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書店経営難を考える③        書店の粗利増を出版社は受け止められるのか?出版業界の正味改善から考える


書店の粗利を増やす方法としての正味改善

連載を謳いながら、仕事の関係でなかなか書けずに、また様々考えることもあり、すっかり間が空いてしまいました。
前回「書店経営難を考える②」では、書店の粗利率向上について、数字上考えうる方法論について記述しました。
その答えは、現状の利益配分である書店23、出版取次8、出版社69を、
書店30、出版取次8、出版社62に改める、暫定的にこれを「書店の粗利改善原資は出版社が担う案」としました。
何度も記述しておりますが、これは粗利が減る出版社の事情などを考慮していない、数字上の見た目で可能性があるかもしれない、という机上の論理に他なりません。経産省の書店振興プロジェクトのニュースが出て以来、私を含めて「書店の粗利向上の必要性」を説く記述が増える一方、その負担主としてほぼ指定されている出版社の現状についての記述は殆ど見かけません。では、出版社は書店の粗利改善原資を担えるのかについて、「正味改善」(つまり取次を介した現行の主要流通のまま、1冊の本の定価の中での利益配分率を書店に有利になるように変更する)をベースに考えていきます。これはほぼ書店の粗利向上の際に議論されるベースがこの「正味改善」にあるからです。


出版社の利益配分率には20%前後の幅がある


さて、書店の数が減っている、という事実はみなさんご存知ですが、実は出版社も数が減っています。既に3000社を切った、と言う報道もあります。それは当然で、売上最盛期よりも出版物の売上は61%(1996年と2022年の対比)に落ちているからですね。
また出版社、と一括りにしても、講談社、集英社、小学館、KADOKAWAといった大手とそれ以外では売り上げ規模に大きな開きがあります。
どんなジャンルも扱う総合出版社もあれば、一部のジャンルに特化した出版社、雑誌が中心の出版社、専門書に特化した出版社、最近よく報道で見掛ける「ひとり出版社」など、形態はさまざまです。
「書店経営難を考える②」ではあくまでスタンダード(と思われる)モデルの利益配分を提示しましたが、実はそれぞれの出版社によって「利益配分率」が異なります。この利益配分率は出版社と出版取次の間で結ばれる契約に基づいたものです。また、参考までに記述すると、書店の粗利も書店と出版取次の間で結ばれるもので、一般的にそれが本の定価の23%がスタンダードと言われているだけで、扱い量の多い書店(つまり販売力のある書店)は25%以上の粗利を確保しているケースも存在します。
つまり、出版物の利益配分は出版取次を中心として川上側(出版社側)のプレーヤーと川下側(書店側)のプレーヤーの組み合わせによって変動しています。
出版社と取次の契約内容は、契約した時期や扱い高によって異なる、と言われています。単純化すれば歴史の古い出版社はスタンダードモデルよりも高い利益配分率で取次と契約している例も散見されるようです。(場合によっては取次が逆ザヤになる例もある、と言われています)
逆に新しく出版事業を開始するところは、50%~60%の間で契約をするのが通常のようです。(50%だとすると、取次の粗利は27%)
最高の利益配分率で契約していると言われる出版社がどのくらいの利益配分率かは推測の域を出ませんが、こう見ると同じ出版社でも利益配分率は定価の70%強~50%強の間の幅が存在することになります。
実は「書店の粗利改善原資は出版社が担う案」の最大のネックは、出版社の委託販売契約先は、出版業界のスタンダードな流通を利用する場合、出版取次になる、ということです。この部分は後ほど記述します。

出版社の売上を分解すると


これもあくまで話を分かりやすくするための事例とお考えいただきたいのですが、出版社の売上を分解するとおおよそ下記のようになります。
*出版原価(製作費) 紙代、印刷代、ライター費用等 定価の30%前後
*販管費等 定価の20%~30% (営業経費、広告宣伝費等)
*出版社営業利益 定価の10%~20%
こう考えると出版社の粗利率はスタンダードモデルで定価のうち56%前後になります。(定価1000円の場合、出版社の売上690円、うち原価が300円。粗利390円。)
一般的に製造業の場合規模が大きくなればなるほど粗利率は下がると言われています。それに対し出版社の粗利率が高く設定されている理由は、一つは規模の問題、そしてもう一つは委託販売により返品が可能だからです。通常製造業の場合、余程のことがない限り一度出荷した製品が返品されることは考えづらいのですが、出版社の場合は平均で出荷した本の4割強は返品されるわけですから、粗利率が高くともけっして余裕があるわけではない出版社が多く存在します。
またもう一つの出版社側の課題として「原材料の高騰」という事情もあります。円安や原油高等の影響により、まず紙代が上がっていますし、印刷代も上がっています。売上に占める「原価率」が以前より高くなっている現状があります。
尚、実用書中心の出版社等は、カラーをふんだんに使用する本が多いため、そもそもの原価率が定価の40%前後になるところも多いようです。
では書店の粗利を増やすための7%はどこから捻出するかと言えば、当然営業利益の中からであり、現在それが(数字上は)定価の10%~20%の中から出すとなると、営業利益は3%~13%になるわけです。営業利益ベースで比較するとこれでも書店の営業利益よりは十分確保できるのでは?と思われるかも知れません。
ただこれはすべて率で見ているので、何とかできるように見えますが、この〇〇%が黒字に転換できる「採算分岐点」を超えるための必要部数の販売が必須となります。この採算分岐を超える販売ができない限り、例え見掛けの営業利益率が10%前後あったとしても、原価と販管費がそれを上回り、結果営業利益額はマイナスになりますから意味がありません。
また殆どの本は初回配本(新刊として委託販売を前提に取次に商品を入れ、書店に配本)の際、一定の在庫を除いて出荷(できるように)します。この際だけ取次との取引条件が5%前後出版社から見ると悪くなります。そしてその初回配本が売れないと殆どの本は書店23% 取次13% 出版社64%での取引になり、前述の営業利益でいくと、書店の粗利増加7%分を勘案すると-2%~8%になります。重版の掛からない本では出版社は正味改善を受け入れるキャパシティはほぼ無いわけです。

出版社の悩み


では現在出版社を悩ませている事象をピックアップします。
①製作費の高騰
②初回配本の低減

①は前述の通りです
②は、今まで例えば新刊を出版する際、発売日前に全国の書店から注文を取ったり、取次が見計らい配本を組み立てる等の手段で例えば3000部印刷したら少なくとも2500部は出荷出来ていました。
しかし、ここ1年は取次が返品率の削減を強く打ち出し、
①帳合書店に新刊指定発注の数量を見直すように指導
②見計らい配本の数量を抑える
方向で動いています。
①は明確な「指導文章」を見てはいませんが、大手取次店の100%子会社書店で、昨年までは新刊指定発注の際、同チェーンの本部から「指定の数量は店舗からも発注があった場合、店舗の発注数を優先して欲しい」と繰り返し念押しされていたのですが、今年に入ってから同じ担当者から「今後は本部指定の数量を優先するように」との連絡が入りました。これは推測の域を出ませんが、親会社であると取次から返品を少なくするために、新刊指定発注の数量をしっかり吟味すべし、との通達が入っているように思えます。
②は前述の初版3000部印刷の場合、今までは大手2社、だいたい書店からの指定も含め、1200部ずつ、の初回搬入数であったのが、現在は双方とも500前後のケースが増えました。これは取次が行っている「パターン配本」の総数を出版社の実績に従って以前よりはるかに抑えているからです。
大手や、ヒット作を出している出版社がこうである、とは言えませんが、全体的に見ると新刊の初版を書店に配本できる数は以前よりはるかに少なくなっています。初版の配本が少なくなると、それだけ読者の目に留まる確率が低くなり、売れる可能性も落ちていきます。

ここで一旦これまでのまとめをすると
*出版社と一括りで表現しても、出版社それぞれの状況及び利益配分率は大きく異なる。
*1冊の取引で定価の70%以上の売上を取れる出版社もあれば、60%以下の出版社もある。
*出版社の収益の内容を分解すると、自由にできる「営業利益」は定価の10%~20%
 新刊の初回配本の場合は5%~15%になる。
*出版社の売買契約先は、概ね「取次」である
*昨今の円安、原油高などの要因で原材料が高騰しており、売上に占める原価率が上がっている=営業利益率は下がる一方である
*取次の返品抑制強化により、過去よりも新刊を書店に配本しづらい状況が生まれている

なぜ出版業界の正味変更はむずかしいのか?


しかし、そんな中でも多くの出版社は書店の粗利は可能な限り上げた方が良いのでは?との考えは持っているように感じます。しかし前述の通り出版社の委託販売契約先は書店ではなく取次であり、取次を介した現行のスタンダードな流通の場合、書店はあくまで取次の向こう側の存在になります。
例えばある出版社が、自社の粗利を下げてその分を書店に渡したい、と思っていてもその間に入っている取次がその分を書店との取引に反映させてくれる保証はありません。また取次自体も2023年の大手2社の決算をみても明らかなように、書店だけでなく、現行の流通を維持するためには、出版社の正味を下げて欲しいし、下げた分の一部は取次に還元されなければ、今後の流通の維持は難しい水準まで来ているとの自覚があります。しかし出版社側を見た場合、書店と取次が維持できるだけの金額を利幅から出せる出版社はそう多くはないはずでしょう。
つまり「書店の粗利改善原資は出版社が担う案」を達成させるためのアプローチ方法において「正味改善」をベースにした議論はほぼ進まないことになるわけです。
それが分かっているので、出版社が書店に販売促進を依頼する場合、「報奨金」という手法を使います。つまり正味を改善するのではなく、書店での売上実績に応じて1部あたり〇〇円を別途報奨金として還元する手法です。しかし報奨金で書店の粗利を改善する方式も現実的ではありません。それは報奨金の計算はかなり書店にとって負荷が掛かりますし、出版社もすべての出版物に報奨金設定は難しいからです。書店の粗利向上の足しにはなるものの、改善とまでは行かないのが報奨金、ということになるでしょう。

提案 「定価設定方式」を変えてみる


ここからは書店の粗利を増やすための提案の一つです。
ご存知の通り日本は本の販売において「再販制度」を適用させています。日本全国どの書店でも同じ本は同じ価格で販売されます。再販制度が適用されていない商材の場合、売価は小売店が自由に定めることができます。その場合小売店が定める売価設定は、自社に入るまでの原価(メーカーの卸価格+流通マージン)に自社利益を乗せて設定します。もちろん他の小売との競合になるような商品は、価格優位性を優先させて自社の利益を削る場合もあります。この場合メーカーは流通に卸す際、自社利益が確保できる卸値で売買しますし、流通(問屋等)は小売に自社の販管費+営業利益を乗せた金額で小売りに卸します。そうした過程を経て小売りは自社の販管費+営業利益を算出しながら、競合他社の値付けを見つつ売価設定します。
一方再販制度のある本はどうかと言うと、本の売価はメーカーである出版社が決め、小売の利益と流通の利益は書店―取次間と取次―出版社間で結ばれた正味率に従って配分されます。突き詰めると本の定価設定は自社(出版社)だけでなく、書店・取次もこの中で十分利益が享受できるものにしなければならない責任があるもの、であるべきなのですが、出版社における定価設定でそこを意識しているかは非常に疑わしく感じます。多分ここに書店の粗利を増やせる可能性が隠れているのではないか?と感じています。要は、出版社が定価を決める際、書店や取次が十分な利益を確保できる額を定価にしっかり反映させるようにすることで、利益配分率は変わらなくとも、利益額は増やせることになります。
また、正味改善の場合は業界全体での合意形成が必須ですが、定価設定方式を改める場合、各々の出版社の決断次第であり、やろうと思えば自社のみで明日からできる策、でもあります。正味改善をベースにした出版業界の変革は絶対に進みません。正直議論するだけ無駄だと思っています。
とはいえ、定価設定方式変更は出版業界だけでなく、読者にも影響が出るものですし、定価設定を変えただけでは単に読書離れを進めるだけかもしれません。また、正味を変えずに定価設定方式を変更したとしても、書店での「本の売上」が今と同じレベルでは定価が上がっても書店に残る粗利は変わらないので意味が無くなります。次回は「定価設定方式変更と同時に変えなければならない、出版業界変革事項」についてまとめ、且つ、「定価設定方式変更」に疑念を持つ方々への私の意見を載せて、この連載を締めたいと思います。

今回のまとめ


*出版社は千差万別。でも多くの出版社には「書店の粗利を改善したい」という意識はある(と思う)
*しかし、出版社の委託販売契約先は出版取次
*出版取次も本業である取次業では大きな赤字を計上し続けている
*書店の粗利を増やすアプローチを「正味改善」に置いているうちは一向に進まない(はず)
*一方で「再販制度」における定価設定方法を、出版社だけでなく、書店と取次の利益もしっかり乗せた上での算出方法に変更していくならば、可能性はまだある。
*正味改善達成は業界全体の合意形成が必須。だから進まない。一方定価設定の見直しは出版社の決断次第で明日からできる可能性がある
*定価設定方式が変わっても売上総額が変わらなければ意味はない

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