【小説】ブルズアイ2

【第二章 家族】

 岡部美咲は横浜で生まれ今年で二十八歳になる。父の転勤でここ福岡に引っ越してきたのは十年前のことだ。ちょうど高校を卒業間近で、専門学校か短大を探しているところだった。当然、地元で進学を考えていたのだが、父がそれを許さなかった。成人するまでは面倒をみるという自己満足のような考えだった。しかし学費を負担するのは両親だ。美咲は渋々、福岡の短大に進学し卒業した。その後、美咲は福岡市内で一人暮らしを始めた。自由を手にしたかったのではない。家族と一緒にいるのが嫌だったからだ。

《美咲 十八歳》
 私たち家族は福岡市内の3LDKのマンションで引越し屋に家具を運んでもらいながら荷物の片付けをしていた。
「俺のゴルフバックは寝室のクローゼットの中だな」
 父は医療器具会社の営業マンだが四十七歳にして主任どまり。やり手の社員は月に何千万という契約を、いとも簡単にとってくるらしいが父は、仕事ができるほうではなかったらしい。今回の移動も左遷に近いものだったのだろう。そのくせに趣味はゴルフで湯水のように金を使ってしまう馬鹿親父だ。だから家の家計を支えるため母は共働きをする羽目になっていた。そのことに感謝の気持ちは感じられない。営業成績がひどい時なんかは母の収入が多かったこともあると聞いた。そんな時もゴルフに行っていたから信じられない。
「姉貴、俺はこっちの広い部屋を使うぜ」
「別にあんたの好きにしたらいいわよ」
 私には三歳年下の智也という弟がいる。弟も横浜の高校に進学を望んでいたが、私と同じ理由で福岡で受験を受け四月からは高校一年生だ。私は短大に通うが不慣れな街で友達もいないから不安で仕方がない。しかし弟にそんな素振りは一切ない。性格なのだろうが智也は頭も良く、スポーツ万能で行動力もある。ただ女にもてるような面ではない。綺麗な母の遺伝子は微塵も感じない。代わりに私が〈美〉のDNAをすべて受け継いだようだ。
「すいませ~ん。こちらのベットはどこに運んだらいいですか?」
「あっそれは美咲のだからこちらにお願いします」
 母は父と同い年の四十七歳で大学時代からの付き合いらしい。父とは違い四十後半のおばさんにはまったく見えない。小柄で童顔だから知らない人からよく三十前半に間違えられていた。。だけど手や足先はおばあちゃんのようにやつれていた。父と結婚してからは、私たちを育てるためにずっと働いているからだろう。専業主婦になってみたいと、たまに愚痴をこぼしていた。
 私たち家族は決して仲が良い方ではなかった。父は母に部屋の掃除や料理のことで文句ばかりつけていたし、弟は父とも私ともよく喧嘩をしていた。理由は様々だが全員、まったく話をしない日などは日常茶飯事だった。
 私は短大に通いながら飲食店でバイトをした。稼いだお金は一円も家には入れなかった。父には食費くらい出せと言われていたが、母がそれを望んでいなかったからだ。それに洋服やアクセサリーに金をつぎ込んだ方が私は輝くと思っていた。短大は女性ばかりだったので退屈で合コンによく行っていた。男が金を出してくれて大学生にしては豪勢な食事が楽しめたからだ。それに合コンでは常に一番人気だったから、私を影で取り合おうとしてる男の滑稽さを楽しむのも一興だ。ストレス発散の場にはもってこいのイベントだった。

《美咲 十九歳》
 ある日、バイト先で欠員が出たらしく店長からどうしても出勤してほしいと頼まれた。しかしその日も合コンの予定が入っていたので断ろうと思っていたのだが、柄にもなく店が気になってOKをしてしまった。店長は下ネタばかりのおじさんだったが面倒見がよく、言動がお笑い芸人以上に面白いかから、バイト連中からは好かれ慕われていた。それは私も同じだった。それも出勤した理由のひとつかもしれない。
 店長は私が用事があると言っていたので気を使い、店が落ち着いたころに、早めに上がらせてくれた。その時は慌てて家を出たのでほぼすっぴんに近い状態だった。早く仕事が終わると思わなかったから、合コンは諦めて服装もTシャツにジーンズとラフな格好だった。友人から(遅れてもいいからおいで)とラインが入っていたのでとりあえず行くことにした。だけどすっぴんでこの格好じゃ今日は私の出る幕はないと思っていたが、想像とは違う状況になった。男全員が遅れてやってきた私に目の色を変えて擦り寄ってきたのだ。今日の女性陣は、私ほどではないが皆それなりのレベルだったにもかかわらずだ。しかも相手は医者の卵の医学部生ばかりで、中には総合病院の息子や、こねを使って入学したであろう金持ちのボンボンばかりだった。それで他の子たちは気合が入っていたのにこの状況だ。会はすぐにお開きになったが電話番号を交換をし金持ちとの繋がりができた。
 このことがきっかけで私は合コンに誘われなくなった。そして女友達も少なくなっていった。しかし私にはそれ以上収穫がたくさんあった。自意識過剰な私は、どんな状態でも男を誘惑できる天性の才能を持ち合わせていると感じた。そして男どものプレゼント合戦が始まった。ブランドのバックや高価なアクセサリー、中には現金を包んでくる馬鹿もいた。それがヒートアップした頃にはバイトの給料など、どうでもいいくらいの金や物が集まった。それらを眺めていると私は汗を流して働くことの虚しさを感じずにはいられなかった。その感情はしだいに母のようにはなりたくない、そしてならずにすむという強い感情に変わっていった。

《美咲 二十歳》
 私はバイトも辞め、近づいてくる男からのプレゼントを現金化したり、できるだけ金持ちの男を付き合うターゲットにした。貧乏アピールで金を借りたりした。もちろん返済などしていない。ちょっと涙を流せば返さなくてもいいと格好をつけて言ってくれるからだ。
ただ、付き合うとなるとそれなりの関係を作らなければならないのでSEXは必要だったが、それは最後の武器にした。だからなるべくイケメンを選んでそれが苦にならないように男を見定めていた。私にはたくさんの選択肢があったのでそれは容易だった。
 そんなある日、私が買い物に出かけていると弟の智也から電話が入った。だけどその電話には出なかった。コンビニのレジで支払いをしていたからだ。そして店を出て家に帰る途中にまた智也から電話が入った。何度もかけられても困るから仕方なく私は電話に出ることにした。すると智也は
「姉貴、ちょっと相談があるんだけど・・・」
 今までこいつの相談に乗っていいことなんてひとつもない。
「相談ってなに?忙しいんだけど」
「電話ではちょっと・・・」
 智也の声のトーンはいつもと違っていたので、私は渋々、近くのファミレスで待ち合わせをすることにした。店に入ると智也は一番奥のテーブル席で私を待っていた。私は向かいに座りアイスコーヒーを注文した。
「で、相談ってなに?」
「ちょっとだけ金を貸して欲しいんだ」
 いきなりこいつは金を貸せと言ってきた。貸す気はさらさらなかったが当然、理由は聞いてみた。
「ちょっと友達がバイクで事故ちゃってさ。お見舞いに行くのに金が欲しいんだ」
 私は直感的に嘘だと思った。こいつは、おちゃらけてはいるが結構、真面目な性格で高校生でバイクに乗るような友達がいるとは思えなかった。
「そう。それは大変ね。それじゃぁ貸してあげる」
 すぐによい返事が返ってきたのに驚いたのか、智也のお礼は一瞬の間をおいてだった。
「ありがとう。助かるよ」
「いくら貸して欲しいの?」
「言いにくいんだけど、三万くらい貸してもらえるかな」
 こいつは私が油断したかと勘違いして、おそらく当初予定していた金額よりも大目にふっかけてきた。高校生がお見舞いで渡す金額ではない。
「分かったわ。あんたの友達なら私も挨拶するから、今から病院に行きましょう」
 智也は慌てふためき、友達と一緒に行くからとか面会謝絶だからとか、辻褄の合わない言い訳をし私と一緒に行くのを必死に拒んだ
「面会謝絶ならあんたが言ってもお見舞いなんて渡せないじゃない。それにそんなに重体なら、お金なんて気にせずにすぐに駆けつけてあげれば。私だったらそうするけどね」
 智也は何も言い返すことができずに下を向き押し黙ってた。
「それじゃぁ、私は帰るから」
「ちょっと待ってくれよ」
 別にどうでも良かったが一応、本当の理由を聞いてみた。智也は高校生のくせにパチンコに行っていたらしい。それで負けたときに友達に金を借りてしまし返せないということだった。智也のように周囲の人間に合わせる男はストレスが溜まるだろうから熱中しすぎるとたちが悪い。いったんギャンブルに嵌った男の末路だ。しかしこの話も怪しいものだ。私はこれ以上、こいつと話をするのは面倒くさくなったので智也に言ってやった。
「それなら自業自得ね。バイトでもして返せばいいんじゃない」
 そう言って席を立とうとすると、達也は開きなおったように目を細め
「姉貴、そのバックどうしたんだ?」
 私はその時、ブランド物のバックを下げていた。今、交際を演じている男から貰ったものだ。さすがに付き合ってる最中に現金化するのは怪しまれる。別れるまでは男の前で嬉しそうに使用するようにしていた。
「これはバイトの給料で買ったのよ。なんか文句ある」
 そう言った私を見て智也はニヤリと笑った。
「俺さ電話する前に姉貴のバイト先に行ったんだ。電話に出ないからバイトしてるのかなって思ってさ。そしたら店長さんみたいなのが教えてくれたよ。姉貴さ、とっくの昔にバイトなんか辞めてるじゃん」
 こいつには行動力があることを忘れた訳ではないが、少し侮っていた。私は咄嗟に違う飲食店でバイトをしてると言った。私を好きになる男を騙すのには馴れていたが、こいつは違う。一応ずっと一緒に育ってきた弟だ。一瞬それが過ぎってしまった。
「そうなんだ。それじゃぁ、今度、友達連れて食べに行くから教えてくれよ」
 もうここは適当に誤魔化すしかないと思った。
「別にあんたに来られても困るし、教える必要もないじゃない」
「俺に教えられないってことは、なんか怪しいな。最近、帰りも遅いし夜のバイトでもやってるとか?母さんが知ったら泣くだろうな」
 こいつは私がやったことをそのまま返してきた。これ以上、追求されるのも癪に障るので今回だけだと念を押し貸すことにした。だけど貸すお金は二万円。さらに担保を取ることにした。智也がいつも子供みたいに遊んでるゲーム機の本体とソフトだ。中古屋に売ればいくらかにはなるだろう。弟は少し考えた後、仕方なく了承した。どうも彼女からの誕生日プレゼントだったらしい。私からお金を借りると智也はそそくさと店を出ていった。
私はアイスコーヒーにミルクを入れると一気に飲み干した。一息ついたあと私はある思考を巡らせていた。智也は必ずまた私をあてにしてくる。なんとか対策を考えないといけないと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?