今夜も召し上がれ 第9夜

鶏むね炒め弁当

 朝8時、お気に入りのJpopを設定した目覚ましが鳴る。
 全身をくまなく伸ばして、もそもそと布団から這い出た。
 今日はアルバイトである。この城に帰ってくるのは深夜になる。
 俺は顔を洗うのが壊滅的に下手で、自分の服から洗面所から頭に至るまで、びっしょびしょにせずに洗顔できたためしがない。もう開き直って、身支度を整える必要があるときは朝からひと風呂浴びることにしている。
 昨日に限らず、仕事終わりは疲れ果てているし、暗い時間に風呂場を使うと、結構うるさいしな。
 狭い風呂場でシャワーを浴びて、頭や体も洗い清める。
 この間安く売っていたシャンプーは妙にいい香りがするし、なんかやたら髪がさらさらになって困る。
 風呂は好きだが、狭いところは昔から嫌いだ。最低限の身づくろいで風呂場を出る。
 部屋に雫を垂らしながら、身体を拭いてバイト用の服に着替えた。服装の自由がある程度担保された職場だからこその悩みではあるだろうが、着る服がない。
「まあ、こんなもんでいいだろ……」
 ドライヤーをかけたことでフワッフワになった髪をいつもの分け目に流せば、これでいつでも出かけられる支度だ。
 8時40分、上出来。

「さてと、朝飯と弁当作るか」
 エプロンをつければ見た目もいいのだろうが、洗うのが面倒なのでタオルをベルトに挟んで代用する。
 まず、あらかじめ味付けをして冷凍しておいた鶏肉を取り出し、そのままフライパンに投入する。解凍すればもっといいのだろうが、弱火で火を入れれば、下味を染み込ませておいた肉は柔らかく仕上がってくれるのだ。
 別に硬くたって問題はないが。
 細切りにしてこれまた冷凍しておいた玉ねぎを、適当に入れる。
 確か、4分の1玉くらいだったかな。半玉だっけ、もう忘れたな。
 蓋をして、蒸し焼きにする。
 下味はもうついている。肉と玉ねぎに火が通ったのを確認したら、半分だけ白いお皿に広げるのだ。
「これは弁当の分」
 残りには、ざっと水を通したモヤシ、半袋を入れて、もう一度蒸し焼きにする。これは朝ご飯だ。
 俺は、同じメニューを食べ続けても問題ないタイプの人間なので、こういう時短を図ることがよくある。ラップにくるんだ冷ご飯の、ひとつはレンジにかけ、ひとつは弁当箱(と呼ぶタッパー)のそばに置いておく。
 レンジにかけたご飯が出来上がるタイミングで、フライパンを火からおろし、どんぶりにご飯と一緒に盛り付ける。
 9時15分、上出来。

 これで両方完成、としてもいいのだが、今日は時間がある。
「弁当っぽいことするか」
 フライパンをコンロに戻し、マグカップの中で溶き卵を作る。
 マグカップであることに深い意味はない。もうほかに食器がないのだ。
 めんつゆと砂糖を入れ、じゅ、とフライパンの温度を確認する。
 割った卵は二つ、まず3分の1をフライパンのなかに流し込み、ゆるくかき混ぜて長方形にしてから、固まり切る前に3等分に折る。
 フライパンに対して、かなり小さい卵焼きだ。面積の4分の1くらいしか使っていない。
 フライパンのふちに押し付けて整形し、奥に退けてからまた、同じくらいの量の卵を流す。
 オムレツを作る要領で軽くかき混ぜ、固まり切る前に、既に巻き上げた卵を乗せてくるくると巻き付ける。ふちに押し付けて形を整える。
「無駄に器用だよな、俺」
 ふっくらと厚みのある卵焼きだ。長方形のフライパンではないから、楕円のあの形である。
 最後に、巻き終わりを下にしてフライパンに入れたまま、蓋をする。
「飯食ったら保冷剤で冷やして、詰めりゃ完成っと」
 10時前の電車に乗って行けそうだ。余裕をもって準備に入れるな。
 猫舌に優しい温度になったどんぶりの前に腰をおろし、卵をすすいだマグカップに麦茶を注ぐ。
「あっ、水筒の準備してねえや」
 ついでに食器も洗って出るか、いや俺って何につけても偉いな。
「そんじゃ、いただきます」

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