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今夜も召し上がれ 第6夜

鶏モモ肉のパリパリ1枚焼き


 肉を買った。
 立派な鶏モモ肉である。
 近所のスーパーで、よく2割引きだの半額だのと言っているから、つい手が伸びる。まあその分ドリップが出て裏側がびちょっとしていることもあるのだが、下味をつけて冷凍するかそのまま焼くかの二択で生きている俺にはそれほど重要なことではない。肉は美味い。
 半額とはいえ、立派な肉を買うのは初めてで、どうしていいものだがわからない。家では確か、ひと口大に切ってから片栗粉をまぶして、揚げ焼きにしていたような気がするが、片栗粉などない。
 PCに相談を持ち掛けると、世の主婦の皆様が考えた鶏モモ肉レシピがわんさか出てきた。
「結構何でもできるのな」
 照り焼き、唐揚げ、チャーシューまである。
 小さくしてしまうのももったいないし、このチキンステーキとやらにするか。といっても大体焼くだけなのだが。

 いくつかのレシピを見て、ちょっと鶏肉に穴をあけると柔らかくなっていいらしいと書いてあるのを認め、フォークなどないので箸をザクザクやる。肉の厚みが均等になるように開けと書いてあるが、まあしつこく蒸し焼きにすれば大丈夫だろう。はさみでやる方が大変そうだ。それから、両面塩コショウをしろとあるのだが、あいにくどっちもないのでそれはつぎの機会に。
「フライパンを熱して、と」
 皮目を下に、それだけで食欲をそそる音で鶏モモ肉を投入する。
「んー?」
 どの奥様も、肉の上にクッキングシートを乗せて重しに鍋を乗せるといいと書いているのだが、あいにくと俺のフライパンは鍋よりも小さい。これも次回以降だ。
 ある程度焼き目が付いたのを確認し、肉を引っ繰り返す。
 何を隠そう、俺はフライパンの中身を引っ繰り返すのが結構得意なのである。家や学校にあったフライ返しと仲が悪く、使っても箸だけでなんでも引っ繰り返せるように練習したのだ。
「ほっとけーき、っと」
 この掛け声はどこ由来か分からないが、これをやると上手に変えるので不思議だ。
 スナップを利かせてフライパンをあおり、ひゅんと現れた皮目は、それなりにきれいな焼き目が付いている。
 本当はここで、料理酒を入れて蒸し焼きにするのだが、この城にそんなものはない。水を入れて蓋をし、火をできるだけ弱める。
 酒は臭み取りだったはずだ。今度、先輩に頼んで料理酒を買ってきてもらうか。いや、その前に塩と砂糖をそろえた方がいいな。
 レシピによると、ここから5分ほどかかるという。ハンバーグよろしく透明な肉汁が出てきたら火が通ったと解釈してもよかろう。
 弁当のカラや朝食の食器で埋まったシンクを片付け、きれいになったマグカップにコーヒー牛乳を注ぐ。ブラックコーヒーに角砂糖が溶け残るほど入れていたばあちゃんとおやつを食べていたから、この甘ったるい味が俺の好みの中心なのだろう。
 まあ、そうでなくてもきっと甘党だったと思うが。
 とはいえ、甘いものが好きなのはこんなにも似たのに、ばあちゃんは塊の肉なんて絶対食べないからな。やっぱり環境か。

 スマホ片手に壁にもたれ、換気扇の音を聞きながら、ときどき、焼き目や肉汁をチェックしながら、5分はゆっくり流れていく。
 ところで、焼くだけ焼いたが俺、この肉をどうするつもりなのだろう。
 あらかじめ電子レンジに突っ込んでおいた炊飯用タッパーが、その仕事を終えたと主張する。大ぶりの木のスプーンでざっくりと混ぜてから、明日食べる分をラップに広げて冷ます。
「うーん、出た肉汁でソースか……美味そうだけど……」
 めんつゆだけでできるレシピなど存在しないようだ。そんなもんあったらレシピを考える人が失業するよな。
「ま、今日は肉を楽しむか」
 肉を皿に移し、交代で、はさみで薄切りにしたお徳用コッペパンを入れる。
 肉にはパンっていうのが俺のささやかな憧れだったんだよな。
 肉の油でパンをカリッと焼き、程よく冷めた肉の隣に並べる。
 俺の憧れの詰まった、鶏モモ肉のパリパリ焼きプレートの完成だ。カラフルな付け合わせでもあればもっと見栄えがいいんだろうが、今日の主役は肉だからな。キッチンバサミでカツレツのように肉を切り分けて、まあなんと贅沢な。
 勝手に緩む頬を抑え、手を合わせる。
「いただきます」

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