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今夜も召し上がれ(番外編)

麻婆巣ごもり豚モヤシ

 朝6時、もそもそと布団を剥いで起き上がり、お気に入りのJ‐popを設定した目覚ましアラームを止める。まさに歌いだそうとしていたボーカルの声の余韻が不服そうに残る。
「よしよし、今日も起きてえらいぞ俺……おはよおはよ」
 枕代わりの大きなぬいぐるみの形を整えて、定位置になった出窓に載せる。全身くまなく伸びをしてから、俺は立ち上がった。
 比較的ねぼすけな俺だが、このところはそれなりに起きられている。朝ご飯も食べずに城を飛び出す日がないと言ったらうそになるが。
 授業を飛ばせないというプレッシャーに似た力もあるが、少し早起きすれば豪華な朝ご飯だって作り放題という魅力もそれなりに早起きに貢献しているのかもしれない。
 パジャマ代わりのパーカーを脱ぎ、Tシャツを羽織る。
 冷蔵庫にフライパンごと突っ込んだ昨日の夕飯の残りを取り出し、寝癖をもしゃもしゃしながらコンロにかける。
 昨日の夕飯は、麻婆豚モヤシ。
 麻婆豆腐のもとで作る、モヤシと豚コマの炒め物と言った方が近いのかもしれないが、幼少期から俺が好きだったメニューだ。

「んで、卵」
 フライパンのふちの辺りがふつふつしてきたころに、冷蔵庫から卵を取り出す。
 ひとりだとそんなに卵が減らないんだな。家の冷蔵庫にはいつも2パック卵が買ってあって、母親は買い物に行くたびに卵を買っていた記憶があるのだが。
 洗ったばかりのマグカップの側面で卵を割る。
 特技と言うほどではないが、卵を片手で割ることが出来たりする。小学生くらいの頃に「ハウルの動く城」にドはまりして台詞をすべて暗記していた時期があるのだ。その頃に練習して、華麗に……とまではいかないが卵を片手割りするという魔法使いのスキルを習得した。
「ぬぁ」
 ただ、2回に1回くらい卵の白身が指につくので、まだハウルまでの道のりは遠い。
 フライパンの真ん中に作っておいたくぼみのなかに割り落とされた卵は、ひゅっと白く染まった。
 水を垂らし、鍋の蓋を乗せて、少し火を弱める。
 その間に身支度を整え、パソコンの充電を確認してリュックサックに突っ込む。えーと、あれどこ置いたっけな、あれだよあれ。
 大体の支度をしてから、フライパンの蓋を持ち上げる。
「おーっ、いい感じじゃん」
 透けて見える黄身の色はまだ半熟、白身は不透明の光沢を得ている。
 コンロのつまみを回して、火を止める。古いコンロは早朝からの労働が不満だったのか、ヂヂッと鳴いてから火を消した。

 レンジでご飯を温めている間に、昨日シンクに置きっぱなしにしたどんぶりやら皿やらを洗う。そういえば弁当箱持って来なかったな。弁当作った方が食費が浮くよなあ。
「まあいいや。そのうちいい弁当箱が見つかるってことだろ」
 高校時代の昼のお供は、魔女の宅急便の弁当箱だった。ハウルの弁当箱があったら絶対腐らせないよな。
 大雑把に拭いたどんぶりにご飯を入れて、その上に、慎重に目玉を乗せる。
「よっし、麻婆巣ごもり豚モヤシ完成!」
 俺は長らく朝ご飯はパンなのだが、麻婆豆腐の日だけはこうやってご飯を食べる。母は朝ご飯の大体を前日のおかず+卵で錬成していたが、特に俺のお気に入りである。
 ここにごま油をひと垂らしすると寝ぼけまなこの吹き飛ぶいい香りがするのだが、それはごま油を買ってきてからのお楽しみということにして。
「そんじゃ、いただきます」

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