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あなたの可能性が広がるルーペの世界とは?

「ルーペ」はフランス語で「Loupe」、拡大鏡を意味する言葉です。小さいものを大きく拡大して、観察しやすくする道具です。
 
小学校の理科の時間に、顕微鏡を使って観察実験をしませんでしたか?初めて顕微鏡を覗いたときの感動を覚えていますか?

パッと焦点があったとき、眼下に広がる初めて見る美しいミクロの世界に、誰もが心が奪われたはずです。


「イドウタイ」ってなあに?

彦根城へ向かう道路沿いにある古書&カフェ Loupe(ルーペ)舎の店主・河嶌敬冶さんにお話を伺いました。
 
「理科の先生」と言うと、白衣を着たお固い人というイメージがあったのですが、河嶌さんは物腰がとても柔らかい方で、「理科の先生」に対する私のイメージは覆させられました。
 
河嶌さんは、中学校で理科を教えられ、定年後、長浜でお店を経営されていました。そして、2024年4月に彦根に移転オープンされました。

Loupe舎のユニークな取り組みの一つは、定期的に開催されている「サイエンスカフェ」です。

河嶌さんは、大学の卒業論文のテーマとして「細胞性粘菌」を選んで以来、すっかり「菌」の世界に魅了され、細胞性粘菌や変形菌などの研究を続けられています。

Loupe舎は古本屋のようで、単なる古本屋ではありません。Loupe舎の店内には、サイエンスルームがあり、顕微鏡や実験器具、菌の標本などが置かれ、菌のタペストリーが飾られています。

河嶌さんがお店で付けておられるエプロンには、Loupe舎のキャラクター「イドウタイ」がデザインされています。なぜ動物みたいな形をしているんだろう?と不思議に思い、キャラクターの由来を聞いてみました。

顕微鏡を覗く河嶌さん

「菌」と言えば、目に見えない小さな生き物を想像するかもしれません。でも、必ずしも小さいわけではないのです。

例えば、スーパーで野菜コーナーに並んでいる「きのこ」。実は、「きのこ」は植物ではなく、分類学上、菌類として分類されます。
 
菌類は、葉緑素を持たず光合成をしないことから、植物とは異なる性質を持ちます。しかし、細胞壁を持つなど、植物と近い要素も持っている不思議な生き物です。

「菌」は、大きく、真菌、粘菌、細菌の三種類に分類されます。
 
例えば、「大腸菌」の名前は、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?大腸菌は、人の大腸内に棲息している腸内細菌の一種で、環境中に広く見られます。

「イドウタイ」がデザインされたTシャツ

河嶌さんが長年、研究されている「細胞性粘菌」は、一般的にはあまり知られていません。しかし、土壌表層に広く棲息しているため、簡単に見つけることができます。そして、菌の中でも、とてもユニークな生き物です。

簡単に説明すると、「細胞性粘菌」は、胞子が発芽してアメーバ状の細胞となり、分裂・増殖します。そして、食べ物がなくなり飢餓状態になると多細胞化し、アメーバ運動により集合(シュウゴウタイ)して、ナメクジのような移動体(イドウタイ)を形成し、最終的に柄を伸ばして胞子体を形成し、一生を終えます。
 
なんとも不思議な生き物ですね!

「シュウゴウタイ」(左上)と「イドウタイ」(右下)がデザインされたTシャツ

このような細胞性粘菌のユニークな形成段階により、「シュウゴウタイ」や、「イドウタイ」というLoupe舎のオリジナルキャラクターが生まれました。とても愛らしいキャラクターたちです。

カフェのメニューボードに描かれた「イドウタイ」のイラスト


興味を持つきっかけ作りの場所

私が、エプロンにデザインされたキャラクターに興味を持ったように、キャラクターをきっかけに、細胞性粘菌に興味を持つ子どもが増えるかもしれません。
 
「興味」というのは、本質的な欲求から沸き起こる内発的動機の一つです。外的な報酬や評価を求めるのではなく、自発的、主体的な行動を引き出すきっかけになります。

「イドウタイ」がデザインされたマグカップ

Loupe舎は、ユニークなキャラクターを作り、「サイエンスカフェ」で、菌の野外観察会が開催されています。

また、2階のギャラリーでは、科学を身近に感じられるおもちゃや、実験器具を展示するなど、お店に来られた方が科学に興味を持つ、様々な仕掛けをしています。

2階に展示されている機械式計算機

サイエンスカフェでは、大人も楽しめる本格的なワークショップを開催しています。例えば、ブロッコリーからDNAを抽出する実験です。
 
自分で実験して、DNAを観察すると、生き物の細胞一つ一つにDNAが入っていて、その情報が子孫に受け継がれていく生命の神秘を、知識としてではなく、肌で実感することができます。
 
DNA は医療や農業など、様々な分野で研究されています。サイエンスカフェでの体験が、将来、DNAを利用した研究や技術開発に携わるきっかけになるかもしれません。

今、科学技術を支える若手が激減していると言われていますが、Loupe舎は、子どもだけでなく、大人の興味、知的好奇心を掻き立てる場所なのです。


想像力を駆り立てる場所

また、Loupe舎のユニークな取り組みとして、紙芝居があります。
 
昔ながらの紙芝居枠を使った紙芝居が、2階のフリースペースで定期的に上演されています。

紙芝居枠

紙芝居は「絵」と「語り」で構成され、話を聞くというよりも、その名の通り、お芝居を見る感覚に近いようです。
 
また、「絵」の枚数が限られているため、描かれていない場面を補う想像力が磨かれ、演じ手と聞き手が物語の世界を共有し、共感力が育まれると考えられています。
 
そして、豊かな想像力が育まれると、創造性も豊かになります。

Loupe舎は、本に出会う場所であるだけでなく、あらゆるワクワクに出会い、創造性を磨く場所なのです。


ノスタルジックな場所

お店には、子どもから大人、地域住民から県外の人まで、様々な人たちがサイエンスカフェ目当てに、貴重な専門書を求めて、また、河嶌さんに会いに来られるそうです。
 
小さいころから、このような環境に触れて、科学に興味を持つ子どもたちが増えたとしたら、彦根の将来がとても楽しみですね。

もしかすると、Loupe舎は、昔の寺子屋のような機能を果たす場所なのかもしれません。

ノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・シカゴ大学のジェームス・ヘックマン教授によれば、子どもの成長において、幼少期の環境、特に、非認知能力の開発がとても重要だそうです。
 
私は、小さいころから科学図鑑が大好きな子どもでした。理系が得意だったので、理系の大学に進み研究職に就きました。

私が好奇心旺盛な子どもで、科学が好きだったのは、きっと母がリケジョ(理系女子)だった影響でしょう。

しかし、両親が理系が得意であろうがなかろうが、関係ありません。Loupe舎のようなお店が近くにあれば、子どもたちが科学に興味を持つきっかけが得られるからです。

「シュウゴウタイ」がデザインされたタオル

また、Loupe舎は古書だけでなく、レコードやレトロな雑貨を扱っています。レトロな雰囲気のお店は、追憶や懐古、つまり、ノスタルジーを感じさせる空間を演出しています。

ノスタルジーは、人の健全な精神活動の一つで、ほっとした安心感を与えてくれます。そこには、プラスの感情だけでなく、寂しさや切なさも含まれるかもしれません。

しかし、ノスタルジーは、必ずしも後ろ向きな感情ではなく、過去や現在の哀しみや孤独感から立ち直らせる力を与えてくれます。過去への感謝の気持ちも湧いてくるでしょう。

そして、未来に起こる変化への抵抗力がつくとも考えられています。

「子どもたちが科学に興味を持ってくれる場所を作りたい」
 
そんな想いで、河嶌さんはお店を経営されていますが、Loupe舎のノスタルジックな居心地のよさや、体験と感動は、科学だけでなく、あらゆる物事を深く探究する姿勢や、他人への共感力につながるはずです。
 
科学は探究の積み重ねであり、過去の積み重ねです。Loupe舎は、過去をリスペクトするノスタルジックな場所であり、新しい視野と新しい感動に出会う、過去と現在、そして未来が交差する場所なのではないでしょうか。


フラクタルな世界

「フラクタル構造」とは、部分が全体と相似な形を有する性質を持つ構造のことを言います。自然界には、フラクタル構造を持つものがたくさん見られ、よく知られているものに、海岸、雪の結晶、貝殻などがあります。
 
例えば、原子と太陽系もフラクタル構造と言えるでしょう。原子は、原子核を中心として、ある一定の軌道上に電子が存在します。太陽系は、太陽を中心として、ある一定の軌道上に惑星が存在します。

河嶌さんのコレクションの一つ、変形菌のウルワシモジホコリの標本を見せて頂きました。

ウルワシモジホコリは、その名前の通り、非常に「麗しい」変形菌で、学名のpulcherrimumは、「最高に美しい」という意味です。

ウルワシモジホコリ(変形菌)の標本

変形菌の和名は「〇〇ホコリ」と言います。これは、子実体の胞子が風で飛ばされるとき、その様子が、まるで埃が舞うように見えることから、「ホコリ」と名付けられたそうです。
 
注:子実体とは、菌が成長して目に見える大きさになったもので、きのこの傘とひだの部分のこと

ウルワシモジホコリ(変形菌)の標本

そして、顕微鏡でウルワシモジホコリを観察してみました。
 
ウルワシモジホコリは、肉眼でやっと見えるほど小さいものですが、顕微鏡を覗くと、自然が作り出したアートとも言える精緻なメカニズムに触れることが出来ました。ミクロの世界に無限の広がりと可能性を感じ、自然のすばらしさに感動せずにはいられません。

顕微鏡で観察したウルワシモジホコリ(変形菌)

その無限の広がりは、ミクロの世界も、宇宙も同じです。
 
身のまわりの小さなものをルーペや顕微鏡で覗いてみると、そこはまさに小宇宙。新しい世界が広がり、視野が広がります。ルーペの向こうは驚きでいっぱいです。

人間のことを宇宙の構造になぞらえて、ミクロコスモス(小宇宙)という概念で表現することがあります。原子と太陽系がフラクタル構造であるように、人間と宇宙はフラクタル構造です。
 
顕微鏡を覗いて、ミクロの世界に触れると、私たちは探検家のようにワクワクします。ミクロの世界に繰り広げられるメカニズムは、マクロの世界にも共通します。

ルーペで覗いたミクロの世界への好奇心。それは、自分を知り、世界を知ることに繋がるのかもしれません。


ルーペ舎は宝探しの場所

河嶌さんは若い頃から「古本屋巡り」が趣味だったそうです。
 
古本屋には、一般の書店では絶対に手に入らないような本との出会いがあります。そこでしか出会えない、一期一会の出会いを求めて、旅をするように、全国各地の古本屋を巡るそうです。
 
それは、まるで「宝探し」のようです。

古本屋で取り扱われている本は、店主の専門性や拘りで選び抜かれた、現代においても、とても価値がある本です。その厳選された本の中から「宝」を探し当てる喜びは、顕微鏡を覗いて、新しい「宝」を発見する喜びと似ているかもしれません。
 
何十年も前に出版された本が、今の本の基礎となっていることも多いそうです。そして、古い本には、著者の志、気概、魂が宿っているように感じます。

河嶌さんに見せて頂いた古い数学の本の前書きに、「もし本書を読んで微分積分を理解できなかったら、それは人間ではなく・・・」と書かれてありました。
 
この前書きから、「この本は、私が自信を持って、全身全霊をかけて書いた本である」という、著者の覚悟を感じます。

古本屋を「土壌」と考えると、古本屋で「宝」を見つける喜びは、土壌で細胞性粘菌、土壌で「宝」を見つける喜びに似ているかもしれません。そして、城下町彦根で、素敵なお店を見つけたり、素敵な人に出会ったときの喜びも、「宝」を見つける喜びに似ていると思うのです。
 
顕微鏡で小さい世界を覗くと、視野が広がり、大きな発見があるように、ルーペで覗くように古本屋を覗いてみませんか?

河嶌さんが、ルーペ舎に込めた想い。
 
それは、子どもたちだけでなく、大人も、ワクワクする宝を見つける喜びを知ってほしい。そして、年齢に関係なく、自分の中のまだ見ぬ新しい可能性を見つけてほしいという想いなのかもしれません。



古書&カフェ Loupe舎

Instagram
https://www.instagram.com/loupe_sha

滋賀県彦根市京町1-1-1
0749-22-5048
定休日:月・金及び第三日曜日

  

(写真・文 若林三都子)