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#57_「探究の教科書」をつくる

「ナスビの学校」には、目の前の子どもたちのことを思い浮かべながら、教師が丁寧に言葉を編んだ「探究の教科書」があります。

各教科とは異なり、総合的な学習の時間には「教科書」がありません。

より正確に言うならば、総合的な学習の時間の「教科書」をつくることはできません。

総合的な学習の時間は、各学校が、目の前の子どもたちや学校をとりまく社会の状況をふまえながら、オリジナルのカリキュラムをつくり、実践していくところに最大の魅力があります。だから、総合的な学習の時間の「教科書」をつくってしまえば、「全国どこでも同じような総合的な学習の時間」になってしまいます。それは、総合的な学習の時間が設立されたときの趣旨からも遠ざかってしまうことになるでしょう。

しかし、そうは言っても、「教科書」がないと指導が難しい。そんな声に答えるかたちで、「探究の教科書」が次々と出版されています。教科書会社からも、そして、出版社からも、次々と出版されています。出版されている「探究の教科書」を読んでみると、その多くが「探究の方法」と「事例紹介」という構成になっていることに気づきます。「探究はどのようなプロセスで進むのか」を丁寧に解説していたり、実際に全国各地でどのような探究活動が展開されているかを紹介したりしています。

「探究の教科書」は、一般性を強めたかたちで構成されています。「教科書」ですから、一般性を強めるのは当然です。全国各地の学校で探究に取り組むたくさんの子どもたちに、広くヒットするためには、一般性を強めることが重要です。

一般性を強めるということは、固有性を弱めることと表裏の関係にあります。一般性を強めたかたちで構成された教科書は、固有性の弱い教科書でもあるのです。「探究の方法」や「先進事例」を知るためには役立つかもしれませんが、子どもたちの実際の探究活動をどこまでサポートできるかは未知数です。

「ナスビの学校」には、目の前の子どもたちのことを思い浮かべながら、教師が丁寧に言葉を編んだ「探究の教科書」があります。ナスビの学校にある「探究の教科書」は、決して書店には並ぶことのない、ナスビの学校で学ぶ子どもたち向けにつくられたオリジナルテキストです。

私は、総合的な学習の時間を進めるにあたって、「プレゼン」ではなく「テキスト」にこだわっています。その理由は「再現性」と「物語性」にあります。

「プレゼン」は、聞き手にやさしく、読み手にやさしくない媒体です。確かに美しくデザインされたプレゼンは、聞き手にやさしい。プレゼンを聞いたときには「わかった気持ち」になります。しかし、プレゼンは「読み物」ではありません。キーワードとキーワードのあいだ、スライドとスライドのあいだにある「余白」を読み手が埋めてはじめて理解できるものです。あとから読み返したとき、キーワードとキーワードのあいだ、スライドとスライドのあいだにある「余白」を、読み手は埋めることができるのか。私はそこに疑義を感じるのです。その点、「テキスト」であれば、「最初に読んだとき」も「あとから読んだとき」も、そこに書かれている言葉は同じです。「テキスト」であるがゆえに、キーワードとキーワードのあいだ、スライドとスライドのあいだにある「余白」は、ほとんどありません。ここに「テイストの再現性」があります。別の言い方をすれば、「昨日の総合的な学習の時間は欠席していたけれど、今日、机の中に入っていたテキストを自分で読んだら、昨日の内容がよくわかった」と、子どもたちに思ってもらえるところに「テキスト」の強みがあるのです。

「ナスビの学校」にあるのは、目の前の子どもたちのことを思い浮かべながら、教師が丁寧に言葉を編んだ「探究の教科書」です。子どもたちのことを思い浮かべながらテキストを書くと、たとえば、次のようなことに思いをめぐらせることがあります。

「あ、これを説明するためには、その前提として、あれを説明しておいた方がいいかな」

「この内容は社会科でも取り扱っていたから、簡単に説明する程度でいいかな」

「この表現で、子どもたち、わかるかな?」

「うーん、この話の流れで、うまく納得できるかなあ?」

「今回はどこまで話を進めようかな?」

テキストを書いているときには、子どもたちの顔が浮かびます。そうすると、テキストの文体は、自然と「語りかける感じ」になります。そのため、テキストの文字数もページ数も、どうしても増えていきます。書くのは大変ではありますが、「語り掛ける感じ」で書いていくため、意外と疲労感もないものです。

そうやって「探究の教科書」が、日々、生まれていきます。

そして、ここで、おもしろいことが起こります。

「固有性を強めに強めてつくったテキストが一般性を帯びてくる」という現象です。

ここについては、次回、深めて書いてみようと思います。

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