【#ガーデン・ドール】太陽と月
【注意】
交流創作企画 #ガーデン・ドール において
最重要ストーリーとなる内容を含みますので、自己判断でお読みください。
こちら
の続きになりますので、先に見てからお読みください。
暗い闇の中、誰かの声が聞こえる。
忘れてはいけない、忘れられない、鈴を転がす音のような。
呼ばれるだけで、心が温まる、そんな錯覚さえ起こすような。
ずるずると、沈む。
ぐるぐると、深く。
底無し沼の様な、知識の濁流に飲まれて。
飲まれて、飲まれて、息が出来なくなる。
『……レオさん』
もうその声は、聞こえない。
+++++
目が覚め、瞼を開くと満天の星空と丸い、紅い月。
ずきりと痛むのは、心か、左目か。
目元を押さえながら、無理やり起き上がる。
今まで感じていた自分の魔力が、ごっそりと気配を失くしていることに気付いて、ずきり。
ふらつく体に鞭を打つ。
俺には、行かなければいけない場所が。
伝えなければならない、ドールがいる。
足取りはふらふらと覚束ないが、一歩一歩を踏みしめて、歩く。
まだ、俺は生かされている。
なら、するべきことは前を。
そこまで考えて、思考を止める。
そのまま、俺はガーデンに向かって歩き始めた。
寮について、シャワールームで乱雑に赤を落として、制服を洗濯機に押し込む。
髪は乾かさないまま、またふらふらと階段を上がって目当ての部屋へ向かう。
寮の二階。ガーデン零期生のシャロンの部屋に。
重い足取りなのは、これから話す内容のせいか、自身の体の不調なのか。
そんなことを思いながらも、目の前のドアをノックする。
コンコンコン。
軽い音を室内に響かせて、数十秒後。
眠っていたのだろう、寝ぼけ眼なシャロンが姿を表す。
「こんな時間に誰だい…………レオ、くん?」
突然の訪問に驚きを隠せない様子で、こちらを見ている。
「……起こして、すまん」
「………………、……………………く、くつみ、の」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、とりあえず入って」
簡潔に伝えようとして、思ったように出ない声に驚くが、それ以上に慌てているシャロンが部屋の中へと招いてくれた。
確かに、誰かが聞いているかも知れない場所で話すのは憚られる。
俺は大人しくシャロンに従って、部屋の中に入る。
「とりあえず、座って?」
そう言って軽く整え始めたベッドの上に誘導してくれるが、俺はドアから数歩のところで立ち止まる。
そして、先ほど言いかけた内容を伝えることを選ぶ。
本当は逸らしたい。今すぐにでも、後悔を吐き出してしまいたい。
その衝動は、今は要らない。
何も考えない様に、出ない様に、無表情で。ただ、シャロンをしっかり捕えて。
「……ククツミ、との。…………約束を、果たしてきた」
「………………終わらせてきた」
シャロンはその言葉を聞くとベッドを整えていた手はぴたりと止まり、顔を上げる。
紅い瞳はいつもより細く、驚きが露わで、俺は頭の片隅で紅と金の輝きを思い出す。
「終わ、ら……せ……?」
事情を知らないドールが知るとどうしてもこうなるのは分かっていた。
もっと、分かるように、伝わる様に。
思考を纏めるために、思い出そうとする。ずきり。
「……前の、ククツミとした、約束があった……、もういやだと……『すべてに耐えられなくなったら、俺のところに来て俺を呼べ』と…………俺が、お前を終わらせてやる……そう、約束したんだ」
「そのククツミは……この約束を使うことはなかったんだが……、…………俺は、その約束を果たすために、ドールになった」
俺の生まれた意志を伝える。ずきり。ずきり。
「………………この約束は、二人目のククツミとも、交わしたんだ」
「俺が、お前を、終わらせてやる、と」
痛みなのか、悔みなのか、思わず手を握りこむ。
ずき。ずきずき、ずきり。
こんなにも、自分の声は掠れていたか。しっかり伝わっているだろうか。
「それ、は……」
「つまり…………ククツミちゃんを。ククツミちゃんが、願って。その約束を、果たしたって……そういう、ことであっているかい?」
信じられないようなそんな表情にも関わらず、認識の擦り合わせをしてくる。
識る者としての経験がそうさせているのだろうか。
俺は、続ける。
「そうだ」
思わず、苦しさに表情が崩れる。
ずきずきと、目が痛む。
「…………ボクが、知ろうって言ったから。だから……終わりを、願うことになったの、かな……」
「それは違う!」
「……っ……わから、ないが……お前のせいじゃ、ない。それだけは、俺にも分かる……」
俺を責めるでもなく、神殿の一件が頭を掠めているのか自責の言葉を口にするシャロンに、俺は食い気味に否定する。
否定するものの、確証を得られないもどかしさもあり、言い訳がましい言葉が続く。
ずきり。
思わず左目を押さえてしまう。
「……その、レオくん。ククツミちゃんを、えっと……終わらせただけで、そうはならないと思うんだけれど……痛む、のかい?」
「これは……ククツミを……」
言おうか言うまいか。
少し考えてから、これは伝えておかねばならない、と。
「………………、……前の、ククツミを復元するように、願った代償、だ」
「ま、前のって……願う…………ま、さか。レオくんきみ……」
シャロンはその願いと俺の状態を見て、何かに気付いたのだろう。
驚いた時とは違う表情で目を丸くしてこちらを見る。
「第3の選択肢……あれで、かい……?」
俺は小さく頷く。
「………いや、待ってくれ。代償って。きみまさかそっちの目はただ怪我をしてるわけじゃあ……!」
「これは、目を……ひとつ、差し出した。…………物理的に、俺の左目は無い……んだと思う」
「実際叶っているのかどうかは……確認しないとわからないが……」
痛みの収まった目元から手を離す。
依然、左目の視界は闇に飲まれたままで、残された右目でシャロンを見る。
ぽつりぽつり。俺は思いを零す。
「……約束は約束、だが……終わらせるだけじゃ、俺が、嫌だったんだ」
「………………これは、完全に、俺の我儘だ」
「そのための、代償。目でも、腕でも、足でも、縋れる希望があるのなら、いくらでも差し出してやる………………、……ククツミは、まだ。俺に」
否。
「……俺たちに、必要な存在だろ」
「そんな……さらに、求められるなんて……それをするだけでも、充分すぎるくらい……っ」
「ここまでしたってことは、大方大丈夫なんだろうが…………確証は、ないからな」
「これで叶っていないだなんてことは、信じたくないよ……」
苦しそうに情報を飲み込もうとするシャロンに、申し訳なさを感じてしまう。
思わず、続けようとした言葉を止めて、口を閉じかける。……かけるが、ここから先に関しては、俺じゃ無い方が良い。
……俺は、少し、つかれた。
「……シャロンに、頼みがある」
「もし、明日。前のククツミが帰ってきていたら。……お前が、助けになってやってくれないか」
「当然だろう!?ボクは、ボクはククツミちゃんも、ククツミさんも、どっちも、大切で……!!」
「……きっと、レオくんも、それは同じだと思うけれど。でも……だから、つらいのは、分かる気がするから」
脳裏に浮かぶのは、鈴を転がす音。
ずきりと、痛んだのは心の辺り。
「………………何てことないと、思ってたんだがな…………、……思ったより、俺も傷付いてるらしい」
自傷気味に笑う。
少しでも、重荷にならないよう。
「……ちゃんと、前を向く。……それまで、ちょっとくらい…………すまん。お前にも、辛い思いをさせてしまう」
「いいんだ。今、一番つらいのは、きみだろう?」
「ククツミのこともだが、情報の多さもある……んだろうな…………、すまない……」
「どうしてそんな約束になったのかをボクはちゃんと知らないけれど、そんな約束だったからって、終わらせることがつらくないわけないじゃないか。ましてやそんな……そんな、代償まで負って……」
そうしてシャロンは俺の左目を見て、辛そうに顔を顰める。
俺は、痛みの波が引いているらしいそこに指を添わす。
「これについては俺がしたくてしたことだ。これだけは……誰にも任せたくなかった」
「……そっか。きみが、望んだことなら、これ以上は、何も言えないね」
「とりあえず、お前には……シャロンにだけは、伝えなければと思って、な」
「伝えてくれて、ありがとう」
伝えられた。そのことに安堵して、ちらりと外を見る。
俺が帰ってきてからずいぶんと時間が経ってしまったらしく、ほんのり、空の闇は薄くなってきているように見える。
「…………こんな時間に、すまん」
「ううん、ボクは大丈夫。困ったことに、いきなり起こされることにも慣れているからね」
過去にも同じような起こされ方をしたことがあるのだろう、シャロンは少し笑う。
その表情に、恐らく同じ人物を思い浮かべ、俺も少し笑う。
「あいつらしい、な」
「考えがまとまらないまま来てしまったから、また明日以降にでも……詳しく、話す」
そう言ってまだふらつく体を動かしてドアの方へ向く。
「無理はしなくて、大丈夫だから!でも…………本当に、ボクに教えてくれて、ありがとう」
「……また、明日。………………頼んだ」
見送ってくれるらしいシャロンに再度伝えて、部屋を出る。
ドアが閉まったのを確認してから、自室に向かうべく壁を支えにして足を進める。
その足取りは重く、階段の一段上がる事すらも苦痛に感じる。
一人になると途端に襲ってくる重さは、何が原因なのか。
分かり切った答えから目を逸らして自室に入る。
そのまま、ずるずるとドアを背に座り込む。
出来る事はした。
伝える事も伝えた。
枯れるほど、願った。
ただ。
ぽっかりと、穴はあいたまま。
「ひとりに、しないでくれ」
目を閉じて耳をすます。
からころ。
音は聞こえない。
【主催/企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?