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世界から置き去りにされたとて。

ヒルナンデスで田崎真也がブイブイ言わせていた頃、僕は引きこもり6年目に突入していた。
と言ってもすでに実家はないので、アクセスの良い友人の家をただひたすらにはしごする、放浪という名のこもりであった。

日中は適当な場所でストリートマジックをしながら小銭を稼ぎ、合間の時間は天使探しにいそしんでいた。

まだ僕が自動車整備士だった頃、アトピーと不眠症と深酒が爆発した夜に天使は現れた。
ブライアン・メイのような髪型にキューバ軍の制服、身長140センチとちょっと。
ダブルカルチャード(カルピス原液1に対しビールを5混ぜたもの。あとから調べた)を舐めながら、「昼過ぎまで寝ていられる奴が、人生の敗残者なわけがない」と言った。
聞けば、「あたしンチ」の中で好きな話は「停電して、みんなで夜にファミレスかなんか行ってパフェを食べる回」らしい。僕らの感性は完全に一致した。

ギガが足りないと嘆く僕は、天使に導かれるままある喫茶店へと辿り着いた。壊れたスロットの実機が片隅にある、喫煙可能な場所。マスターは地下格闘技の元覇王で、動物柄の鍋つかみを使い煮込みハンバーグを運んでいる最中であった。

「いらっしゃい、天使ちゃんと……」
「悪魔です。悪魔的に美味しい、とかの悪魔です」
僕は咄嗟にそう名乗っていた。
マスターは「ふむ、ニコイチか。実にアンバランスでいい感じだ」と言った。
次の瞬間にはもう、完璧な曲線美で珈琲を注ぎはじめていた。

「誰の言葉を信じるかは君が決めればいいけど、自分はマスターの話を人生の足しにしている」
天使は両目でウインクをしながら言った。
僕はなぜか、高校卒業後に一人暮らしの女の子の家に遊びに行った時、大人のおもちゃがぽつんと床に転がっていたことを思い出した。
誰もがきっと僕が想像しているより人間的で、目の前の天使も例外ではなかった。

「ごゆっくり」
まだ仄かに湯気が立つ珈琲。
マスターのこだわりなのだろう、花をあしらった北欧風の黄色いカップに入っている。
僕は親指でその模様をなぞった。
何と穏やかな時間であろう。
時間が“流れる”というよりは“沈んでいく”“渦巻いている”ようで、僕は危うく悪魔のままでいるところだった。
ニヒルな笑みを浮かべるマスターの歯は、エナメルが剥げて透明になっていた。

気づけば朝で、僕のせんべい布団に天使がいることは当たり前になかった。
最後まで至極真っ当な世の中だ。
力尽きた僕は、最も近いコンビニでポテチとパイの実とサインペンとレポート用紙を買い、会社における僕の不必要性と世の中における僕の存続性(分子的な意味合いで)について書き上げた。

火炎瓶はフォトジェニックになり得ないし、ビニールハウスの天井は決まっている。
僕は再び天使に会いたいし、会いたくない。
この寄る辺なさを、ほかの持続可能な物事に置き換えたくはなかった。

ハマショーの『MONEY』がすきです。