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今夜も召し上がれ 第7夜

他人丼

 ローテーブルをアルコールのウェットティッシュで拭き清め、そこに口を大きく広げたチャック付きの冷凍対応ポリ袋を並べる。近所の100均で売っていた、30枚入りで100円というやつだ。これが俺の食事の量に合う。
 そのなかに、買ってきたばかりの豚コマや、キッチンバサミで細切りにした玉ねぎや、どんぶりのなかで混ぜ合わせた調味料やらをどんどん入れて、空気を抜いてから平たくなったそれを積み上げる。これから冷凍庫に突っ込んで、いわゆるストックにするのだ。
 各種レシピサイトと我が城の装備、俺の嗜好から錬成した最強レシピで、火を通すだけの状態を作っておけば時短だし、なにかと応用も利くしで便利だ。

「いやー、これから忙しくなるのに備えてこんなにおかずを仕込んじゃうなんて、俺は偉いね」
 俺が働いているのは、大きな駅の近くの喫茶店だ。
 喫茶店といっても純喫茶ではないし、ファミリーレストランを名乗れる程度の食事の取り揃えもあるし、酒も出すような店である。同僚は学生や若者が多く、帰省する人の代わりにシフトが増えるというわけだ。
 欲を言えば稼ぎたいし、朝は9時過ぎに家を出て、終電近くに帰るというシフトを組んだ俺はろくに家事ができる見込みがすでに消滅している。
 そこで、大学の授業が早めに終わる今日に食事の仕込みを済ませてしまおうという発想に至った、というわけである。洗濯もできるだけ済ませておいて、ゴールデンウィークが終わるまでは、2枚しかないバスタオルなど最低限のものしか洗わない予定だ。

「それじゃ、飯にしようかな」
 俺は、半年間同じ昼食を食べ続けても問題のない嗜好をしている。従ってストックを仕込むときは大量の同じ味のものを作るのだが、普通は飽きるものだろう。ちょっとしたアレンジを考えてみるとお役に立つかもしれない。
 以前作ったストックの、最後の1枚を取り出して、水道の水をかけて表面を解凍してから袋を開ける。
 本当ならばちゃんと解凍した方がいいのだろうが、液体が染み込んでいる分硬くなりにくいし、本音を言うと面倒くさい。
 玉ねぎと肉の上からモヤシを更に入れ、フライパンを火にかける。
 コンロができる最低火力のとろ火で、じっくり火を通すのだ。これだけで、だいぶ肉を柔らかく仕上げられる。
「これをする体力がないとき用に、レンチンだけで食えるようなやつも作んなきゃな」
 ふたの隙間から蒸気が上がるまで、ご飯のストックの用意をして待つ。
 1合しか炊けなくても普段は困らないのだが、まとめて保存食を作りたい時には不便だ。
 湯気が上がってくると大体溶けたという目安になる。蓋を取って、8割がた火の通った肉を崩し、モヤシたちと混ぜ合わせながら弱めの中火で水分を減らしに入る。
「これで野菜炒めだって言ってもいいんだけど……」
 この後使う予定で買ってきた卵をひとつ取り出し、調味料を混ぜるのに使ったどんぶりのなかで溶き卵にする。
「他人丼っていうもんがあるんだよな、世の中には」
 肉をひとかけら、野菜をひとつまみ口に放り込む。
 ちょっと薄い気もするけど、肉はよく味が染みてるから大丈夫か。
 どちらかというと、この比率で卵とじを作ると豚肉と卵というよりは野菜たちと卵という、他人どころか異種族丼になる気がするが、肉に火が通り、野菜の色が変わったことを確認して卵を流しいれる。
 火を止めてから再び蓋をして、卵が半熟になるのを待った。
「鶏肉もまあ、おんなじのでいいよな……パンもやっとかねえと、期限が」
 もういいだろう頃に蓋を開けたのだが、これが全然固まっていないということもあったりするわけで。
「この卵、冷え性なの?」
 卵の火の通りがあまりにも渋く、確認したとはいえ肉の過熱が心配になってきた。軽くかき混ぜて、もう一度火をつける。
「よし!今度こそいい感じだぜ、っと」
 すすいでおいたどんぶりに、レンジで温めたご飯を盛り付けて、その上にこの異種族とじを乗せる。かき混ぜるときに形が崩れたから、抵抗なくどんぶりに納まった。
 米粒をつけたままの、副業でしゃもじをしているスプーンをどんぶりに差して、いつもより広いスペースのあるローテーブルに座る。
「これ食ったら今度は鶏肉とパンのストックの仕込みだなってことで、いただきまァす」



ここからはおまけである。

☆豚コマの冷凍ストック レシピ☆

〈材料〉  1袋(1人前)
  ・豚コマ肉   150~200g
  ・玉ねぎなど  一掴み(≒玉ねぎ半玉)
  ・砂糖     大さじ2
  ・めんつゆ※  大さじ2(3倍濃縮の場合)
   (めんつゆ→かなり甘め、しょうゆ→甘辛系)
  ・塩      1つまみ

〈作り方〉
① 豚コマを、冷凍できるジップロックのような袋に入れる。
② 細切りにした玉ねぎなどを入れる。
③ めんつゆと砂糖、塩を混ぜてから袋に入れる。
④ 液体を肉に行きわたらせてから、空気を抜いて封をする。
⑤ 平らにして置いておき、馴染んだようだったら冷凍庫へ。

 ☆2週間くらいは想定していた美味しさが保持されます。
 ☆生肉を入れた袋は、もったいないけど捨てます。


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