今夜も召し上がれ 第7.5夜

背徳のフレンチトースト

「ごちそうさまでした」
 空になったどんぶりを前に手を合わせ、食後の麦茶をひと口飲む。
 俺、結構料理上手いよな。
 自分で作ったレシピだってだいぶ適当に調味料を入れているが、それでこんなにおいしいものが作れるのだ。食の神様に愛されるとまでは行かずとも、嫌われてはいないようである。
「で、そしたら朝飯の仕込みだ」
 大きな袋に15個入って200円という、俺が朝食に重宝しているロールパンをテーブルの上に置く。パンが安かった日に何袋かまとめて買ってきたのだが、食べ終わるころには消費期限が切れてしまうという、大変にもったいないことになることが判明したのである。
 俺には、少々計画性の欠如が見られる。
 この城には、電子レンジはあるもののトースターはない。時間のたったパンを美味しく食べるには、それも長く食べるための正解はこれである。
「フレンチトースト作るか!」
 ついさっき他人丼を食べたどんぶりを洗い、卵、砂糖、牛乳の定番の材料を入れる。泡立て器なんていう気の利いた道具はないから箸で混ぜるし、茶こしなんてものもないから裏ごしもしない。
「これ、砂糖半分にして、コーヒー牛乳で作んのも美味いんだよなあ」
 ジッパー付き保存袋のなかにパンを、大体8枚切りの食パンくらいのサイズになるように切り分けて敷き詰める。それくらいが扱いやすいし、卵液も染み込みやすいのだ。
「甘くないの作って、チキンの照り焼きサンドにしたら親子トーストか。悪くないな今度やってみよう」
 スマホにメールが届き、ぱっと画面が付く。
 今の時間は午後9時半、夕飯もそれなりに遅かったから無理もないな。
 卵の殻をまとめて生ごみの袋に放り込み、ふと気づく。
 夜更けに大量の卵を割り、大量のロールパンをスライスするひとり暮らしの若者……はたから見ればそれなりに危険なにおいがする。

 すべての袋のなかに均等になるように卵液を入れてから、最後に残った分をどこに入れようか考え、皿の上に残った半端のパンを見る。
「…………」
 飯はもう食ったけど、出来栄えをチェックしたって怒られないだろ。
 どんぶりに残った卵液のなかにパンを放り込み、染み込むまでの間にフライパンをきれいにしておく。
 夜に甘いものを食うのって、今までじゃできなかったことだもんなあ。
 ずるいーって言いながら起きてくるきょうだいがいないのは寂しくもあるけど、特権は1回くらい行使しておきたいよな。
 冷凍庫に袋を収めてから、どんぶりのなかのパンを見る。
「いい感じか」
 冷凍の時はとろとろの弱火で焼き始めるが、まあ弱火くらいでよかろう。
 卵液ごとフライパンのなかに開けて、蓋をする。
 じっくり火を入れると、パンがまるでおでんに入れた練り物のように膨らむのだ。それを見られないこのお鍋の蓋は、そこだけ不便だ。
 マグカップに牛乳を入れ、虚空を見つめながらパンが焼ける音を聞く。
 甘い香りがしてきたら、大体固まった頃合いである。焦げていないか確認して、引っ繰り返す。
「ほっとけーき、っと」
 フレンチトーストを引っ繰り返す掛け声がホットケーキという、どうにも首を傾げずにいられない俺のクセである。
「おおーっ、いい色」
 じゅわっ、という音とともに現れた、なんとも食欲をそそる焼き目が甘い香りを放つ。
「あ~、これにメープルシロップかけたら最高だろうな」
 あと、1Ⅼのパックで売っているアイスを豪華に盛り付けたら、もうこれ以上のない最強のパンアレンジである。
「まあ、ねえんだけど」
 ロールパンや食パンのような柔らかいパンだけじゃなく、パリジェンヌが持って路面電車に乗っているあの……あのちょっと硬い、あのパン……なんていうんだっけ、ああいうのでやってもおいしいんだよな。あれなんていうんだっけ、ここまで言葉が出てこないって、もう俺ちょっと眠いな。
 裏面にも焼き目が付いたのを確認して、フライパンを火からおろした。
 このまだら模様の焼き目が、美味そうなんだよなあ。
 しみじみとそのビジュアルを愛でてから、パンくずの残る白いお皿に焼けあがったフレンチトーストを乗せる。
 砂糖が焦げる香ばしく甘い香りがワンルームに広がり、焼けた小麦粉の匂いが食欲を刺激する。眠気で制御のゆるくなった食指がにょきにょきダンスを始める。
 あー、背徳って美味しいわ。
 牛乳を注ぎ足してマグカップを満たし、ローテーブルの前に腰をおろす。
「それじゃ、いただきます」

 

☆フレンチトースト レシピ☆

〈材料〉  1袋(1人前)
・パン   食パン1枚くらいの量(45グラムくらいらしい)
・卵    1個
・牛乳   70ml※
・砂糖   大さじ2(かなり甘め)

〈作り方〉
①卵を溶く。
②砂糖と牛乳を入れる。
 (※卵と牛乳が2:3くらいになっていればOK
③均等な厚みに切ったパンをジッパー付き保存袋に平らに入れる。
④袋に液体を入れて、空気を抜いて口を閉じる。
⑤パンに液体が染み込んだら冷凍する。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?