕が走馬党に入りラッパガリヤと一緒に活動することだ。
SNSが無いような時代に、それぞれ別々の場面で出会った人達がこうして同じ場所にいることが面白い。
それにしてもQの顔が怖い。
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