【小説】水上リフレクション7

第七章【博多弁と危ない女】

午後五時四十五分。千晶は博多駅南口の玄関付近で和也を待っていた。しばらくして和也がやってきた。
「ごめん、待った?」
「私も今、来たところだから」
それはドラマのベタな台詞のように思えて二人で小さく笑った。
「とりあえず、どこかでご飯でも食べようか」
「そうだね」
 

和也は値のはりそうな白のTシャツに薄いブルーのジーンズ。スラッとした体型にそれがとてもマッチしていた。すれ違う女性がみんな振り向くぐらいのイケメンオーラーを出していた。
「あっでも俺、地元の人間じゃないから、この辺よくわかんないんだよね」
「それなら私と美鈴のいきつけの店にする?」
「いいね。そこにしよう」
二人はタクシーに乗り【アトリエ】に向かった。

【アトリエ】に着いた二人はお酒を飲みながら、仕事について語り合った。和也は今日練習で感じたことや、これからの練習方法、それから戦術面に関して、、事細かに千晶に教えた。千晶もそれを一生懸命、自分のものにしようとメモを取りながら聞いた。千晶自身、美鈴以外でこんなに仕事について語り合ったのは初めてだったので楽しかった。
そして徐々に和也に心を開いていった。
「話は変わるけど、千晶ちゃんってどこの生まれ?」
「えっ何で?」
「いや、美鈴ちゃんや優喜みたいに博多弁で喋んないからさ」
「あぁ生まれは東京」
「俺と一緒じゃん、でも何で福岡支部所属?」
「ちょっと理由があってね。やまと学校出た後に、、住民票をこっちに移したの」
和也は少し探りを入れるように、千晶に聞いてみた。
「そうなんだ。理由はやっぱり美鈴ちゃん?」
「半分当たりだけど、半分はずれ」
「美鈴ちゃんは男まさりみたいだけど、優しそうな子だもんな。やまと学校時代からの親友なんだね。だからこっちに来た。そんな感じかな」
「美鈴は凄く優しくて、いつもそばにいてくれる私の一番の理解者。今では親友以上の存在なんだ」
そして千晶が思い出したように言った。
「和也君も私達と同期だよね。でもあんまり覚えてないな」
「そりゃそうだよ。俺は四月入学だけど千晶ちゃんは十月組だろ。被ってる期間が短かったし、それにあの時は、卒業が当面の目標だったから自分のことで精一杯だったろ」
「そっか。訓練生も十月組で五十人くらいたからね」
和也にとっては学校の話など、どうでもよかった。頃合を見計らい話題を変え本題に入った。
「ところで千晶ちゃんは付き合ってる人はいる?」
「えっ」
千晶は突然の質問に顔を赤らめ下を向いた。その様子を見て和也はこの女は容易い。いつでも俺の思いどおりになる。、直感的にそう思った。千晶はこの質問に
「一緒にご飯でも食べたい人ならいるけどね」とだけ告げた。
「そうか。それなら今度は違う質問。千晶ちゃんは優喜のこと、どう思ってる?」
「えっどうして?」
「ほら優喜って、多分千晶ちゃんに気があるだろ。だから千晶ちゃんの方はどうかなっ思って。俺のライバルになるかもしれないし」
この手の会話には、うとい千晶ではあったが、なんとなくその意味を理解した。とりあえずは和也の質問に答えることにした。
「優喜くんは大切な存在だよ。やまと学校の時もいろいろ、庇ってくれたりしたしね」
「庇うって?」
「ほら、教官って怖かったじゃん。私はへたくそだから、よく怒られたりしたんだよね。その時助けてくれたのが優喜くんだったんだ」
「そうなんだ。じゃあ少しリードされてんのかな」
「そうだね。だいぶリードされてるね」
お酒の勢いもあってか千晶にしては的確でまともな回答だった。そんな会話で盛り上がった後、二人は食事をして店を出た。

「千晶ちゃん、送って行こうか」
 千晶は美鈴の家に泊まるから大丈夫だと和也に言った。ここから美鈴の家は歩いても十分程度だ。
「そうか、それじゃあ送って行ったりしたら、ぶっ飛ばされるな」
「そうだね。月まで飛んで行っちゃうんじゃない」
和也は大爆笑しながら今日のさよならを言った。そして和也はまた練習に付き合うと口実をつけ、もう一度会う約束をした。どういう風に言えば千晶は断れないようになるか。ここ数時間は和也が千晶を見定める時間だった。そんな思考回路は和也の得意分野だった。
 そして千晶は、ほろ酔い気分で天神の街を抜け、美鈴のもとへと帰って行った。

「さて、今日はこのぐらいで帰っとくか。やっと千晶ちゃんに近づけたからな。ちょっとは隙を見せとかないと、いくら千晶ちゃんでも落ちないだろうから」
そこに後ろから聞き覚えのある声がした。
「落ちるって何?」
声の主は桐原結菜だった。和也は驚くというより明らかに狼狽していた。
「お前、何でここに」
「そんなことはどうでもいいのよ。練習に付き合うくらいなら、まだしも、なんで二人でお酒なんか飲んでるのよ!」
「お前、全部見てたのか」
「質問に答えてよ!」
結菜の物凄い勢いに、和也は一瞬うろたえたが、開き直ったように言った。
「俺が誰と酒を飲もうが、お前には関係ないだろ!」
「はぁ~関係ないって。よくそんな事言えるわね。私はあんたの彼女でしょ!」
和也は結菜の発言にまたしても驚いた。確かに二週間程前に和也が下心を抱き、デートに誘って食事をしたことはある。だが結菜と会話するうちに、美人だが、なんだか危ない女だと感じたのだ。だから、その後は何もしなかった。ただ酔いつぶれた結菜が(家まで送れ)と言うので部屋のベットに寝かして帰っただけだ。こいつは何か勘違いをしている。
「ふざけんな!勝手にいつ彼女になったんだよ。ただ食事をして、お前を送っただけで彼女になるのか」
その強気な和也の言葉に結菜は態度を豹変させた。
「和也、ごめん。そうだよね。まだ彼女じゃないよね。でも私のことが一番好きって言った言葉に嘘はないよね」
和也はもう面倒くさくなって結菜に優しく告げた。
「その言葉に嘘はないよ。ただ俺はいまレースに集中したいんだ。もしかしたらSG優勝の称号が、手に入るかもしれない大事な時期なんだ」
「うん、分かってる。SG制覇したら私を彼女にしてくれる?」
「あぁもちろん」
その場しのぎで和也は、そうはぐらかした。
「それじゃあ、俺はホテルに帰るから」
和也は結菜から逃げるようにホテルへと帰って行った。

一方、結菜は
(でも、中原千晶の奴、なんかムカつくな。和也にSG制覇の夢を、早く達成してもらわなきゃいけないのに、あんたの練習になんか付き合ってたら時間の無駄じゃない。なんとかしなきゃ)


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