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今夜も召し上がれ 第3夜

トマトとちょっといいお肉の煮込み

 大学生になると同時にひとり暮らしを始め、学校帰りにスーパーを回ってくるのがすっかり日課になったわけだが、スーパーというものは大体店ごとにレイアウトが違う。
 それでも、俺の育った街では、入り口から入ると野菜、道なりに進むと魚、そして肉という導線があり、総菜、冷凍庫が並ぶコーナーと進んで、入口へ戻って来るという、お約束なのだろうと思っていた並びに沿って食材をカゴに入れていた。そのほかに、調味料や雑貨はこの並びが囲む店の中央に棚が並んでいる。どこでもそういうもんだと思っていたのだが、どうやらスーパーのレイアウトに全国的な統一性などないらしい。
「肉……どこ」
 奥様方が多い店内、俺はひとりだけ若いし、背も高い。
 もう少し遅くなると安くなるし、おじさんや学生が増えて落ち着く店内になるのだが、早く帰って週末のバイトに備え、何か食べるものを作っておかなくてはならないのだ。
 嗚呼貧乏。
「授業が頭使いすぎるからその後労働なんてできねえし。そうなると週末働くしかねえし。そんでもって週末ぜんぶ働くと休む時間ねえし」

 うろつきまわってようやく見つけた精肉コーナーは、雑踏みたいな陳列で、なんなら種類もちょっと混ざっている。
 牛肉、豚肉、鶏肉。バラ肉、コマ切れ、唐揚げ用。
 この辺が安いのかな、値札からして。
 おいしそうな色の肉を適当にカゴに入れ、レジに向かう。
 俺はよくやるのだが、この時俺が適当に取ったのは豚ロースというやつだった。いつもの肉よりもちょっとお高いやつである。よく見ないでする些細な間違いというのは、俺の生涯で犯す間違いの6割を占めているであろう。

 家に帰って荷物を広げてからその間違いに気づいたわけだが、返しに行くのもなんだかな。
「仕方ねえ、おいしくいただくか」
 冷蔵庫のなかには、見切り品だった玉ねぎとトマト、安売りしていたトマトケチャップ。
「トマトだな」
 まず、キッチンバサミで無理矢理斬り込みを入れてから玉ねぎの皮を剥き、指先の力にものを言わせて玉ねぎ自体を全て剝がす。この城には包丁がないために、分厚いものは切れないのだ。
 分解された玉ねぎを半玉分ちょきちょき薄切りにして、フライパンでしつこく炒めてやった。
「みじん切りにするのはめんどくせえけど、飴色にはしてえからな」
 いい感じの色になったところで、肉の出番だ。
 お上品なひと口大に切って、玉ねぎと一緒に軽く焼き目を付ける。全部入れるのはもったいないから半分だ。
 本当はここで料理酒でも入れたいのだが、そんな準備はないので水を垂らし、蓋をする。
 そういえば、ひとり暮らしの大学生ってどうやって料理酒を買うんだ?アルコールには変わりねえから、20歳になるまで買えないような。
「ま、なくても困らねえな」
 ふたの隙間から湯気が出てきたころを見計らって、洗っておいたキッチンバサミをトマトに立てる。
 トマトを潰しながらひと口サイズに切って、フライパンのなかに落としていく。更にスプーンの背でトマトを潰して、ぱっと見はトマトソースだ。
「で、ここにケチャップを入れると」
 市販のミートソースにケチャップをちょっと入れて炒めるとうまいパスタができると、昔料理番組で聞いた気がする。
 最後に弱火でコトコトやっている間に、冷蔵庫に入れておいたご飯をチンしてどんぶりに入れる。冷たいお茶をマグカップに注ぎ、いつもよりちょっとテーブルの上を整えてから鍋敷きを置く。
「たまにはいいわな、オシャンティーな食事にしても」
 まあ月末の生活費は怖いのだが。

 火が通ったトマトの甘い香りに我ながら口角をあげ、家賃4万のワンルームの中央に腰をおろす。
「そんじゃ、いただきます」

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