僕たちに必要なもの「おおきな木」
きっと僕たちは戻ってくるだろう。
あの日無邪気に遊んだあの場所に。
忘れていた心のドキドキを思い出して、なぜか悲しくも色褪せないあの日々に想いを馳せて。
僕たちは子供から大人へと成長する。
大人の階段を登っていく。
一歩ずつ。
そしていつの間にか、心も身体も成長し、成人して恋をする。
仕事をする。
結婚する。
子供が生まれる。
そして、若い時分の「若気の至り」が抜けきれぬまま向上心故に行動して失敗をする。
あれやこれやと動き回り、自分とは何かと考え、苦しみ、路頭に迷う。
そして、どん底に突き落とされた時、何も残されていない自分に絶望して、しばらく白くなるだろう。
だけど、たっぷり寝たらあの日のあの場所に行きたくなるかも知れない。
そしてその場所は、あの日の、子供の時の僕が遊んだままの姿で目の前に現れる。
「待っていたよ。
頑張ってたね。
大変だったね。
お疲れ様。」
言葉少なに僕をその全体で包み込み、抱擁してくれる。
思わず僕は目から涙がこぼれ、いづれ嗚咽して滝のようにその涙は止まることを知らずにポタポタ地に落ちる。
そして、しばらく経てば僕はその場所に別れを告げ、歩き出す。
やがて僕は年を取り、ヨボヨボのおじいちゃんになる。
もう動き回ることもできず、その場でくたびれてしゃがみ込むことが多くなる。
あの日の、あの向上心はもうない。
心は諦観(ていかん)にも似たような静けさで、無音だ。
そしてまたあの場所へ行きたくなる。
あの場所はもう無いのではないか。
もう僕を包み込んではくれないのではないか。
あの場所があったとしても、あの日のあの時のように僕を静かに受け入れてくれるだろうか。
あの場所に近づく度に不安が押し寄せ、徐々に強くなる。
あの場所は、もうどこかへ行ってしまったのだろうか。
否、はるかなる時間を飲み込んだ今でさえ、あの場所は静かにただそこに存在していた。
「待っていたよ。」
ただ、少しさびれて、雰囲気が柔らかくはなっている。
また一滴、僕の目から涙の滴が頬をつたう。
いつも僕を包み込んでくれたあの場所は、僕のように年を取り、ただ静謐(せいひつ)と共にそこにあった。
本質は変わっていなかった。
それは「温もり」が占めている空間である。
そんな温もりのある、村上春樹氏訳のこの物語は、子どもに読み聞かせながら、実は大人の「僕」のための物語だったのだ。
ありがとう、おおきな木。
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