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今夜も召し上がれ 第11夜

豚コマとモヤシのなんちゃってスープ


 この城に用意のないもの、そのひとつに傘がある。
 長傘を持ってくるのが面倒で、しかも折り畳み傘はずいぶん前に壊したものだから、雨合羽しか、雨に対する装備がない。
「あ゛ー、濡れた濡れた」
 雨合羽というものは、基本的に急な雨に対応しないし、そもそも俺の主な移動手段である自転車は、雨の中を移動することを想定していない。
 前髪から水を垂らしながら、俺は城のドアを開ける。
 換気のできていない部屋特有の生温かい空気だ。
 暖かい日も多くなったとはいえ、雨で身体は芯まで冷えた。
 濡れた服を剥がし、そのまま洗濯機に放り込む。
 あまりの狭さに、普段はシャワーを浴びることにしか使っていない浴室の湯船にお湯を張り、膝を畳んで身体を沈める。
 狭い。
 それはもう、すこぶる狭いが、ひさしぶりにゆっくり浸かる風呂だ。
「こっちにきてから湯船つかってないから、一か月以上ぶりか」
 健康には、ちゃんと湯船に浸かって体を温める方がいいのだが、狭いのは嫌いだ。
 そのままシャワーを出して、湯船の中で頭を洗ってしまう。
 凍えながら頭を洗っていた、外気と同じ温度の実家の風呂とは大違いだ。
「欲を言えば、もうちょっと水圧の出るシャワーヘッドがいいんだけどな」
 泡の浮かんだ湯を流しながら、身体を洗った。
 わしゃわしゃと髪を拭きながら、脱衣所のない部屋に戻る。

 ジャージとパーカーの、パジャマを兼ねた部屋着になれば、もう完全にくつろぎモードだ。ひさしぶりに身体がぽかぽかしているから、このまま布団にダイブでもいいのだが、腹は減っている。
「いつも通り炒め物でもいいけど……」
 冷凍庫のなかのストック肉を一通り見て、でも豚の甘辛炒めとか、鶏肉と玉ねぎの炒め物とか、そういうがっつりしたものを食べたい口ではないし。
「…………」
 この城には鍋がひとつしかないから、ずっと汁物はインスタントで片付けてきたが、しっかりスープ類を作ってもいいな。身体も暖かいまま眠れそうだ。

 そうと決まれば、それっぽいものを作るに限る。
 シンク下から鍋を取り出し、どんぶり1杯分の水を入れる。
「鶏肉にするか、豚肉にするか……」
 玉ねぎも一緒に入っている袋を取り出す。
 これは豚コマの甘辛ストックだな。まあ、いけるだろ。

 表面を軽く流水で解凍する。
 そうしないと指に袋がくっついて、肉を取り出すどころではないからだ。
 温まってきた鍋のなかに肉と玉ねぎを放り込み、そのままぐつぐつ言うまで火にかける。
「この間に洗濯機回すかね」
 干すのは明日だけど。
 湯が沸いてきたのを確認して、ざっと水で流したもやしを投入する。
 半分でいいんだけど、分けるのが面倒だから一袋ぜんぶだ。
「あ」
 しまった、もう炊いておいたご飯がない。
「これからフレンチトースト焼くってのも、なんかやだしなあ」
 炭水化物をどうするか、と思ったところで、安かったから買ってきたものの、すぐに消費されずに冷凍されていたジャガイモを発見。
「電子レンジならすぐ柔らかくなるし、これでいいか」
 ひとつずつ洗って、ラップでくるんで冷凍しておいたのだ。これを解凍せずにゆでるか、電子レンジにかけるかすれば美味しく食べられたはず。

 モヤシがくたくたになるまで煮込む間、ジャガイモは電子レンジだ。
 さくっと箸が通るようになるまで、引っ繰り返しながらレンジにかける。
「で、こっちはもう完成と」
 ちょっと塩を足し、味を調整したスープの火を止める。
 おたまがないから、スプーンでちょこちょこ盛り付けてもいいのだが、面倒だしな。箸でわしゃっと具材を盛り付け、鍋から直接液体を注ぐ。
「ん?」
 量は量ったはずなのに、相当多い。
 まあ、具材をあれこれ入れたからか。
「明日も食えるだけだし、まあいっか」
 ちょうどよくほくほくに仕上がったジャガイモに軽く塩を振り、マグカップに麦茶を注げば、体の芯まで温まるスープの出来上がりだ。
「イモを入れるのも美味そうだな。途中まで食ったら入れちゃうか」
 これでソーセージを入れていたらポトフのようなおしゃれな名前が付いたんだけど、でもポトフにモヤシって入らないよな。
「……ヨーロッパにもモヤシってあんのかな」
 後で調べてみるか。
「そんじゃ、いただきます」

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