【小説】ブルズアイ1

《持ち前の美貌で男を騙し、貢がせたお金で悠々自適に暮らしている岡部美咲。ある時、美咲の行動を不審に思った弟、岡部智也からある相談を持ちかけられる。それが美咲や家族を巻き込んだ大事件に。美咲はなんとか人生設計を立て直すべく、大物に手を出していくが・・・事態は思わぬ方向へ発展していく》

第一章【日常】

私は自他共に認める最低の女だ。だけど、そんな周りの誹謗中傷はどうでもいい。男なんて馬鹿で単純な奴ばかりだ。
 今も目の前には、私の美貌に狂った男がコーヒーを啜りながら、舌なめずりをするように私を凝視している。このホテルの展望レストランは夜景を見渡せ静かな雰囲気を持つ空間だ。そんなホテルに連れて行けば女は、すぐに落ちると勘違いしている男が多い。この男もその部類の低脳な奴だ。この男が今、常連気取りで話しているのは食事は不味いくせに、やたらと高額なフルコースを恥じらいもなく提供している不細工な料理長だ。男は、私の前で格好をつけたのか、ワインの飲みすぎで顔は真っ赤になり気持ち悪い。
 

 しばらく馬鹿な自慢話を聞いていると、見た目だけのデザートを、どこにでもいそうな女のウエイターが持ってきた。そのタイミングを見計らったように男は、鞄の中をあさり始めた。そして鼻につく香水の匂いを撒き散らしながら、私にプレゼントらしき物を渡してきた。少し早めのクリスマスプレゼントだと言った。(中身を空けてもいいか)と尋ねると男は満面の笑みを浮かべ小さく頷いた。そこにはブランド物の財布が入っていた。価格にして三十万程度だろうか。だけどこんな物は腐る程、持っていた。過去形なのはすべて現金化しているからだ。
 

 そして、男は今日も間抜け面でホテルの一室に私を誘ってきた。バブル期の成金じゃあるまいし、そんなシュチュエーションはこっちが恥ずかしくなる。私は言葉巧みにその誘いを断り、もっともらしい理由をつけて丁寧に別れの言葉を告げた。この男とは半年ほど付き合ったがそれも今日で終わりだ。男は貯金の殆どを私に貢いで半年間で五百万ほど頂いたので、もう用済みだ。この財布は選別として貰っておいてやろう。
 ホテルから出るとすぐに男から電話がかかってきた。この男はホテルの部屋に誘ったことを謝り、もう一度会いたいと言ってきた。私は泣きながら電話を切るとすぐに電源をオフにした。未練たらしく付きまとうようであればストーカー扱いをして、後は谷口にまかせよう。
 

 私は男と別れ、福岡市内にある築十八年、家賃六万二千円のワンルームマンションに帰宅した。男から貢がせた金で、もっと良い物件を住みかにすることは十分可能だが、ここを選んだ理由は、貢がせる相手に金がないことをアピールするためだ。まだ仕事をこなすには、さすがに天神の高級マンションでは都合が悪い。ただセキュリティはある程度、確保しておきたい。別れるときは細心の注意を払っているつもりだが、嫉妬心に狂った男は何をするか分からない。だから部屋には大家さんの了解を得て、部屋から玄関先の相手を確認できるように隠し防犯カメラを設置している。鍵も二重ロックでドアチェーンはボルトクリッパーでも簡単に切断できないものを取り付けている。そしてドアへの固定も万全だ。さらに私の部屋の窓を開ければ目の前は交番だ。危険が迫ったときにはカラーボールをを投げて警察官に知らせる。それは交番勤務の巡査に谷口から話を通してもらっている。警察官に「よろしくお願いします」と挨拶に行ったときは、私の顔とスタイルを見て「安心して下さい」とデレデレしていたから問題はないだろう。 
 

 私は疲れた体を癒すために、お気に入りのお香を焚きソファーへ横になった。そして携帯を取り出して谷口に電話をかけたが、コール音は鳴ったものの留守番電話になった。仕方なく私は起き上がりスーパーで売っている税込105円で1リットル近く入っているペットボトルのコーヒーを冷蔵庫から取り出した。気取って豆からドリップするような高級品は飲まない。そしてコーヒーはいつもブラックだ。砂糖やミルクを入れて飲むのが嫌いな訳ではないが、できるだけ糖分は控えるように心がけている。
 私はガラステーブルにコーヒーを置いたあとパソコンを開いてインターネットTVを見ていた。この家に液晶TVなどはない。地上波で流れる低俗なバラエティ番組やワンパターンのドラマなどを見て、自分の感覚を犯されるのが嫌だからだ。世間の流行のトレンドやブレイクしているタレントの情報などは男から得ている。世間のことは何も知らないふりで興味深深な笑顔をみせると自慢気に教えてくれる。そういう天然でやんわりした女が好きな男にはかなりの武器になる。しかし最低限の情報はパソコンから入手しているので生活に支障をきたすことはない。それとインターネットTVは、どの時間でも自分の好きなジャンルが選択できるから気晴らしには適している。私のお気に入りは将棋チャンネルだ。何も考えたくない時などは静かな空間で駒音だけが鳴る対局はうってつけだ。女流棋士を聞き手に男性棋士が解説をしているが、イケメン揃いでこれはこれで楽しめる。そのせいで将棋のルールも覚えたし、棋力はネットのオンライン将棋で三級ほどになってしまった。
 しばらくすると携帯が鳴った。谷口からだ。
「悪い。仕事中だったんだ」
 谷口は低く図太い声でそう謝ってきた。
「別にいいわよ。それよりあの男とは別れたから」
「そうか。潮時だな」
 谷口は現役の刑事だ。四十歳でノンキャリアだが頭の切れる男で、今は福岡県警の刑事部捜査二課に所属している。以前、捜査で私と接触した男だ。前は警視庁に所属していたらしいが、何かの事件で誤認逮捕をしてしまい福岡に転属されたらしい。谷口は(あいつは確実に黒だ)と言っていたが、証拠不十分で書類送検できなかったらしい。谷口は私には、まったく興味はないらしく金で繋がる関係だ。
 そして谷口は次のブルズアイを聞いてきた。
「今度は?」
 私はデパートで買った安物のバックから名刺を数枚を取り出した。
「そうね。この前のイベント合コンで会った高田利明っていう男にしよと思ってる。よぶこ銀行福岡支店の課長らしいわ」
 私と谷口の間では標的の男をブルズアイと言う。私はよく知らないがダーツの中心を指す言葉らしい。谷口の提案でそう呼ぶことにしている。
「佐賀の地方銀行だな。で容姿は?」
「小太りで身長が170センチくらいかな。坊主頭で汗っかきだったけど、顔は俳優になれるくらいのイケメンね。年は三十八歳だと言ってたわ。とりあえず調べておいて」
「分かった」
 私はモテなさそうな不細工男をブルズアイには選ばない。街を歩いていて私とつりあいが取れなと、(いかにも)という雰囲気が漂ってしまう。ある程度は女遊びができそうな男がちょうどいい。
 

 私の主戦場は出会い系のイベントだ。彼女ができないせいで金を使うことがなく、貯金をたんまり持っていそうな奴を探す。名刺を貰い、いけそうな奴を谷口に調べてもらう。
 三日後、谷口から連絡が入った。
「この銀行の課長さんはダメだな」
「何か問題があったの?」
 谷口の調べでは高田利明という男はバツイチで、離婚後はギャンブルに嵌り貯金も使い果たして今は借金まみれらしい。
「じゃぁ金を引っ張るのは無理そうね」
「そうだな」
「またブルズアイに相応しそうな男がいたら連絡するわ」
「早めに頼むぜ」
「分かったわよ」

 私は仕事をしてない時やイベントがない週はブラブラと天神の街を歩く。今だにナンパが成功すると勘違いしている時代錯誤の馬鹿を探すためだ。
 いつものように天神地下街を歩いていると《カフェプレ》というなんだか安直で意味の分からないカフェのガラス越しに男が座っていた。男はスラッとした出に立ちにスーツを格好よく着こなしていた。顔も人並みだが雰囲気が良くない。暗い顔をしてコーヒーを飲みながら小説らしきもの読んでいた。あれだけマイナスオーラーを出していれば、彼女や妻がいようが私に気をとられる可能性が高い。第一感でそう感じた。前の男と悲しい別れを演出したばかりだったので、とりあえず観察してみることにした。
 一週間ほど観察してみると男は平日の十九時に必ず《カフェプレ》に来ていた。もし彼女がいればこんな事ははしないだろう。いるとすれば妻だが毎日来るということは夫婦仲は冷えきっているのか、別居しているのか。おそらくその辺だろう。明日に少し探りをいれてみようと思った。
 次の日も男は案の定《カフェプレ》に来ていた。まずは、私も店に入りカーバーのしてある本を気づかれぬように後ろから覗いた。男は萌え系のライトノベルらしきものを読んでいた。いい年をしたおっさんなのに気持ち悪いと思ったが、私には好都合だった。そして何度か店に足を運んだ。化粧は薄く伊達メガネをかけ、ミニスカートを履き、男がいつも陣取っているガラス越しのカウンターの傍に座るようにした。そして一週間ほどで会釈をする程度になった頃、私は機を見計らい自分のコーヒーを飲み干すと男に尋ねた。
「あの・・・それって池波書店で買われた本ですよね」
 ブックカバーにはロゴマークとikenamiの文字が羅列してあった。
「そうですけど」
 男は不思議そうに私を見つめた。
「急にすいません。私、以前そこでバイトしたことがあるんです。それで気になってたんですけど、それカバーが上下逆なんです。よく新人の子が間違えるんですよ」
「あっそうなんですか。教えてくださってありがとうございます」
 そう言うと男はすぐにカバーをかけ直した。私は池波書店なんかでバイトなどしたことはない。さらに池波書店のブックカバーは、もともと上も下もないから、どんな新人でも上下逆にかけ間違えることはない。その後、男は私の空のカップを見て思惑通り、お礼にと言ってカフェラテを奢ってくれた。その日は少しだけ話をして帰宅した。
 そして週明けの月曜日は男の方から声をかけてきた。そうなれば男から多少の情報を聞き出すのにそう時間はかからない。毎日十分ほど雑談をして帰る。その繰り返しを五日間続けた。その結果、週末の金曜日には名刺を出して夕食に誘ってきた。私は顔を赤らめながら差し出された名刺を丁重に頂いたが、その日の食事は断った。私は本名を告げ、代わりに電話番号を交換し、必ず連絡するからと言った。男は私と初めてあった時のオーラーとは明らかに違うものを発していた。気持ちの悪い笑顔がその証拠だ。私は偽名などを使わない。リスクはあるがバレた時は言い訳ができない。もしうまく言いくるめたとしても、その後の関係はギクシャクし金を出し渋る可能性がある。そのリスクを背負ってくれるのが谷口の役目だ。

 氏名は加藤一樹。よつば食品の営業本部長と名刺には記載されていた。よつば食品といえば有名な会社だ。新商品が出るたびに全国区でCMが流れている。また業務用の卸業務も行っていると聞いたことがある。
 私はすぐに谷口に調査を依頼した。谷口からの情報が入るまで店には行かなかった。情報を得てブルズアイに相応しくない男だと判断したらそこで終わりだ。その間、加藤から電話かラインあたりがくるだろうと思っていたがなにもなかった。私が連絡すると言ったので、すでに嫌われるのを恐れて忠実に待っているのだろう。谷口は二日後の水曜日には情報を提供してくれた。いつも通り仕事は早い。
 年齢は四十歳で妻子持ちだった。家庭がある男は自由に使える金が少ないのはマイナスだが、谷口の調べでは加藤はいたって真面目で妻以外に女の影はないという。こういう男は付き合い始めれば妻への裏切り行為を楽しむようになる。そしていったん嵌ると破滅するまで、その悦楽に浸る男が多い。さらに有名企業の本部長というのも好都合だ。この加藤という男の妻は常務の妹にあたるそうだ。それならば当然、妻には私の存在を知られたくないだろう。離婚される可能性があるからだ。おそらく今の地位も実力でもぎ取ったものではない可能性が高い。だから離婚などできないはずだ。しかしそれをネタに脅して金を取る気はない。そんなことをすれば開き直られて警察沙汰になる恐れもある。ただうまく金を出すように誘導する武器にするだけだ。それともう一つの利点は加藤ならば消費者金融や友人からある程度の金は引っ張ることができる。最低でも五百万くらいの借金はできるだろう。
 
 私は一人の男から半年で五百万程度の金を出させることを目標にしている。そして男の夏と冬のボーナス時には私も臨時ボーナスを貰うことにしている。つまり生活費を差し引いて年間で二人の男から八百万ほどの利益だ。もちろんこれは机上の空論でうまくいかないことも、ままあるがその時の状況に応じて男を見定め帳尻を合わせるように努力している。細く長くこのやり方で、短大を卒業してからの六年間で五千万を貢がせた。ただ貯金は三千五百万。残りの一千五百万はボディガード代と情報料で谷口に回っている。谷口にしてみればいい小遣い稼ぎだろう。

私は加藤を次の男にすることを決めた。

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