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【プロローグ】「GOOD SURVIVE PROJECT」が起きるまち、足立

今、足立区で何かが始まろうとしている。

2020年1月26日。北千住のあるスナックで、三人のゲストによるトークイベントが行われた。

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テーマは、「自社の価値をいかに再発見し届けるべき人に届けていくか」。ふだんスナックで交わされる会話とはかけ離れた内容に、熱心に耳を傾けていたのは、地域事業に関心のある25人。

手を伸ばせばゲストの顔に届いてしまう距離感で、じわじわと高まる熱。これは、東京の片隅、そのまたちいさな箱から始まるストーリーだ。


定義を変えればどのような仕事も魅力的になる

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ゲストのひとり、宮治勇輔さんは養豚農家で育った。現在は「一次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業」にするため、自社ブランドであるみやじ豚のプロデュースに携わっている。

ネガティブなイメージがつきまとう農業は他の仕事に比べ、次世代への継承に多くの課題を抱えている。宮治さんがイメージを払拭するため起こしたアクション、それは生産からお客さんが食べるまでをプロデュースし、農業の定義を自ら変えていくこと。

そんな「みやじ豚」ブランドの活動を通じて見えたことを軸に立ち上げたのが、NPO法人「農家のこせがれネットワーク」だ。就農について考える機会を若い世代に与え、農業者の経営力向上のための取り組みなども行っている。

「一つの仕事にどっぷりつかりすぎると見えてこないものがあります。たとえば「農業をやりたい」と思っているなら、一度他の仕事をしてみてください。そこから再び農業に戻ると、視点を変えて物事を見ることができ、上の世代に「それはこうしたほうが良いんじゃない?」と提案することができます」

今までやってきたことでも、価値観を新しいものに上書きすれば、仕事はより魅力的になる。それは、農業に限らず、すべての仕事に応用できる考え方ではないだろうか。


「共鳴」が作る未来

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大ヒットした『カメラを止めるな!』。その制作費を集めたクラウドファンディングサービス「MOTION GALLERY」代表の大高健志さんもこのトークイベントのゲストとして登壇した。

「今のインターネット社会では、まだまだWebサイトの閲覧数が重視されています。私がクラウドファンディング会社で代表をして日々体感していることは、閲覧数がいくら上昇しても、お金を出す人は集まらないということ。ファンを増やさないといけない。スケールの前にまずエンゲージメントという事実です。」

大高さんがその一例として語ったのは、過去に何度か『MOTION GALLERY』のプロジェクトがテレビで特集されたときのこと。番組直後、クラウドファンディングページの閲覧数がとてつもなく急激に上がった。テレビの威力を痛感しつつ大高さんと仲間たちの期待は高まったが、閲覧数とクラウドファンディングへの支援額は比例しなかった。応援してくれるファンの数は変わらなかったのだ。

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「いいね」を押すことから「500円を出そう」へと思うまでのハードルは想像以上に高い。
特にテレビは、興味の領域を問わず大勢の人が見るがゆえに余計ハードルが高いものとなる。では、どんな情報の伝わり方をすれば支援は増えるのだろうか。

ところが地方新聞で報道されると、サイトの閲覧数はそこまで上がらないのに、お金を出して支援してくれる人が増えました。”自分ごと”になってくれる確率の高い人たちに、いかに正しいアプローチで知ってもらえるかがポイントだったんです。完成品を買うという消費行動ではなくて、『物語を作る担い手のひとりになりたい』という想いとその体験がクラウドファンディングという仕組みの原点です。なので、クラウドファンディングは、如何に自分たちのプロジェクトのビジョンを自分ごととして受け取ってもらい、そしてフィードバックしてもらえる様な”共鳴”を生み出せるかが重要なのです。自分たちの欲しい未来に共鳴してもらうことで価値が増幅されていきます。」

地域を活性化する事業に価値を見出すのは、地域に住む人たちだ。共鳴によってヒットを生み出した大高さんの言葉には説得力がある。


良く生きる「GOOD SURVIVE PROJECT」

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「頑張って働いた人が気軽に一杯ひっかけて帰れる」足立という街。北千住の築40年のアパートで出版社を立ち上げた吉満明子さんも、共感を大事にしている。ファンクラブ「本と酒 スナックセンジュ」を作り、千住に住む人たちとお酒を飲みながら交流する機会を設けている。

「街が楽しいものであってほしい。そのために、私は編集者・表現者としてお手伝いしたいと思っています」

そんな吉満さんの言葉は、今回の取り組みタイトルでもある「GOOD SURVIVE PROJECT」とも深く通じる。足立の行政、事業、働く人、住む人、移住している人が一体となり、骨太で力強く生きる「人と仕事」を発掘し応援するこのプロジェクトは、不自然に現状を変えるよりも事業を続けて、生き方を外部にアウトプットしていくことを後押ししようとしている。

「私は福岡県の炭鉱があった街で育ちました。足立とよく似ています。世の中の常識をくつがえしていくエネルギーを感じる、やんちゃな街ですね」

このトークイベントで特に印象的だったのは、ポストイットをつかった質問コーナーだ。ゲストのプレゼンテーションの後、参加者が質問を書いたポストイットが壁に貼りめぐらされる。

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寄せられた質問の1つにあった、「事業を赤字化させないために、今後どうPRしていくべきか悩んでいる」という問い。

それぞれの立場から回答を寄せた3人のゲストゲストだったが、その返答には一つの共通点があった。それは「興味のある人にアプローチしていくこと」だ。その方法は各自で異なる。

たとえば、「みやじ豚」宮治さんが取り組んだのは、メールマガジンの活用だった。まずは友人知人知り合った全ての人の名刺を管理ソフトに登録する。そのリストを活用してみやじ豚を使ったバーベキューの案内を配信した。

友人知人はまず「応援したい」という気持ちで友人を誘い参加する。参加者は「みやじ豚っておいしいね」と周りに伝え、回を重ねるごとに人数は増えた。

「最初は売り込みもしていました。飲食店に行きみやじ豚のサンプルを渡したんですが、うまくいきませんでした」

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やがてバーベキューの評判は、飲食店関係者も知ることとなった。さらに、バーベキューに参加し、みやじ豚を食べた彼らが応援の輪を広げてくれる流れとなったのだ。

「飲食店でみやじ豚を使ってもらえるようになり、メディアの取材依頼も来ました。認知度がどんどん高まっていきました。今は松屋銀座のお肉屋さん「銀座初音」で販売もしているので、都心でも買えます。また、赤字にならないためには、流通の仕組みを整えたことがもっとも重要です。通常の生産者と同様、農協に全量出荷する。そして、みやじ豚としてブランド化を図り売れた分だけを買い戻して販売する。注文を受けた分だけを買い戻せばよいので、リスクは全くない。これが、赤字にならない仕組みということです」

メルマガに今も続くバーベキューイベント、そして流通。経営を赤字にしないためのビジネスは、活動前からの知人たちの応援と、綿密な仕組みづくりがみやじ豚というブランドを支えた。

続けて、いたずらに興味を持っていないであろう人たちへ認知を広げるPRをしても意味がない、と大高さんは言う。

「興味のある人の心をつかんでファンを増やすと“共鳴”が生まれます。その“共鳴”という局所的かもしれない状況がメディアなどでニュースになると、“共鳴”している振動そのものに興味を持つ人も現れて、さらにその輪が広がり社会的な“現象”になります。クラウドファンディングが成功するときの動きは、その様な初期の“共鳴”を地道に生み出していく活動が必要です。さっきも言ったように最初から閲覧数重視のような、共鳴という深さまで達しない、認知を薄く広く取りに行く様な空中線からのスタートではダメなんですね。

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そして、吉満さんは「気持ちを通い合わせること」の大切さを語った。

「地域事業に限ったことではなく、「この人、信頼できない」と思われたら、その口コミはすぐに広がります。閲覧数より、人をばかにせずおもんばかることが、長期的なPRになると思っています」

気持ちが通いあう街で、GOOD SURVIVE PROJECTがはじまる

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数を求めてしまいがちなビジネスの現場。だがこの日、足立の街で広がり始めたのは、数字を追いかけることとは少し違う事業実現のあり方だった。

その姿勢を示すもののひとつが、センジュ出版の吉満さんが語った「どうして出版社なのに、ブックカフェも運営しているか」の理由に表れていた。それは、「本を渡すところまでが編集」という考え方だ。

「現在、日本の全書籍の売り上げは、日本最大手の自動車メーカー一社の売り上げに届きません。私は自社の本を流通まかせ、本屋さんまかせにしないやり方もあるのではないか、であれば他者に任せるだけのやり方にはしたくない、と思っているんです」

三人のゲストに共通しているのは、小手先のノウハウではなく、目の前の人との価値共有や場づくりにかける覚悟と思いだ。その熱量がじわじわと会場の参加者に伝播していくーー。

行政も一体となり、足立区の産業を活性化させようと始まったGOOD SURVIVE PROJECT。地元の事業者たちにとって、事業存続のカギとなるプロジェクトになるため、どう進化していくのか。だれのために、どのように実現への道を歩んでいくのか。

このnoteでは、シリーズを通して問いを立て、その答えを探っていく。

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