今夜も召し上がれ 第10夜
コンビニの醤油焼うどん
もうだめだ、今日の俺はよく頑張った。
各駅停車が次の駅に向かう音を聞きながら、ふらふらと改札を通り、冷たい夜の空気で満ちた路地に出る。
ちらりとスマートフォンの画面をつける。23:58、日が変わる時間だ。
「っあ゛ーー……」
駅から、俺の城に向かう坂道をのろのろ進む。歩幅が言うことを聞かない。
昼前の開店からからラストの11時まで、働きづめのゴールデンウイークが終わり、明日は大学だ。前世で何ほどの業を負ったら毎週ここまでバイトをすることになるのだろう。そんなこと言ったって、休日しかバイトに入れないのだ。生活費のために必要なシフトを確保しようとするとこうなる。
一応、計算上は月に15万くらいの稼ぎにはなってるはず。そうしたら家賃分を口座に入れて、電気代とガス代だろ、あれガスの振込用紙どこやったっけ、冷蔵庫に貼ってたか……?
「はーーーーーーー……」
やめだ、そういうことを考えると足がさらに重くなる。ただでさえ立ち仕事で疲れ切っているのに。
緩い坂道に敗北した足を引きずるのを止め、髪をかき回す。
……ああ、給料入ったら靴も新しいの買えって言われてたっけ。もう3年くらいはいてるやつだしな、これ。ある程度の清潔感があれば服装は自由っていうのがまた……めんどくせえ。
「…………」
アイス、食べたいな。
ファミレスのでかいパフェ頼んでみたかったな。ホールケーキそのまま食うのもやってみたかったんだよな。
モヤシ山盛りになってるラーメンとか、ひつじのショーンに出てくるようなピザとか、ああ、俺さ、牛丼食ってみたいんだよな、卵でとじてるカツ丼も。KFCのバケツみたいなやつ丸ごと食ってみたい。ハンバーガー、今食ったら美味いかもしれない。炭酸苦手なんだけどさ、そういうとこのコーラって美味いのかな。
「…………」
腹、減ったな。
顔をあげると、煌々と光るコンビニがそこにあった。
そうだった、俺コンビニが近い物件を選んだんだった。
家に帰れば、焼くだけにしておいた肉と野菜のジップロックが冷凍庫に並んでいるが、ご飯を電子レンジに突っ込むのさえ今はおっくうだ。
給料日はまだ先で、懐が温かいわけではないが、思考を停止してコンビニの自動ドアに手をかざす。
昼と変わらない明るさの店内に目がくらむ。
いざこうして、なんでも選びたまえと言われると手が出ないもので、ほかに客のない店内をのろのろ歩き回る。
サンドイッチも高いもんだな、フルーツサンドとか……美味そうではあるけど、俺イチゴ好きじゃないし。いっそクリームだけにならねえかな、そんなのもう見たことある気がするな。
なんとなしに、鰹節が嫌がらせのようにかかった焼うどんに目が留まる。目があったな。夕ご飯……いや、夜ご飯はお前に決めた。
迷うと日が出るまで迷えそうなので、ひょいと醬油焼うどんをとってレジに向かう。
レジ横の揚げ物は昼間より幾分少なくて、値札が裏返してあるものもある。そうか、こいつらにも消費期限があるもんな。
「あと、メンチカツください」
手際よくレジを打つ、同い年くらいの女性の店員。このひとも、昼間は学校に通っていたり、なにかのためにお金を作ったりしているのだろうか。
「温めますか?」
最近はどこのコンビニでもセミセルフレジになっていて、これがまたちょっと使いにくい。俺は右側に財布を入れているのだがお金を取り出すのは左手だからだ。便利になるほど、今までなかった不便がのさばり始める。
「ありがとうございました」
自分の影を踏みながら、またのそのそと坂を上る。
温かいメンチカツをひと口かじり、冷たい空気の帯に首をすくめた。
俺の城へ折れる、路地の入口の飲み屋の看板がふっと消えた。そのわきを通り抜けて、メンチカツの抜け殻をポケットに押し込みながら号室表示のないドアにカギを差し込む。
「……ただいま」
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