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テクノロジーと人がバランスよく共存できる社会へ〜2021年度グッドデザイン賞 審査ユニット16(システム・サービス)審査の視点レポート

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに18の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット16(システム・サービス)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。

2021年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit16 - システム・サービス]
担当審査委員(敬称略):
内田 友紀(ユニット16リーダー|都市デザイナー/コレクティブデザイナー)
緒方 壽人(デザインエンジニア)
太刀川 英輔(デザインストラテジスト/進化思考家)
長田 英知(ストラテジスト)

今年の審査を振り返って

内田 本ユニットの審査対象であるシステム・サービスは例年、社会の流れをダイレクトに反映したプロジェクトが集まる傾向があります。今年もアプリケーションから新たなビジネスモデル、インクルーシブな活動や産官学の社会実装まで幅広い応募がありました。今日は主にこの審査ユニットからグッドデザイン・ベスト100に選ばれたプロジェクトを中心に、この分野におけるデザインの大きな流れなどをお話していきたいと思います。
今年感じた大きな流れとして、一つは現実世界とデジタルの融合・連携のようなプロジェクトが数多く登場していました。物理世界がデジタル空間とつながるということで、一体何が起きるのかという私たちの想像力をかき立てるような事例をご紹介したいと思います。
2つ目の特徴はデジタル化の解像度の高まりということです。デジタル化することだけで価値があるという時代は過ぎて、テクノロジーやデジタルに頼る部分と、人の力でサービスを展開していく部分の棲み分けが深く考えられている事例が多く見受けられました。
3つ目には、インクルーシブな社会に向けたプロジェクトの、それもその一つ大きなプロジェクトというよりも、その裾野が広がっていくこと、生活に浸透していくという傾向が見られたと思います。では、このような流れに沿って各事例についてお話していきたいと思います。

3D都市モデル [PLATEAU[プラトー]]

3D都市モデル [PLATEAU[プラトー]](国土交通省都市局 都市政策課)

太刀川 まず「現実世界とデジタルの連携・融合」ということでご紹介するのは、国土交通省が都市のデジタルモデルをさまざまな形でオープンソース的に公開していくというプロジェクト「PLATEAU」です。
こちらは2つの観点でお話しようと思いますが、一つは見えにくいバックグラウンドの仕組みとして、今までの取り組みと何が違って、どう価値があるのかということと、あと見えやすいところで言うと、これがデザインとして、インターフェースとして、あるいは世の中の期待感を醸成するコミュニケーションデザインとして、どのように見えているのかということをお話していきたいと思います。
1点目、この事例の何がすごいのかということについて、GMLといった地図情報の公開では国土地理院が有名ですが、国土交通省も3Dデータやいろいろな地図のデータをこれまでも様々な形で公開していました。ですが、それを総合的に見られる場所がこれまではありませんでした。行政の仕組みは年次で区切られることが多いので、ある年度でプロジェクトが終わると、アセットとして積み上がらないという状況にありました。それに対して、このプロジェクトでは、シティGMLという国際規格を採用し、日本の各都市のデータをこの国際規格に則って集めています。そうすることで都市の3Dデータを利用して様々な解析ができます。デジタルデータを持っている都市自体の価値向上に寄与する仕組みとして高く評価できます。そういったアセットは日本では国際的に見ても遅れていた領域だったのですが、このプロジェクトによって一気にインフラとして構築できるようになりました。これは特に国際規格に合わせたところもポイントです。今までもGISサービスはいろいろあったのですが、そういうものにも利用できるようになりました。
次に、インターフェースやデザインとしてどう評価されうるかということですが、これは端的に言ってかっこいいと思います。これはとても大事なことです。グッドデザイン賞だからそれが大事というだけではなく、いわゆる行政のプロジェクトや公共性のあるデザインが、国際的にもこれからのデザインとして重要だという風潮があるにもかかわらず、日本ではなかなかかっこよくならないという状況がありました。それは調達の仕組みや、いろいろなところにバリアがあるからなのだと思うのですが、このプロジェクトでは、これだけきちんとコミュニケーションデザインとして威力のあるものを構想せしめています。しかも、行政側の担当者もクリエイティブディレクター、プロジェクトリーダーとしてコミットしながら、外部のデザイナーと連携してこれだけのものを作り上げているということは、これまでの他の事例と比較しても、ものすごいことだと思います。
公共事業が構想せしめる可能性が本当はあるにもかかわらず、それを発揮できていなかったのはなぜかということに対して、その実現の方法も含めて、これぐらいかっこよくできるという一つの事例を作ってくれたと思います。そこにこのプロジェクトの大きな価値があり、あらゆる公共事業がこのレベルでデザインされるべきだと思います。
インターフェースが使いやすいかどうか、ビジュアライゼーションとしてもっと洗練できるという議論はあるかもしれませんが、このプロジェクトに関して言うと、そこは本質ではないと思っています。
これだけ統合的に期待感を醸成しながら、コミュニケーションもきちんとできていて、しかもバックグラウンドとしてのインフラを用意できているという、やるべきことが十分にできているプロジェクトというのはこれまで稀有でしたし、それによって基礎データの利用価値が向上するという意味でとても価値のあるデザインだと思っています。

長田 往々にして、こういった事例では、データが一回作られると、あとからなかなか更新できないという課題があるのですが、実際にはこれを自治体の都市データを集めるプロセスに取り入れることによって、きちんとデータを最新のものに更新していくプロセスも作れたというところも大きいと思います。上流から裾野まできっちりとデザインが実現されているプロジェクトです。

会員制捜索ヘリサービス [ココヘリ]

会員制捜索ヘリサービス [ココヘリ](オーセンティックジャパン株式会社)

緒方 「ココヘリ」は画像にあるようなタグ型のデバイスとサービスの組み合わせになっている事例です。最近の登山ブームを背景に、山岳遭難事故も増えていて、そうしたときの捜索や救助には大きくコストがかかります。そもそも山の中で遭難した登山者を探すこと自体が非常に難しいということも含めて、大きな問題になっています。山の中なのでスマホもGPSも電波が入らない状況で、このタグを持っておくと、万が一遭難したときにも、ここから発信される電波を頼りに捜索をしやすくしてくれるというところがまず1点目の大きなポイントです。
そういった技術的なポイントとして、山の中での捜索を容易にしているということももちろんですが、もう一つこのサービスが優れている点は、登山者が会員制のこのサービスを利用することで、捜索にかかる費用を会費から支払う仕組みになっているというところです。互助的に集まることで、万が一のときには会費から助け合える仕組みを構築しているという点もすばらしいと思います。実際、すでに数十件の捜索で発見・救助をした実績があるということもすばらしいと思います。まさにリアルとテクノロジーの組み合わせとして非常に完成度が高い事例です。

太刀川 こういったサービスを思い付いただけではなく、プロジェクトとしてさまざまな領域を巻き込んで、これを構成せしめる企画力、プロジェクト構成力がすばらしいです。それによって実際に人命が守られています。そういうことがデザインと呼ばれる時代になったんだと思います。

音声ARアプリ [Locatone]

音声ARアプリ [Locatone](ソニー株式会社+ソニーグループ株式会社+株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ)

緒方 こちらは、音声ARアプリ「Locatone」というもので、実際にいろいろな場所に行ったときに、このアプリを使って、その場所に連携した音声コンテンツを楽しむことができるというものです。GPSと連携して、その場所でしか聞けない音声コンテンツを楽しむことができます。立体音響の技術で、この方向から音が聞こえてくるといった仕組みや、加速度センサーを使ってユーザーの動きを感知して、それに合わせて音が流れたり、歩くとコンテンツが変わっていくなど、ユーザーの動きに連動している部分も面白いポイントです。展覧会などでも音声ガイドがありますが、そういうものがよりアクティブなものになっていくということと、これまで屋内で利用されていたようなサービスが、自然の中にも音声コンテンツを持ち込んで楽しめるという点は今後の可能性の広がりを期待させます。
全体に共通する話だと思うのですが、仕組みを作るだけではなくて、仕組みをどういうふうに広げていくかだったり、実際にすでにいろいろなところで使われていたり、多様なコンテンツがこれから生まれてくる可能性を持っていると思います。さらに、音声利用ということで、バリアフリーなど新しいインクルーシブ・デザインとして、インフラ的な展開も期待できると思います。

太刀川 こういったサービスは、ハードウェアを作らないという点において、実はサステナブルな効果があると思います。デジタルは質量を持っていないから、今まではモノを作らないとできなかったことをなし得ます。そういうことにつながってくると面白いのかなと期待させるものでした。

長田 アトラクションがないところでもこれを使うことによって、アトラクションになりえます。それによって今まで人が訪れなかったエリアに人を呼び込むことができるという利用方法も印象的でした。こういった技術を利用することで、他の地域でもコンテンツで送客できる仕組みが実現できる可能性が生まれます。そういった今後の新しい展開にも期待したいと思いました。

モバイルアプリケーション [みんなの銀行]

モバイルアプリケーション [みんなの銀行](株式会社みんなの銀行)

太刀川 去年から今年にかけて、銀行アプリの応募が非常に増えました。その中で、この「みんなの銀行」がすばらしいのは、ご覧のように、かなりミニマルな見た目で、こんなにシンプルで大丈夫なのかというくらいなのですが、デジタルの動的な特性をよく捉えている点です。今までの印刷メディアではそれ自体を動かすことはできませんでしたが、デジタルメディアは動かすことができるので、その分この事例では色を減らす代わりに、とても動きがあります。動的にUI・UXをしっかり設計することによって、見た目の印象をミニマルにすることができます。下手したら印刷物よりミニマルにすることができるということを端的に実現している点がよくできています。
既存のこうしたアプリケーションでは、海外で開発されたものを日本語版にローカライゼーションしたり焼き直したり、元になるものを受けてUI・UXが決まっていきやすい傾向がありました。あるいは、Googleのマテリアル・デザインに則っておけばとりあえず大丈夫といった状況があった中で、これはそういう次元を一歩超えたという感じがします。今まであまり見たことがないけれど、確かにちゃんと使いやすく、使いたくなる感じがします。UI・UXのグラフィックデザインの在り方にとても洗練を感じました。今までのこうした固定観念を少し超えるところに行っているとともに、これだけ面白いUI・UXの事例を地方銀行がやっているということも興味深い点です。
地方銀行が自分たちでデジタライゼーションをやろうというときに、おそらく多くの場合はアプリを作った時点で息切れていますという状況がある中で、これは国際的にもかなり高く評価されているUI・UXを実現しています。純然たる日本語のアプリケーションがそうなっているというのは、それだけローカルな企業がうまくチームアップして実現しているということで、そこに希望を感じました。おそらくチーム内に優れた企画者がいたということだと思うのですが、それによってこれだけのことが実現できるというのは、やはり地域から社会は変わっていくのかなという感覚を持つような気がしました。

内田 母体の銀行や既存の銀行をデジタルシフトするということよりも、新たに立ち上げることが必要ではないか、という危機感も感じられました。銀行という業態がどんどん縮小している状況で、サービスがどうあり得るべきかということを考えられたということと、若いデジタルネイティブ世代に向けて、お金との付き合い方の部分でコミュニケーションしながら関係を構築していくというところがサービス設計としてもユニークです。

太刀川 Fin Techサービスは海外でも若者向けのものが多く出てきているのですが、この「みんなの銀行」に関しては本当にUI・UXが新しいレベルに到達していると思いました。

内田 他にも「デジタル化の解像度の高まり」という点では、東京海上日動火災保険株式会社による人とデジタルが融合した業務プロセス [人とデジタルのベストミックスによる安心・快適な事故解決プロセス]」という事例では、どこまでがAIが対応しつつ、どこからは人がチェンジするかというものもありました。保険の問い合わせというのは緊急事態であったり、ユーザーが不安を感じている中でサービス対応していくことになるので、どうユーザーに寄り添うかという設計されたサービスもありました。このように、人の力とデジタルの力をバランスよく組み合わせていくようなケースが増えていた気がします。

子連れの移動をサポートするWebサービス [NAVITIME for Baby]

子連れの移動をサポートするWebサービス [NAVITIME for Baby](株式会社ナビタイムジャパン)

内田 「インクルーシブな社会に向けたプロジェクトの裾野の広がり」という視点で「NAVITIME for Baby」を紹介したいと思います。こちらは赤ちゃんや子どもとの外出をサポートするウェブサービスで、子育て世代に役立つ情報とNAVITIME社独自の経路検索エンジンの組み合わせで最適なルートを提示するというものです。例えば、自宅からある場所に行きたいというときに、ベビーカーを使うのか、抱っこ紐で連れて行くのか、一緒に歩いて行くのかといった、そのときのコンディションや移動手段に合わせて経路を検索できて、おすすめのルートを提示してくれます。電車の降車ドアの位置や、おむつ替え場所を探すのに役立つ情報なども表示されて、そのサービスを全国展開しています。サービス提供1カ月で4万人もの人が利用したという実績もあります。
町というハードウェアが変わらなくても、ソフトウェアで町からバリアを取り除くサービスであると審査のときに話していました。そういう形で、物理空間を変えていくだけではなくて、テクノロジーによって人々にとって最適な移動や生活を実現できるという点が高く評価されました。
一方で、現時点では独立したウェブサービスなので、今後は本体のNAVITIMEアプリケーションへの標準装備も期待したいと思います。

オンラインの動画配信サービス [シアター・フォー・オール]

オンラインの動画配信サービス [シアター・フォー・オール](株式会社precog)

長田 こちらは演劇、ダンス、映画などの芸術作品をバリアフリーあるいは多言語翻訳で楽しめるオンライン劇場「シアター・フォー・オール」です。バリアフリーのこうしたオンラインのサイトというのはこれまであまりなかったということで、今回高く評価しました。今年始まったばかりのサービスですが、多くのコンテンツがすでに掲載されていて、大きな広がりを見せているところもいいなと思って見ていました。インクルーシブというテーマの中でもとても象徴的なものではないかなと思います。

内田 多言語などで、さまざまな演劇鑑賞体験をオンライン化するというところで、聴覚障害者の方に向けてというだけではなくて、小さなお子さんを持つ親御さんたちは演劇鑑賞に行けないとか、日常的にバリアがたくさんあるといったとこに対しても、すべてに開こうということを志にしていて、視野を広げられるものだったと思います。

緒方 以前、イギリスのアーツカウンシルの方とイベントでお話したときに、イギリスではロンドン・オリンピックを契機に、あらゆる劇場がバリアフリー対応することがルール化されたというお話を伺って、見習わなければいけないなと思った記憶があります。こういった取り組みをきっかけにして、より多くの人が楽しめるサービスができたというのはすばらしいと思います。表現の面でも、実用的な情報を伝えるということ以上に、細かいニュアンスや、表現者が伝えたいことが違うニュアンスで伝わらないようになどとても気を配っていて、ユーザーだけではなく、コンテンツを提供する表現者側も巻き込んで試行錯誤しているという点も好感を持ちました。

ウェブサービス [toolbox]

ウェブサービス [toolbox](株式会社TOOLBOX)

内田  toolboxは10年前にスタートしたサービスで、じっくり丁寧に育てられてきたものです。ユーザーが自分で家を作るための手立てとなる材料、例えば、床材や壁材、照明、塗料などを詰め込んだ、いわば道具箱としてのウェブプラットフォームです。
印象に残ったのが、toolboxの方が、家というのは本来もっと住み手の個性や居心地のよさを表現できる場所であるはずだとおっしゃっていたことでした。なのに日本の家はとても画一的な内装になっていて、その理由はユーザーが家づくりの過程で受動的にならざるを得ない業界構造にあるということでした。どうやって材料や設備を選べばいいかというところがブラックボックス化していて、素人では素材の知識などの判断できなくなってしまっているからだとtoolboxの皆さんは考えたそうです。そこで素材や知識やアイデアをオープンにして、能動的に選び取るためのプラットフォームを作ったというのがこのプロジェクトの発端でした。
そもそもこのtoolboxという会社は、家を自分で作るという文化が薄くなってしまった日本に、リノベーションという概念を広めたR不動産のグループ会社で、そういうオルタナティブなビジョンを掲げた方々の次の世代がその手立てをこつこつと積み上げて、当初年間190件の受注から今や3万件を超えて、またユーザーたちが自分たちのリノベーションケースを投稿するコミュニティによって、お互いに施工事例や表現の学び合いも起きているそうです。これが実現できたのは、同社がさまざまな家材を作る職人と直接取引を行ってきたからでした。さらにはこれから施工する職人自身でもネットワークを広げ、職人という存在をヒーロー化していくことを目指しているそうです。そういった技術を持っている方々にもスポットを当てていきながら、住まい手と作り手を相互につなげていくということも考えているということでした。これまで業界によって分断してきた構造をつなげて、さまざまな仕事を作るということも含めて評価されました。

太刀川 実際に自分でDIYしたい人やリノベーションしたい人にとって、カタログの中でリノベーションにぴったりなものを集めて探してくるのって結構時間がかかったり大変なんです。そういった中で、ここに行くとリノベーション向きのものに出会えるという、かゆいところに手が届くサービスになっていると思います。そういうことを通して、自分で自分の家をアップデートしていこうかなという、コロナ禍においてもそういうニーズはすごくあると思うのですが、そういったところに対して良い入口を提供しています。それはまさに日本のリノベーションのカルチャーを牽引してきたR不動産が、不動産を紹介するだけではなくて、こういうサービスを作っているということは、エコシステムとして全体を設計していく気概のようなものを感じます。

水プロジェクト [給水機の設置、「自分で詰める水のボトル」の販売、水のアプリの開発・配信]

水プロジェクト [給水機の設置、「自分で詰める水のボトル」の販売、水のアプリの開発・配信](株式会社良品計画)

長田 こちらの水プロジェクトは、良品計画が行っているプロジェクトです。最初の背景として、元々は無印良品で販売しているペットボトルをアルミ缶に切り替えていこうと考えていたところから始まっています。その過程で、それまではペットボトルでミネラルウォーターを売っていたわけですが、そもそもミネラルウォーターを売るべきなのかという問いを立てられました。検討を行った結果、水を売ることをやめて、その代わりにフィルターを通した水道水をお店に来られた方に提供していこうということで浄水器を店頭に設置したプロジェクトです。
環境に優しいとかサステナブルということを考えたときに、例えば水を売るということに対して、ペットボトルの包装をどうするとか、あるいはアルミ缶にするということを考えるケースは多いと思いますが、そもそも最も環境に良い行動はどうあるべきかという問いを立てて、結果として売上は下がるかもしれないけれど、社会的責任を実現するという観点でこうした行動に移り、プロジェクトとして推進しているというのは、すばらしい活動だと思います

太刀川 すごい決断ですよね。来客する確率を上げるというところにリソースを全振りする代わりに、ミネラルウォーターを売らないということで、ちゃんとメリットも享受できるかもしれない。環境負荷も非常に下がります。ミネラルウォーターだけでも売上は少なくなかったでしょうから、それをやめるということは勇気のある決断だったと思います。企業としての事業姿勢が表れているというか、同社のよりよい暮らしに対する提案力がここにも現れていると思います。

緒方 おそらく、社会的活動をやっていますということで、水の売上分をカバーするだけの広告的な効果はあると思いますし、ブランディングとしてどれぐらい意味があって、ビジネスとしてもこういう効果があって、というところまで見えてくると、他にもこういった取り組みが広がっていくきっかけになるのかなと思いました。

質問:システム・サービス部門の審査において重視される「デザイン」とは?

太刀川 サービスがいいということに対して、デザインがものすごく機能するという、インテグレーションのレベルがかなり上がっている傾向があると感じています。インテグレーションを見ているという中で、ここで評価しているものは新しいサービスが多くあります。まだ世の中に存在していない新しいものが既存の市場を食ってそれなりの認知を獲得するというのは相当ブランディングがうまくないとできないんです。だから、サービスとしてはよい品質で、サスティナブルだし、価値のあるサービスだとしても、ブランディングが残念だということで受賞に至らなかったものもいくつかありました。
UI/UXにおけるタイポグラフィーなどのグラフィックデザインのレベルも上がっていると思います。「みんなの銀行」はいい事例なのですが、アプリだからこの程度でいいでしょうではなくて、アプリだからこそ、ここまでのビジュアル表現が可能になりましたといった高いレベルが求められる時代に入っていると思います。コンセプトのいいアプリだということで評価されることも、もちろんなくはないのですが、でもインテグレーションという意味で、歴史的にビジュアルコミュニケーションが磨いてきた強度をきちんと生かしているものは見て分かります。
銀行アプリをたくさん審査したという話もありましたが、全体にレベルはあがっていると思います。その中でも質の微差が、消費者の常識になってくると、それは大差になってくるので、そういう細やかなデザインの気遣いはむしろすごく目につきます。それは審査委員がデザイナーだからということではなく、ユーザー自身の実感としてもそれを品質の良さとして認識していると思います。サービスが良ければデザインはおざなりでもいいという時代ではなくて、むしろいいサービスを立ち上げるために、そのサービスをちゃんと使ってもらうためにこそ、デザインはものすごく必要な存在です。スタートアップや新規事業が立ち上がっていくときに、デザインが初期構想からインストールされているかどうか。それが高いレベルで昇華されているかどうか、そういうレベルで戦いが繰り広げられている中からそのサービスが選ばれていくのだということを否応なく感じます。

緒方 基本的にアプリだとか、ウェブだとか、デジタルがどこかで使われているtoolboxに関しても、アプリの出来や、そこでやっている表現ということと、ブランディングがなければ成り立たないような存在になりつつある中で、仕組みをどうやって動かしていくのか、実現しているのか、アイデアはあってもどうやって実現するか、というところが一番大変なところだと思います。そこをやっぱりやり切っている、うまく作っているというところが見えるものが高く評価されたのかなという気がします。

内田 去年このユニットから受賞したものは「WOTA」や「BRING」といったような、ある産業を起点にしたすごく大きなシステムチェンジのプロジェクトが高く評価されていましたが、今年はより生活に根差したような、暮らしの中に入り込んでいるものが多かったなと思います。私たちの暮らしの中から日々の変化が起きてくるということをすごく印象付けられたのですが、そうであればあるほど、よりアクセシビリティや持続性、自立性というところが課題になってくるだろうと感じました。

まとめ

内田 このユニットの特徴として、社会変動がダイレクトに反映されたプロジェクトが多く見られた気がします。人と環境と経済のバランスが大きく見直される中で、テクノロジーや人間の力、さまざまな力が融合する新しい事業を生み出そうとするプロジェクトに勇気づけられました。そういったプロジェクトが次世代のインフラの兆しであることを願いながら、引き続き一緒に社会のデザインを考えていけたらと思っています。

緒方 今年は応募が増えたというのもあって、非常にレベルの高いものの中で審査をしたという印象がありました。仕組みやサービスといったジャンルは社会的なインパクトも大きい部門だと思いますので、応募するのにどんどんハードルが上がってくると思います。社会の中で求められるものも常に変わってくると思いますので、傾向と対策ではないですけれども、今年こういうものが評価されたから、こういう観点で狙おうということではなくて、応募される方の中で自分たちがここがいいと思っていることをストレートにアピールしていただけるとうれしいなと思います。いいデザインは何なのかということを、審査する側だけではなくて、応募される皆さんと一緒に考えていけるといいなと思いました。

長田 今回の傾向の一つとして、デジタルと現実の融合というのが一つ大きな特徴だったと思います。そういった中で、仕組みのデザインと形のデザインがうまくバランスが取れていて、さらにその背後にある人の感情や行動もきちんとデザインしていくような事例が多かった気がしました。 以前グッドデザイン賞を受賞された対象が、現在の社会変化に応じてアップデートをして再度受賞されたというものもいくつかありました。受賞されたものと、受賞されなかったものの差で一つ言えるのは、1度受賞されたものが再度受賞する場合、やはりそこでどういった変化があったか、どういったところがデザインとしてアップグレードされたか、というのが明確なものはやはり受賞できたのかなと思います。一度受賞された方もサービスをアップデートして、また応募していただければと思いますが、応募の際には、どういったところがよりよくなっているのか、より社会に沿っているのかというところが分かるといいのかなと思いました。

太刀川 この部門の応募者の皆さんはすごく大変なんじゃないかと思うんです。なぜかと言うと、ビジュアルとか、インダストリアルデザインとか、そういうデザインとしてというだけではなくて、プロジェクトの構想力、そのプロジェクトが見せる未来の希望が美しいかどうか、みたいなところも見られています。そういった中で特にこの部門においては、デジタルという全く新しい、全く新しいと言いながらも20~30年がたっていますけれども、でも、この人類史上で言うと全く新しい空間が出てきています。空間や時間や体験に対していろいろなサービスが転移していることを総称してDXと呼んでいるのだと思うのですが、そういうものの中で、まだこれが鉄板の体験ですとか、これが美しい在り方ですということは未定義です。さまざまな挑戦がそこで行われているし、同時にそれが成熟もしてきているから、とても高いレベルのトライアルが、プロジェクトの構想からそれのエグゼキューションまで一貫して問われ続けています。そういう意味で応募作品の質というよりは、おそらくそこにかけている構想力の密度みたいなものがすごく感じられる部門でした。それだけコンペティティブであったし、それだけすごいものが選ばれていると思います。こうしたものは今までのサービスに対して疑問を投げかけているだけではなくて、新しい希望も作っているサービスでもあるので、そういったものの未来を純粋に応援したいと思っています。

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