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内なる力② つまり脅威と共に生きること

私たち人間を含めたあらゆる生物は古い細胞を壊し、新品の細胞と交換する「ターンオーバー」という力がある。この力のおかげで肌、骨、筋肉、内臓は健康を保っている。

では病原体が入り込んで体を攻撃されたらどうだろうか?
いくらターンオーバーによって細胞を新品に取り替えても、すぐに病原体によって細胞は壊されてしまう。

壊している原因の病原体を今すぐに取り除かなければならない。そこで活躍するのが免疫システムだ。

簡単ではない自然との戦い

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健康を保ったり、病気になっても治りやすい体でいるためには免疫システムが正しく働いていなければならない。

免疫システムは病原体と非病原体を見分けて、病原体のみを退治する。そして1度退治した病原体の顔はよく覚えておき、再感染した時より早く検出できるように訓練までしている。

と言ってしまえば単純に聞こえるが、実際は違う。

細菌は有害なものだけではなく、人間と仲が良く普段から助けてもらっている細菌だっている。例えば腸内細菌などの友には決して攻撃してはいけない。自分の体も異物と間違えて攻撃してはならない。

免疫細胞の立場に立てばお腹の中にいる赤ちゃんは異物かもしれないが、攻撃してもらっては困る。ガン細胞は自分の細胞ではあるが、攻撃してもらいたい。

まるで無害な善人のような顔をして免疫の検出をまぬがれようと努力している細菌もいる。

このように生命の戦場は複雑である。

免疫システムは複雑な環境でも的確に命を守ろうとしてくれるシステムなのだ。

ガン細胞との戦い

免疫システムはこれまでに人間が発明してきたどんな薬よりも遥かに高精度の治療薬である。免疫システムの力は細菌、ウイルスだけではなくガン細胞にも有効なのだ。

ガン細胞は毎日3000ほど発生しているという。

生物は日々、新しい細胞を生産して古い細胞と交換している。

新しい細胞をつくる工場は設計図をもとに生産する。この細胞の設計図がよく聞くところの遺伝子だ。

この設計図にミスがあると、不良品が仕上がってしまう。この不良品がガン細胞だ。

この不良品が日々、3000件ほど発生しているという事なのだ。

しかし免疫システムは3000件の不良品細胞、つまりはガン細胞を検品して速やかに破壊する能力を持っている。

もしも免疫システムを逃れたガン細胞が1個でも生き延びた場合、細胞分裂をして増殖し理論上の話ではあるが10~20年で10億個まで増えるといわれている。

初期のがん(約1cm)というのは、約10億個まで勢力を増やしたガン細胞である。つまり私たちは10歳~20歳まででほとんどガンになっていたわけだ、免疫システムが無ければ。

体温上昇で戦いを有利に進める

鼻や喉から感染するものが呼吸器感染症、一般的には風邪と呼ばれる。

多くの人が経験する風邪は自然治癒力で治している。

病院に行くと処方箋をもらうため薬の効果で治っていると勘違いしてしまうが、治しているのは自分の力に他ならない。

病原体がのど、鼻粘膜から侵入すると体は何とも言えないだるさが出て、背中あたりの寒気を感じる。

体温は上がり発熱という状態になる。

発熱はあなたにとって不快かもしれないが、免疫システムにとっては嬉しいことだ。なぜなら体温の上昇によって感染との戦いが有利に進められるからだ。

発熱によって免疫の動きは活発になる。

躍動的に動き、血中を泳ぎ、感染部位に免疫細胞が集結する。免疫細胞はよりたくさんの病原体を捕獲して、より貪食し、より多くの免疫細胞を呼び集め、病原体のサンプルを回収し、研究も行う、といった具合に活発になる。

このように発熱はまったく快適ではないことだが、免疫システムのパワーアップには必要な現象だ。

私たちがだるくて、ぐったり寝込んでいるうちに強化された免疫システムが病原体を退治している。


薬で病原体をやっつけているケースはごくまれだ。

抗生剤は細菌には有効だがウイルスにはまったく効かない。タミフルはインフルエンザウイルスに効いてもコロナウイルスには効かない。

つまり原因となる病原体を特定しなければ本当に有効な処方を出せないのだ。しかしそれには多くの時間と労力、医療資源などのコストがかかる。

そんなことをしなくてもたいていの風邪は自然治癒力、つまり免疫システムで治ることを医療者はよく知っているので症状をやわらげる薬と「よく休みなさい」とだけ言われるのだ。


なぜ免疫はヘルペスウイルスを許しているのか

免疫というと「外からやってきたタンパク質をやっつける機能」というイメージがあるがこれは単純化しすぎている。

外から来たものでないガン細胞もやっつけているし、外からのやってきても無害なタンパク質にはいちいち反応しない。

また一見有害に見える病原体も完全に殺さず体内にとどまらせる戦略をとることもある。

例えばヘルペスウイルスは感染すると、長い付き合いになる。

免疫はウイルスを完全に消滅させることはなく、一部体内にとどまらせているからだ。

ウイルスの数は少数なので何らかの症状が出ることはなく、一見わからない潜在感染という状態になる。

しかし疲れたり、睡眠時間が足りなくなったり、精神的ストレスが増えたすると免疫システムが低下してウイルスの繁殖が活発化し症状が現れる。

しかしまた免疫システムが正常に戻れば何でもなくなる。

人が弱っている隙をついて繁殖するような陰湿なウイルスならさっさと消滅させてしまえばいいのに、なぜ免疫システムはそうしないのだろうか?

実はヘルペスウイルスを完全に排除せず、共生させているのにはある利点が存在するようなのだ。

2007年の『ネイチャー』によれば、ヘルペスウイルスに潜在感染しているおかげでリステリア菌やペスト菌に対して強くなっていることが報告されている。

ヘルペスウイルスに潜在感染によって免疫システムが活性化される状態となっていたのだ。まるで天然のワクチンのようだ。

免疫システムは敵がいることによって強くなることができる。

スポーツでも良きライバルがいる選手ほどパフォーマンスの成長が早くなる。

まったく脅威がないよりも、わずかに脅威が生息していた方がよい緊張を生むものだ。

脅威と共に生きている

どうしても私たち人間としては脅威を無くしたい。

「不確か」から何としても逃れ、「確か」な状態に移りたいと考える。

地震、津波、落雷、土砂崩れ、河川氾濫、疫病などの自然の脅威でもどうにかコントロールして、「確か」が約束された楽園が存在すると思っている。

しかし免疫システムは世界が「不確か」であることを受け入れている。どうせ全ての脅威は無くならないだろうと、知っているのだ。

したがって脅威に素早く反応できる力、脅威から命を守る力を洗練してきたのである。

つまり脅威と共に生きることを選んだ。

ヘルペスウイルスはまるで「ちょうどいい脅威」といったところか。

気を抜いたらやられるぞ、というピリッとした空気が役立っているのだ。


このように免疫システムは生命を守る内なる力であることは間違いない。

しかしそのメカニズムを理解しようとするのは、まるで宇宙を理解するようなもの。

自然環境と神経、血液、リンパ、ホルモン、体温、ストレスなどありとあらゆるものが影響し合う、複雑そのものだ。

人間は神が作ったのか、自然の産物なのかわからないが、誰しもが神秘的な力を内在している。

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