きみこ姉ちゃんのこと
突然だが、これをする時間だけはどうしても嫌だ!ということはあるだろうか?
私が即答して言えることは、髪の毛を乾かすことだ。
私がくせ毛かつ毛量が多いので、全然乾かないし乾かす時間は何もできなくて暇だし、本当に苦行の時間だ。
いやいやしているので、負のスパイラルで本当に時間がかかる。
そのため、私が美容院で一番大好きな時間は、髪をブローしてもらう時間なのだ。
自分では20分くらいはかかるところが、体感10分ちょいで完了する。
そしてブローもしてもらうので、トリートメントとの相乗効果で、私のくせ毛ボンバーの頭はサラサラヘアーに大変身する。
その一連の過程をボーッと眺めるのが好きだ。
もう何年も同じ美容師さんにお手入れをしてもらっているので、無理に話さなくてもいい。
本当に心地のいい時間だ。
ぼんやりしていると、ずいぶん昔の懐かしい記憶が思い出された。
その時もある人に、丁寧にドライヤーをしてもらっていた。
「首ば温めんばいかんばい。首ば温めると風邪ば引かんよ。」
と、最後に首を温めてくれた。
きみこ姉ちゃんとの思い出である。
○○○
母の故郷である九州に、夏休み里帰りするのが子どもの頃の旅行だった。
九州の家には、祖父母と母の姉のきみこ姉ちゃんが住んでいた。
きみこ姉ちゃんの印象は、「自由」だ。
年齢が二桁になる手前には、もう母の家庭内の気苦労をぼんやり理解していたので、特にそう思っていた。
きみこ姉ちゃんはずっと自分の部屋にいるか、そうでないかだった。
部屋にいるときは、その部屋に近寄ってはいけなかったけど、出てきたときの彼女は明るかった。
帰省してもどこか観光に出かけることは少なかった。
一度太宰府天満宮に連れて行ってもらった。
だけど大抵は近所のスーパーか、公園だ。
それでも近所の公園に蝉取りにいくだけで満足してるような年齢だった。
何もない日は、母の部屋でブラックジャックと大島弓子先生の漫画を読んでいた。
大阪にいるよりかはいいけど、暇だった。
ある日、きみこ姉ちゃんがバナナジュースを作ってくれた。
昔ウェイトレスをしていたきみこ姉ちゃんは、こうしたら美味しくなると楽しそうに教えてくれた。机に持ってきてくれたときに、温かいおしぼりもつけてくれた。
今となっては味も、レシピも覚えていない。
○○○
きみこ姉ちゃんのことは、うっすら苦手だった。
気分の浮き沈みが激しいのでどう話せばいいか分からなかった。
歳を重ねるにつれて、好きと苦手がシェイクされよく分からない感情になっていった。
だけど、あの日のお風呂あがりに、髪を優しい手つきで乾かしてくれたことは今でも大切な思い出だ。
その時から冬は必ず最後に首も温めている。
一度、母ときみこ姉ちゃんと兄姉で、串焼きの居酒屋に行った。
人生で初めての居酒屋である。
大人たちが大声でビールを飲む姿と炭火焼きの熱気に圧倒された。
瓶のコーラが出てきて面白いなぁと思ったことだけを覚えている。
帰り道は電灯が少ない真っ暗な田舎道だった。
どこかでウシガエルが鳴いている。
大阪よりもきれいに星が見える。
あの時みんなで笑って帰ったはずだ。
そうじゃなかったかもしれないけど、そうであってほしい。
今はもう九州に帰る場所はない。
寂しいけれど仕方がなかった。
たまに夢で里帰りをする。
ほかほかのおしぼりとキンキンに冷えたバナナジュースが私を優しく迎えてくれる。
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