今夜も召し上がれ 第5夜
たらこ肉うどん
たらこが食べたい。
ぱたりと筆が止まる。
なぜだが分からないが、今ものすごくたらこが食べたい。
なんだかの必須栄養素のポスターにたらこが書いてあったな、なんかそういうあれなんだな、必要な栄養素があるんだな。女性が長生きする理由に無意識に体が求めるものを作ってるから栄養が取れてるっていう話も聞くしな。
謎論理を爆速で組み立て、パジャマを兼ねた部屋着のジャージからジーパン、パーカーの出かけられる普段着に変身する。
シンプルに焼きたらこにして、ご飯の上にのせて食べるのもいいな。冷蔵庫のなかに結構いろいろあるし、何か作ってもいい。昔よくお弁当に入れて貰っていたたらこと人参の炒め物はおいしかったな。包丁はないけど、ニンジンの細切りも売っている時代だし。他にも、ポテトサラダもありだし、たらこのチャーハン、なんてのも聞いたことがあるようなないような。その場合って魚卵と別になるのかな、卵。
すっかり暗くなった道を、スキップせん勢いで進む。
あとは、チラシと相談しながら牛乳と、朝ご飯にするパンの類も買えたらいいな。肉は大きいパックの豚コマがまだあるし、この前野菜類は買った。
引っかかった踏切で上下3本分待たされたが、俺は機嫌がいいので、革靴のつま先でひび割れたアスファルトにケンカを売るおじさんに、心の中で寛大な同情をたっぷり垂れてやることが出来た。
スーパーに辿り着くと、まず入り口のチラシをしげしげと眺める。
たまに採算を心配したくなるセールをしている店だが、今日はこれと言って安いものもなさそうだ。たらこと、一通り売り場をチェックするだけにすることにして、買い物カゴを手に取る。
鮮魚のコーナーに真っすぐ、向かおうとして店の中をさまよいながらたらこを探す。
「あ、みつけ……たけど、高い」
こんなものなのだろうか、いやそれにしたって簡単に出すには躊躇する値段だな。ただでさえ金欠なのに。
「参ったな」
とりあえず、すっかり場所を覚えた見切り品コーナーに向かってから考えることにする。この時間だと菓子パンとかその手のものが置いてあることが多いんだよな。
白いお皿のシールも、もう少しで30点溜まるところだから、まだあればいいんだけど。
値引きシールの貼られた漬物、ハム、玉うどん。幅の狭い冷蔵ケースを一通り引っ繰り返してから、常温の品物が置いてある方へ顔を向ける。
「あ?」
パイプのラックに無造作に置かれた段ボールのなかに、何種類かのパスタソースが入っているのが見えた。トマトやらバジルやらに交じって、たらこバターもある。
「これでもいいかもな」
2割引きの薄いパッケージをひょいとカゴのなかに入れる。
やっぱり、そうすると夕飯はパスタか。
そう思うものの、俺の城の鍋はパスタをゆでるには小さすぎる。
「そーだ」
さっき、値引きのうどんを見つけたじゃないか。
家にあるものとこいつらで夕飯も決まったな。
値引きシールが二枚重なっているうどんをふたつまとめてカゴに入れ、ついでに半額になっているシュークリームも入れる。
冷凍シュークリームをおやつにするのは、俺の郷里では鉄板だ。学校から帰ってきてから夕飯を作るまでにどうしても何かを口に入れたくなるのを、理解してくれる人も少なくないのではないか。俺はそれでつい、非常食に手を伸ばしてしまいそうになるのである。
今週のおやつも確保したことだし、夕飯も決まった。
愛用のエコバッグに買ったものを詰め、鼻歌交じりに城に帰る。
来週の火曜はトイレットペーパーが安いみたいだから、その時に買いに来ないとな。あれは生活必需品の王様だ。
靴を脱いで、そのまま寝られるいつもの部屋着に着替え、手を洗いながら台所に立つ。
まず、鍋にお湯を沸かす。その間に食器を洗って、豚コマを冷蔵庫から引っ張り出しておいた。
沸いたお湯に肉とうどんを一緒に放り込む。
本当は分けて湯がくものなんだろうけど、肉を加熱しないといけない面倒とうどんも2分煮ないといけない面倒が面倒くさがりと既に結託してしまった。
スマホのタイマーを2分にセットし、その間は大してやることもない。シュークリームをひとつずつラップでくるんで冷凍庫に入れ、いつもなら濡れたまま使うどんぶりや皿を拭いて、テーブルの周りにコロコロをかける。それが大体終わった頃にタイマーが俺を呼んだ。
うどんを箸ですくって、どんぶりに盛り付ける。その上に肉を乗せ、さらに上からたらこバターのパスタソースだ。
箸できゅっとしごき、最後に切り口に残った分は味見してからごみを捨てる。
……あれ、これ熱いうちに混ぜないといけないのに、きれいに盛り付けちゃったな。
「まあいいや、おいしければ」
もちゃもちゃとうどんにたらこのソースを絡め、最後にちょっと見た目を整えてテーブルに置いた。
うん、上出来だ。岩塩でも散らせばオシャンティーに仕上がるけど、パスタソースはそれだけで十分有能だからな。
野菜っ気のない分は、インスタントのわかめスープに小口切りのネギを浮かべておく。
せっかく一人暮らしなんだから、食べたいものを食べないとな。
「いただきます」
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