見出し画像

【#ガーデン・ドール】振り向くな。

【注意】
交流創作企画 #ガーデン・ドール において
最重要ストーリーとなるミッションの内容を含みますので、自己判断でお読みください。
また、流血や暴力的な表現を含みますので、お気を付けください。


良ければ、こちらも見てからお読みください。






とある一人のドールから生み出された、ひとつの衝動かんじょうがドールになって、その美しさに触れるお話。

その行きつく先。

決めるのは一人のドールと独りのドールの選択やくそく


おわりのはじまり。






「レオさん。お出かけ、しませんか?」

煌煌魔機構獣が討伐されて、ガーデンにも日常が戻りつつある晴れた日。
陽も落ちかけて、空の色を変えようとしている頃。
いつもの様にLDKでククツミの作る茶菓子に頬の緩みを感じていると、不意に誘いが来た。
俺は口の中にあるものを飲み込んでから頷く。

「どこに行きたいんだ」

「そうですね……秋エリア、はいかがでしょう?」

「分かった」

「ありがとうございます。楽しみですね」

ククツミはからころと笑いながら、茶菓子を小さな口でかじる。
その様子に、俺はつられて微笑む。

食事をしながらのなんてことない会話。
なんてことない約束。

数日前に見たあの記録を忘れはしないが、出来る限りの平穏を過ごす。
そんな普通が続くと思っていた。

この誘いが無ければ。

+++++

お互いに遅めの八つ時を楽しんだ後、談笑しつつ片付けも終え、支度を整えてから再度玄関で待ち合わせる。

普段から制服を着ず、ククツミに揃えた服に袖を通して護身用に、と袖の中にガーデンからのプレゼントを忍ばしているが、俺はその服を脱いで制服に身を包む。
鈍く光るそれは、同じように袖の中へ。

武器として使用したことはリラとの模擬戦でしかないので、あまり得意では無いが、いざとなれば枝を切り離したり果物を剥いたりも出来るそれを何となく、普段から身に付けていた。
これを使う時が来てしまったのを感じて、俺はその感触から意識を外す。

準備を終えた俺は玄関でククツミを待つ。

「約束、したもんな」

誰に聞かせるでもなくぽつり、と。
その言葉はこちらに向かってくる足音に消されて、俺は音の方に顔を向ける。

「お待たせしました、行きましょうか」

「待ってない」

「そうでしたか?……ふふ、それなら良かったです」

ふわりと揺れるスカートにある日の思い出が蘇りつつ、手を差し出す。
躊躇いなく手を乗せてくるのを見て微笑む。

「行こう」

「はい」

そして俺たちはまだ緋色の残る空に向かった。

+++++

道中は賑やかだった。

ククツミが目覚めて、俺が突然押し掛けた日から始まり。
辛かったこと。
苦しかったこと。
寂しかったこと。
嬉しかったこと。

楽しかったこと。

色んな日の記憶を2人で話しながら、歩みを進める。
笑いながら、すこしむっとしながら、悲しみながら。

そして辿り着いた、陽の色とは違う紅と黄で彩られた景色。
瞳の色をそのまま投影したような世界。

ククツミの来たがった秋エリア。

リラと鍛錬で来るときとは違う空気を感じて、ふとククツミを見る。
視線に気付いていないのか、微笑んだまま楽しむように景色を見回している。

俺たちは奥に進んでいく。
手を引かれているのは、どちらか。

ふとはじまる、始まりおわりの言葉。

「……好きでした。……好きだったんです。……結末が、あれであったとしても……わたくしは、好きだったんですよ」

「……そうか」

俺は静かに、一言一句残さずに記憶に刻む。

「……叶わない想いが、ずっと胸の内にあるのです。……たとえ、彼がこの箱庭に戻ってきたとしても、叶わない想いが。……本当に、どうしてこうなってしまったのでしょうね」

「……わたくしは、彼のことが好きでした。彼がわたしに向けた笑顔が好きでした。わたくしも……わたくしを、見てほしかった。それだけだったというのに」

単語ひとつひとつに想いが乗る言葉を。

「……彼が見ていたのは、ただの『ククツミ』でした。完璧な、理想的な『ククツミ』を……わたくしが否定し、そして……。あれは、誰もが最悪な結末だと表すようなものでしょう」

「……それでも。……それでも、好きだったんですよ?」

その言葉に、悔しさを覚えながら。

「だから、わたくしは」

「レオさんに、終わらせてほしいと思ったんです」

その一言に、俺の役割そんざいが示される。

「……もちろん、皆さんの支えが心許ないわけではないのです。これから、皆さんに支えられてあの喪失から立ち直ったり……あの痛みを忘れて過ごすことだって、できるのでしょう」

「けれど」

からころ、からころ。

「困ったことに、わたくしは」

「……忘れたくも、ないんです」

「だから……忘れないわたくしのまま、終わらせてほしい。そんなことを、考えてしまったんです」

その顔は、いつもの鈴を転がすように。

「……ワガママ、ですね」

そう言って、ククツミは困った表情で笑ったないた

「……ワガママで、いいんだ」

そう言って、俺は困った表情で泣いたわらった
いつか来ると思っていたXデー。その現実ときは案外、早いものだった。
見えない傷はあまりにもククツミの中で深く根付き、到底拭えるものではないのだろう。

そして、俺が埋めることすらも出来ない。

何か出来るかもしれないと掴んだこの人格じんせいは、何も出来ずに。
助けられるかもしれないと掴んだその腕は、するりと手を離れて。

出来ることと言えば、『傍に居るだけ』。
実質、何も出来ていない自分に悔しさを覚えて、静かに拳を握る。

いつからこの感情おもいを抱いているのかは分からない。

何故、力不足と感じるのか。

何故、傍にいることが最優先と思うのか。

ただの約束を果たすだけならば、リラの中にいたままでも良かった。
リラに託すことも出来た。でも、しなかった。
一介の感情ごときが、思ってしまった。

想ってしまった。

その美しい心に、触れてしまった。

「……場所は、何処がいい。どうせならお前の好きな場所で」

そう言いながら、俺は袖の内側に隠している忘れない約束ナイフにそっと意識をやりながら問う。
からころと鈴を転がす様に笑う彼女は。ククツミは。

「……レオさんが綺麗だと思う場所が、良いです」

とだけ呟いて、その場から動かない。
振り返ってこちらに微笑みかけ、まるで楽しい思い出を作りに行くようにも見えるその姿は、ある時の姿に重なって見えて。

また、俺は手を差し伸べて、ククツミはその手を取る。

最期まで、優しく。遅効性の毒のような存在。

"ククツミ"に最期おわりを約束した存在。

どこか客観的な自分が、そんな決意やくそくなんて守らなくてもいいんじゃないかと。
そんな甘い言葉を囁かれながらも突き動かすのは"約束"

俺はその為に。
ククツミの為に生まれた。
そして、その約束は果たされるべきだ。

二人は奥へ、本当の意味での終幕おわりへと向かう。

+++++

紅と黄の雨が降り注ぐ木々の隙間に、二人分の足音が響く。
鬱陶しいほどの葉の多さにまるで『止まれ』と言われているかのように感じるが、それに逆らいながら俺は手を引きながら進む。

いくらか進むと、先ほどまで鬱蒼と生い茂っていた木々に囲まれるようにして、ぽっかりと穴が空いたようなちいさな広場があった。
地面は変わらず葉で覆いつくされて土は見えないが、空を遮るものはなく、すっかり濃紺に染まった夜空に丸い月が顔を出していた。

「ここが、そうだ」

伝えるのではなく、ただぽつりと呟いたその言葉は届いただろうか。
到着して握っていた手を緩めると、するりと抜け出す様に去っていく温もり。それを追いかける勇気はなく、俺は地に落ちた仙翁の葉を見つめる。

「……とても、綺麗ですね」

さくさく、と俺の前に数歩進んだのだろう音を鳴らせているククツミをやっとの思いで見る。
大きく丸い月が煌々と輝く星に見守られながら、色素の薄い髪を照らしている。

「……そうだな」

ここで"お前の方が"なんて台詞は出てこない。思い浮かべど、言葉にはしない。
これは蓋をした気持ち。
後ろ手に手を組んでゆったりと月を見つめているククツミに寄って、聞く。

今からする事への、確認を。

「本当に、いいんだな」

「はい。……レオさんが、終わらせてください」

俺は静かに目を閉じる。
震える瞼を、唇を、拳を、悟られないように。

俺は、目を開く。

時は満ちた。

+++++

鈴の音が聞こえてきそうな微笑みのまま、こちらを見ているククツミの細い首筋にそっと手を添える。
壊れない様に、痛みを感じさせない様に、そっと、そっと。
髪を撫でる様に、優しく。そっと。

ふとククツミが

「……ふふ」

と笑う。
くすぐったかったのかと思って俺が

「どうした」

と聞けば、ククツミはまた笑って

「いえ、その……今日のわたくしの記憶は、本当に、わたくしだけの記憶になるのですね、と思って」

その言葉ことばに、耳を傾ける。決心は揺らがない。

「……明日のククツミに、手紙のようなものは書いておきました。昨日までの記憶を持つ明日のククツミに……わたくしの感情に振り回されないで生きてほしい、と……」

その言葉おもいに、耳を傾ける。決心は揺らがない。

「……今日の記憶は、今のわたくしにだけ。……わたくしだけの、大切な記憶」

その言葉きもちに、耳を傾ける。決心は揺らがない。

「……今のわたくしの終わりを、レオさんに飾っていただけるのが、嬉しくて」

その、言葉こころに、耳を、傾ける。
……決心は、揺らがない。

「……幸せだなぁと思って、笑ってしまいました。……ふふ、おかしいですね」

首に添えた手はそのままに、俺は答える。

「おかしくない。……俺も、いま幸せだから、な」

さっきまで震えていた瞼は、唇は、拳は、もう震えない。
決心は、揺らがせない。
俺はククツミに向かって、全ての愛情おもいを乗せて伝える。

そう言われたククツミは幸せそうに笑い

「……レオさん」

「なんだ」

「……ただ、呼びたくて」

「そうか」

「……レオさん」

「……ククツミ」

紅と金の瞳を細めて、幸せな表情で、目を俺に合わせて。
いつものように笑って。

そのまま、俺は手のひらに渾身の力を入れる。

どうか、苦しまないよう。

どうか、痛みのないよう。

……どうか、俺の気持ちを悟られないよう。

ククツミの最後の言葉が自分の名前であることに、確かな幸せを感じながら。

鈍い音がひとつ響く。

途端、力を無くして崩れていくその身体を俺は抱き留める。
そっと閉じられた瞼に、紅と金はもう見えず。

「……ククツミ」

名を呼んでも、笑いかけてくることもなく。

「…………ククツミ」

事切れたククツミをゆったりと、紅と黄の絨毯の上にそっと寝かせる。

「これで、良かったんだ」

その言葉は自分に言い聞かせて。
俺は瞼を閉じる。

そして、始める。俺の我儘を。

左腕にある忘れない想いナイフを取り出して、構える。
丸い月の光が刃先に反射して、きらりと輝く。

「俺は、諦めない」

同時に、俺はククツミの胸に、刃を突き立てた。
ざくりと嫌な音が耳に聞こえる。
アイツとは違う、丁寧に。慎重に。最小限の傷で。
ククツミが選んだワンピースは徐々に赤に染まる。

開かれた紅にそっと指を這わせ、その感触を覚えないように、人格コアククツミを探す。

爪がこつん、と何かに当たった感触で確証を持ってそれを掴み、引き抜く。

ぷつりと、音が鳴る。湿った左手にあるのは、まだほのかに温かいおもい
それを俺は口に入れて、一気に飲み込む。

「は、」

甘くもなく、苦くもなく、何も味がしない。
そう思い込みながら、喉を、食道を、胸を、通って行く感触。
途端に込み上がってくる感情はきけを吐き出す。

「はは、は……っ」

「……」

「…………」

「………………」

「………………なぁ、ククツミ」

そう語りかける。
赤で汚れた自分の口元を雑に袖口で拭って、もう名前を呼んでくれないククツミの唇にそっと口付ける。


「奇跡、って、信じるか?」

ここから先は、俺の我儘。
ここから先は、俺のため。

あるかも分からない、ひとつの希望を願って、進める。

"レオ"おれの意志で。レオの気持ちで。

まるい、まるい、月がひとつの影を伸ばして、二人を照らしていた。




#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品

【主催/企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん

SpecialThanks ククツミ



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?