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今夜も召し上がれ 第4夜

ハム焼うどん

 突然だが、俺には後輩がいる。後輩だけじゃなく、故郷で過ごすことを選んだ先輩や同級生たちがいるし、彼ら彼女らとまあまあ連絡を取っている。
 これは俺の日記みたいなものであるから、彼らの存在は無視できるものではない。
「今日の夕ご飯はなんですか」
 だらだらとPCに指を踊らせていると、スマホに着信、後輩からのメッセージ。
「夕ご飯……なんにしようかね」

 画面を見ると、もう5時過ぎである。凝ったものを作るのも面倒だし、根っこが生えかけていた腰を上げて冷蔵庫を覗く。
「あー……」
 昨日買ってきた、玉うどんと目が合う。
 例によって例の如く、見切り品コーナーにいたやつだ。
「冷凍庫にハムあったよな」
 使い道がないままカビに食べられそうだった、開封済みのハムを冷凍庫から取り出す。しかしこの冷凍庫、ごみの日まで封印している生ごみと食品が同じ空間にあるって考えたらなかなか限界を攻めた空間だよな。冷凍庫だからそんなに気にしてないけど。
 玉うどんを湯通しする間に、ハムを電子レンジで解凍する。
 200wってこういう用途だったのか。
 ゆでたうどんをフライパンのなかに放り込み、キッチンバサミで適当に切ったハムも投入する。
「まあ、極論ハムかベーコンいれときゃなんでも美味くなるよな、基本」
 焼き目がつくまで放置して、その間に味を考える。
 ハムにそもそも、それなりに味がついてるからな。塩でもパパッと入れればそれで十分そうだけど、この城には塩がない。
「ま、困ったときのトマトケチャップか」
 焼き目の付いたうどんの上に、適当にケチャップをかけて、それにも焼き目を付ける。
「焼き目が付いてて美味くねえもんなんてほとんどねえんじゃねえ?プリンだって焼くと美味いし、アイスにザラメ乗せてバーナーであぶったのも美味そうだったな」
 白いお皿にうどんを盛り付け、フライパンのなかに残ったハムを上に載せてやる。
「おし、完成」

 箸を持ってきて食べようとしたときに、またスマホが鳴る。
「ん」
 後輩からのメッセージ、「通話しませんか」。
 俺のスマホは子供向けの設定のままにしてあり、通話やらビデオ電話やらをするには不便なのだが、ツイッターは始めるときにすべての機能を使えるようにした。だから、後輩や同級生、幼馴染と時々そこでバカみたいな話をする。
 インターネットっていう一定程度パブリックな空間で、きわめて身内ネタなことをする事態になるのは想像に難くないんだが、身内以外が紛れ込んでもそれはそれで面白いし、その程度の想定外は想定してるし、本名を知られるくらいのリスクはすでに侵しながら生きている。
「よーし、久々に賑やかな夕飯になるぜ……っと」
 手早く快諾のメッセージを打って、通話を立ち上げる。
「おー、お前らくんの早すぎねえか。俺これから飯食うからなー」
 うどんに箸を入れると、再び湯気が上がる。
「俺、毎日自炊してんだよ。偉いだろ続いてんだぜ」
 画面を落としたスマホに向かってしゃべりつつ、ひとりのワンルームの壁を見る。
 文明は便利だ。この城にいながら、遥か遠く郷里にいる実家組ともこうして喋れるのだから。時々うざったくなることもあるけどな。
「そんじゃま、いただきまァす」

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