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【原稿&トーク音声】2023年8月 「放蕩息子の兄」

父母コンビでお届けしているラジオ「ゴスペルアワー」の「原稿」を、トーク部分の「音声」と共に、ラジオの再放送が終わってから投稿しています。ラジオ内で紹介した歌は、どなたかがアップされているyoutubeから探して埋め込ませていただきます。(youtubeで見つけられなかった場合はご紹介できませんがご了承ください。)
ラジオでゴスペルアワーを聴くことができない方にも、ゴスペル(=福音・良い知らせ・グッドニュース)が届きますように!

下記リンクの、Youtube「ラジオ・ゴスペルアワー」の再生リストで、これまでのトーク音声&音楽を通してお聞きいただくこともできます。

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トーク1


父:みなさん、(父母)こんばんは (母)2023年8月のゴスペルアワーの時間です。
父:ゴスペルアワーの「ゴスペル」とは、「福音・良い知らせ・グッドニュース」という意味です。天地万物をつくられた創造主・神様がおられて、私たちを罪から救うため、約2000年前に、神が人となってこの地上にうまれてくださったのが、イエス・キリストです。

母:このイエス・キリストが、私たちの罪の身代わりとなって、十字架で死んで、葬られ、三日目によみがえり、復活したことがゴスペル・福音だと聖書は教えています。

父:イエス様を私の罪からの救い主として信じるだけで、罪がゆるされ、神の子とされ、永遠の命が与えられて、神の国、天の御国に入れていただけるということが聖書の中で約束されています。

母: 2023年8月、今年、8回目のゴスペルアワーです。
父: はい、今日のゴスペルアワーは、先月の続きで「放蕩息子の兄」というテーマでお届けしたいと思います。

母: 前回は、「放蕩息子の弟が悔い改めて、父の家に帰ってくると、父親は走り寄って息子を迎え、喜びの祝宴・パーティが始まった」という所で終わりました。

父:イエス様のお話は、良かった、よかった、めでたし、めでたしで終わりませんでした。このお話には、続きがありました。

母:最初にお話しの続きの部分をリビングバイブルという聖書で読んで、紹介したいと思います。

父:ところで、兄のほうはどうだったでしょう。彼は、その日も畑で働いていました。家に戻ってみると、何やら楽しげな踊りの音楽が聞こえます。いったい何事かと、使用人の一人に尋ねると、

母:『弟さんが帰って来られたのです。だんな様は、たいへんなお喜びで、肥えた子牛を料理し、ご無事を祝う宴会を開いておられるのです』というのです。

父:事情を聞いて、兄は無性に腹が立って、おこって、家に入ろうともしません。 
父親が出て来てなだめましたが、兄は父に食ってかかりました。

母:『私はこれまで、お父さんのために汗水流して働いてきました。お父さんの言いつけに、ただの一度もそむいたことはありません。なのに、友達と宴会を開けと言って、子やぎ一匹くれたことがありますか。ところが、遊女におぼれてあなたのお金を使い果たした弟のためには、最上の子牛を料理して、お祭り騒ぎをするのですか。』

父:すると、父親は言いました。『いいか、よく聞きなさい。おまえはいつだって、私のそばにいたではないか。私のものは全部おまえのものだ。 考えてもみなさい。あれはおまえの弟なのだよ。死んだと思ってあきらめていたのが、無事に帰って来たのだ。
いなくなっていたのが見つかったのだから、お祝いするのはあたりまえではないか。』」

母:ここまででイエス様のお話は終わりになります。

父:それでは、ここで、今日の最初の歌を紹介したいと思います。
「主はわれらの太陽 」という歌をお聞き下さい。

※ゴスペルアワーで紹介した歌をyoutubeから探して貼り付けています


トーク2


父:「主はわれらの太陽」という歌をお届けしました。

母:今日のゴスペルアワーは「放蕩息子の兄」というテーマでお届けしています。

父:先月、先々月とイエス様の3つのたとえ話を紹介しています。迷子になった羊のたとえ、失くした銀貨のたとえ、放蕩息子のたとえですが、3番目の放蕩息子の例えには、お父さんとお兄さんと弟の3人が出て来ます。

母:お父さんは、神様・イエス様を表していて、弟の放蕩息子は私たち罪人を表していて、お兄さんはだれのことをたとえているんでしょうか?

父:はい、イエス様がこの例え話を話すことになったいきさつ、きっかけがルカの15章の最初に紹介されていますので、ちょっと読んでみましょう。

母:イエスの教えを聞きに来る人たちの中には、あくどい取り立てをする取税人や罪人といわれる者たちがかなりいました。 ユダヤ教の指導者や律法の専門家は、イエスがそういう問題の多い人々とつきあい、時には食事までいっしょにするのを見て、批判しました。

父:イエス様が、罪人と呼ばれるような問題の多い人々と、一緒に食事をするのをみて、当時のユダヤ教の指導者たちは、イエス様のその行動に、眉をひそめ、非難・批判していました。

母:なぜなら、当時のユダヤ教の指導者・律法学者は聖書の教えをまじめに守り行っていましたが、聖書の教えを守らないような罪人と交わりや食事を一緒にすると、自分たちが汚れるということで決して彼らと一緒に食事をしませんでした。しかし、イエス様が彼らと一緒にたのしそうに、食事をしていたので、彼らはイエスを批判したわけです。

父:当時のユダヤ教の指導者・律法学者たちは、イエス様のたとえ話の中では、放蕩息子の兄として登場してきます。放蕩息子の兄は、たとえ話の中ではどのように描かれているでしょうか?

母:この日もお兄さんは、一日畑仕事をまじめにして、家に戻って来ました。すると、家から宴会の音楽が聞こえてきました。

父:放蕩息子の弟が家に戻って来て、お父さんが祝宴を始めたと聞いて、お兄さんは腹を立てて、家にも入らなかったんですね。

母:なだめるために出て来たお父さんに対して、お兄さんは言いました。

父:私は長年、まじめに父に仕えて来た。 戒めを一度も破ったことはない。
  私には子山羊一匹くださったこともないのに、放蕩息子には肥えた子牛をご馳走するのですか。

母:兄息子は外見的にはまじめなお兄さんでした。しかし、お兄さんの心には喜びよりも、弟に対する怒りと、お父さんに対する不平・不満があふれていました。

父:弟には肥えた子牛、今で言えば100万円位のご馳走を出したのに、自分には子山羊一匹さえご馳走してくれたことはない・・・と弟と自分を比較しています。

母:なによりも、「自分は一度も戒めをやぶったことがない」と自己義認・自分を正しいと思い込み、逆に弟は放蕩息子、ろくでなしと見下しています。

父:行いの正しい兄息子の自分が最高の恵みを受けるべきで、放蕩息子の罪人の弟は父なる神の愛と赦し、恵に預かるなどとんでもないという考えを持っていたようです。

母:お兄さんは、弟に対してだけでなく、許されてはならない弟を赦し、受け入れているお父さんに対しても、腹を立てて、不満をぶちまけました。

父:それでは、不満の心をしずめるためにも、今日の2曲目の賛美をおとどけしましょう。
「神は実にそのひとり子を」という賛美です。どうぞお聞きください。

※ゴスペルアワーで紹介した歌をyoutubeから探して貼り付けています

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トーク3


父:「神は実にそのひとり子を」という歌をおとどけしました。

母:今日のゴスペルアワーは「放蕩息子の兄」というテーマでお届けしています。

父:さて、このイエスが語られた放蕩息子の兄の譬え話から、私たちはどんなメッセージを学ぶことができるでしょうか。

母:ユダヤ教の指導者や律法学者は、「聖書の戒律を守ることが、神様の愛と恵みを受ける道である」と考え、律法(聖書のことば・戒め)を熱心に守りました。

父:兄息子は自分の行いが正しいと考えていましたから、罪に身をゆだねた弟をさげすみました。裁いたのです。「あなたの息子」と言って、自分の弟と呼ぼうともしませんでした。弟に対する、非常に冷たい言葉、冷たい心・態度が感じられますね。

母:聖書のことばをまじめに守り、行っていた彼らは、それが出来ない人々を裁き、見下し、自分たちをそれらの人々よりも高く置いて、高ぶっていました。

父:このような兄の姿、ユダヤ教の指導者・律法学者の姿が、これら一連のたとえの発端になったのです。彼らは罪を犯す人々には全く憐れみの心を持っていませんでした。

母:しかし、父なる神様は罪人を救う為に御子イエス様を十字架に架けられました。
「いなくなっていた弟が見つかったこと」を神様は、無常の喜びと思われる愛の神なのです。

父:父なる神様は、悔い改めた放蕩息子の弟息子だけでなく、律法を守っている自分は正しいとうぬぼれ、人を見下している兄息子をも、平等に愛しておられるのです。
この譬えから父としての限りない神様の愛を感謝したいものです。

母:イエスキリストは私たちのために十字架で身代わりとなって死んでくださったほどに私たちを愛して下さっています。
父:はい、それでは今日の3曲目の歌は「愛を伝えるために」という歌をお届けします。 どうぞお聞きください。

※ゴスペルアワーで紹介した歌をyoutubeから探して貼り付けています

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トーク4


父:「愛を伝えるために」という歌をお届けしました。

母:今日のゴスペルアワーは「放蕩息子の兄」というテーマでお届けしました。

父:イエス様のたとえ話は次のような言葉で終わります。「すると、父親は言いました。
『いいか、よく聞きなさい。おまえはいつだって、私のそばにいたではないか。
私のものは全部おまえのものだ。 考えてもみなさい。あれはおまえの弟なのだよ。
死んだと思ってあきらめていたのが、無事に帰って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、お祝いするのはあたりまえではないか。』」

母:この後、兄がどういう行動を取ったのかは、あえてイエス様はお話しませんでした。
  
父:「この後、どうするかはあなたが決めなさい」とイエス様は私たちひとりひとりにチャレンジされているのではないでしょうか。

母:人と比較して、落ち込んだり、高ぶったりする必要はありません。
聖書のことば「わたしの目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している。」

父:教会に一度も行かれたことのない方は、ぜひ、今月、いや次の日曜日、お近くの教会に行ってみてください。日曜日の朝10時半から、普段着のままで、手ぶらで、お気軽においでください。

母:それでは最後に、ゴスペルアワーのテーマソング 「きみは愛されるために生まれた」を聞きながらお別れしたいと思います。あなたも愛されていることを忘れないでください。 今夜もゴスペルアワーを聞いて下さりありがとうございました。
・・・それでは  母:この次は  父:来月9月にまた  
母:お耳に  父母:かかりましょう。

※ゴスペルアワーで紹介した歌をyoutubeから探して貼り付けています

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◆本放送:第1金曜日 19時~
◆再放送:翌週金曜日 19時~
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