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夏らしい場所へ

 
加茂水族館の海月と光明

安保 拓
無数の光へ

「ゆらゆらしてるね、まる首都高速。」

そう言うと彼女は、丸い水槽の窓を覗き込んだ。
なかには、ゆらゆらと揺れる海月が無数にいた。

だから、高層ビルから観る首都高速を想像した。

 山形県鶴岡市立加茂水族館。訪れた日は、コロナ禍が丁度始まった頃だ。彼女と僕は、まだ東京都と秋田県のまま離れて暮らしていた。季節が過ぎるのは速い。前回会った晩秋からもう真夏の陽射しに照らされていた。楽しみにしていた鶴岡旅行は、鶴岡駅からバスに揺られ揺られて目的地に着いたのだが、海月を観に来た観光客で入口は溢れていた。道中のバスは、カダガタ揺れるタイプで車酔いはしなかったが、なんだか水族館の人混みに酔いそうだった。都会の彼女は平気そう。

「やー、やっと着いたね、加茂水族館までさ。」

そう彼女に言うと、体温測定カメラに立ち姿を写して、入館許可をもらい二枚のチケットを買った。ようこそ海月御殿へ。ばかりに、海月がいっぱい游いでいた。僕は、彼女の手を握ると人混みの中を泳ぐようにゆっくりと館内を進み始めた。

「あ!これ可愛い、なんて名前かな?なに?。」

彼女が僕に質問すると速くもデジャヴになり、昔もこんなことがあったと考え始めた。あれは何処の動物園。水族館。それとも。お構えなしにどんどん進む彼女。その時には二人の手は離れていたので、グーグル携帯電話をチェックした。いやなんとなく携帯電話を触っただけだが、彼女は、進む先から振り返ると、二重の眼を細めて言った。

「どうしたの、誰か気になる人から連絡来た。」

僕は、首を横に振ると彼女と同じ海月を観た。新しい眼の前の海月は、少し小さい。もっと小さい。大きい。変なの。綺麗。不思議。カラフル。
凄く大きい。どんどん二人で廊下を進んで行く。
お互い好き好きに、銀色や白の青々しい海月を携帯電話で撮っているので、足が乱れる。焦る…。

「海月って、沢山居るんだね、知っていたの?」

「ケセランパサランってなに、知っているの?」

僕は、優等生な答え方をしながら水槽の四角い窓を覗き込んだ。すると加茂水族館の年表が飾られている場所まで来たので、二人でそれを眺めた。

「最初は、水族館の経営が大変だったんだね。」

「撮ってくれる人がいたら、二人で並びたい。」

僕より背の小さい彼女がそう言うと、誇らしい感じを出しながらまた歩き始めた。その時は知らなかったが、凄く大きい丸の天窓まであと少しだった。ゆっくりゆっくりとお互いが手を繋ぎ進んで行くと美しく広がるホールへ辿り着いた。青々しい光の森を、ゆっくりゆらゆらと上下する海月。眼球の光彩に写しながらそっと手を救いあげた。

「綺麗、浦島太郎になった気分。そう想う?。」

僕は、教会のようにも水族館らしくも見えていたが、ゆらゆらゆれる海月を眺めると、そこは正しく竜宮城が広がる景色なので、コクリと頷いた。

「来て良かった?おばあちゃんになっちゃう。」

僕は、その言葉を聴くとおじいさんになるのを想像して、少し怖くなった。もうすぐ四十代が終わるより恐かった。そして彼女は、まだまだ若い。

「楽しいね、加茂水族館。またいつか来よう。」

そう彼女に告げると出口までまたゆっくり歩きながら、僕は、一緒に歩いたことのないヴァージンロードだと想いギュッと冷たい手を握った。神様への誓いは次の機会にする訳にはいかないから。


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