見出し画像

書店経営難を考える④  定価設定方式の変更とそれに付随した出版業界の変革事項


本の定価はどうつけられているのか?


第3回では正味改善をベースにした、書店の粗利増分の原資を出版社での負担が可能かについて記述しましたが、結論は「できない」でした。そして、できない要因は2つでした。
1, 出版社自体がそれを負うだけのキャパシティを持っていない会社が多い
2,出版社が書店の粗利を改善したいと思っていても、直接粗利額を上げることはできない。取次との交渉の過程で、取次の粗利額も上げなければならなくなるので進まない。
そして正味改善に変わる手法のひとつとして「書店の粗利を増やすためには、出版社における定価設定方式を変更し、書店と取次の持続可能な利益を定価内に確保する」ことを提示しました。今回はその定価設定方式変更で発生する、であろう事象と、出版業界全体でそれぞれが変えていかなければならない部分について記述したいとおもいます。

正直それぞれの出版社がどのように定価を設定しているのかは調査したわけではないので、一律でこうだ、と断じるのは乱暴ではありますが、おおよそこうであろう、という方式は、
1        その本がどれくらい売れるかを推察(マーケティング)
2        その本を製作するにあたりかかる原価はどのくらいかを計算
3        その本を販売するにあたりかかるであろう変動営業費を計算
4        その本を販売することで充当したい固定費における割合を計算
5        その上で採算分岐点を〇〇部販売した際に設定できる定価を逆算
ではないかと思います。
しかし、その際もう一つの要因として「類書の定価」や「ジャンルの価格帯」を念頭に置く場合が意外と多いと思います。
こうした定価設定方式を見ると、書店と取次が本来、本を1冊あたり販売(もしくは配送)するのに得たいと思っている粗利額は念頭に置かれていません。単に出版社が得たい利益をベースに計算された定価の中で定められた割合の「マージン」を得るだけです。
10000近い小売店と3000以上のメーカーの間での取引を取次がコントロールする際、個別の取引ごとで条件を変えるのは煩雑以外の何物でもありません。ですから定価額を入れれば簡単にそれぞれの取り分のわかる「正味設定」が出版業界に定着したのは当然の帰結と言えます。しかし、その正味率が時代と共に小売・流通の事情に合わなくなっているので、書店も取次も本業で利益を計上するどころか、赤字を出し続け、違う商材などで補填せざるを得ない状況に陥っていると言えます。
書店の利益配分率はそもそも自社物件(正確に言うと自宅)での店舗経営を前提とした時代に定められ、また、取次マージンも発行頻度の高い雑誌物流に相乗りさせる形で安く抑えられた時代に定めたもの。書店は自社物件で営業できるところは既に少なく、店舗の大型化に伴い販管費が増大し、一方取次は返品率の高止まりと、雑誌物流総量の減少、そして昨今は世間の物流2024年問題も加味してお互い「本業」で黒字化できていない状況になっていても、正味はそう簡単に変えられない状況にあるわけです。
しかし、長年何事も「率」で考えてきた出版業界。これを何とかしようとなる場合、結局行きつくところは第3回で指摘した「正味改善」でしかないのでしょう。

定価設定方式を変えれば書店経営難が解消されるわけではない

さて、「定価設定方式の変更」とオブラートに包んだ表現をしていますが、要は本の価格を「値上げ」することに他なりません。過去、少しずつ本の定価は上がっているように感じます。特に1000円未満の文庫や新書の低価格帯はおおよそ最低でも900円前後になっています。また、ビジネス書では2000円を超える本が多くなり始めました。(但しビジネス書の場合はページ数の多いものが2000円オーバーになる傾向がありますが)
そこに更に値上げとなると出版社は二の足を踏む可能性は高いと思います。
また値段が上がることによって読者が購入する本の冊数が減るのでは?との声もあると思います。そうなれば当然出版業界3者は、今までと同じことを続けるわけにはいきません。
また大前提として押さえなければならないポイントは、「業界全体として(或いは書店)の書籍の売上総体が現在よりも多くならなければ意味がない」ということです。そう考えると定価設定方式の変更はあくまで「値付けを正常なものにする」ためのものであり、書店経営難を救うための手段ではなく、問題はそこから派生する変革が如何に達成できるかにかかっている、と言うことになるでしょう。
平均的な本の値段が上がればそれに見合ったサービスが求められるからであり、また、値上げとは別に依然として残る業界の課題も解決しなければならないからです。
全体に言えることは
1、読者の利便性向上 
これは主にそれぞれの本の「商品価値の明確化」や書店での在庫の有無などがわかる情報提供
2、業界三者がそれぞれ果たすべき役割分担の明確化
これは今まで曖昧になっていた、メーカーと小売の業務を本来あるべき姿にすること
3、適切なスピードの物流
安価な物流を求めるのではなく、読者の利便性を担保できるスピードを物流の標準に置き換える
ではないかと思います。
その上で、各プレーヤーが変革を要する項目は
出版社
*値段に見合った本を作る
*書店の仕入れ担当や読者が、仕入れや購入を決める際に必要な情報提供
*書店等取次を介して小売に流通させる本へのタグ装着を必須とする
書店
*自分たちが売りたい本を選ぶ「目利き」が自社でしっかりできる体制作り
*購買者が「買って損をしない本を選ぶ」サポート
取次
*雑誌の物流に頼らない、読者が満足できるスピードで小売に納品できる物流構築
*委託品と注文品の厳密な運用の主導(これは取次だけでなく、出版社、書店も同様)
また全体で行うべき事項として
*日本の本全般を網羅した書誌データベースの構築
*タグ情報等をベースにした、書店の在庫情報が分かるアプリ等の開発提供
こうした項目を少しずつ潰していかないと、単なる本離れを起こすことになります。例えば経産省の書店振興プロジェクトチームは、こうした全体で行うべき事項に補助金等を付けていただけるような議論にならないかな、と思います。

本の力を信じているか

そろそろこの連載を締めることにします。先ほど挙げた項目についてひとつひとつ書くと膨大な文字が必要になります。今回の連載ではまず一旦こういう考え方もある、というものを投げることを重視します。よって羅列した項目については別の形で検証していきます。
多分出版業界関係者には「定価設定方式変更=値上げ」では意味がない、と思われている方々が多いと思いますので、そのあたりへの私の考えを優先して記述します。
定価を上げると本が売れなくなる、と言われる方々が昔から多くいらっしゃいます。本は嗜好品だから、日常品と違って値上げすると売れる数も減る、と。その気持ちも良くわかりますし、私も購買者の立場になれば、値上げは嬉しくありません。しかし、本というのは人それぞれで価値が違ってくるものであり、価格相応の価値を提供してもらえるならば、文句はないかな、と思っています。私が本の値上げの際真っ先に変革すべき事項として出しているのは「価格に見合った本を出版社が作る」ことです。また書店は本の値段が上がるからこそ、書店の価値が出てくるはずです。もしも「本の値段が上がれば売れる数も減るし、書店の売上も下がるかもしれない。値上げなんて論外だ。」と思う出版人が居るのであれば、その人は「本の価値」を信じていない、と言うことではないかと思うのです。

とは言え、値上げした場合、本当にそう(売れなく)なるかも知れません。ではそもそもの論点である「書店経営難を考える」場合、どうしたら書店の粗利を増やして経営難を脱する手立てがあるか?について、私なりの一つの提案をここに提示させていただきました。これが唯一の絶対的解だとも思っていません。また、「定価設定方式変更」に伴う変革事項への深堀がされていない状態でもありますが、この部分は今後違った形で一つ一つ潰していきたいと思います。
当然反論あると思います。この提案を皮切りに、いろいろな立場の方々が自身でお考えの「書店経営難を脱却する手法」をオープンにしていただき、適切な議論が速やかに行われ、本当に達成可能な方法が素早く見つかり、それぞれのプレーヤーが自分たちのできることをすぐに実行していく。そうした動きを期待したいと思います。
支援してくれる人たちはいます。しかし、窮地は自らの手で脱するしかないと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?