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with/after コロナ時代の建築・都市〜2020年度グッドデザイン賞 審査ユニット17(公共建築・土木・景観)審査の視点 レポート

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに20の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット17(公共建築・土木・景観)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。
2020年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit17 - 公共建築・土木・景観]
担当審査委員(敬称略):
伊藤 香織(ユニット17リーダー|都市研究者|東京理科大学 教授)
五十嵐 太郎(建築評論家|東北大学 教授)
山崎 亮(コミュニティデザイナー|studio-L 代表取締役)
山梨 知彦(建築家|日建設計 常務執行役員、チーフデザインオフィサー)※都合により欠席

コロナ禍の中で実空間が果たす役割

事務局 2020年度の審査も無事終了いたしました。委員のみなさまありがとうございました。まず、本年の[公共の建築・インテリア]ユニットの審査のご感想についてお願いします。

伊藤 ユニット17は公共建築・土木・景観ということで、2点ほど気にした点があります。1つは公共性ということ。必ずしも全部が「みんなで」とか「公で」というわけではなく、パーソナルなものが集まっての公共性もあるし、いろんな公共性を評価できるといいなと思いながら見ていました。もう1つは、コロナ禍の状況の中で実空間がどういう役割を果たせるのかということ。オンラインでもつながれるんじゃない?と言われ始めているところで、空間じゃないとつながれない社会性みたいなものがありそうだなと思いながら、そういう視点で見てきました。

五十嵐 評価する軸自体は新しさとかクオリティー、周辺環境との関係、社会的な意義と、わりとオーソドックスで、建築の賞ではだいたい普通はそうします。グッドデザイン賞の場合は全部作品を見られているわけではないので、これまでの自分たちが得た知見をもとになるべく想像しながら評価するというのが難しいところでもあります。個人的には、この数年東京よりも地域、地方都市で面白いプロジェクトが増えているんじゃないかと思っているのですが、結果的に今回も、選ばれたものを見て眺めていくと、地方で意欲的な取り組みが多いんだなということを改めて感じ取ることができました。

山崎 新しい建物とか公園とか土木構造物とかを審査するのかなと思っていたら、意外と古いものを利活用する、みたいなのが多かったなという印象です。印象とともに、こういうものをちゃんと評価しなければいけないという気持ちにさせてもらえたなと。意識してでも、この古いものをきっちりと残す、凍結保存ではなくて、うまく活用しながら次世代につないでいくということをGマークとしてちゃんと「イイネ」と言わなければいけないというのは、僕はすごく新鮮な気持ちにさせてもらったような気がしましたね。

移動の自由度を高めるデザイン

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事務局 それでは、ユニット17からグッドデザイン・ベスト100に選ばれた受賞デザインを題材に今年の審査でどんな点を評価し、重要と考えたのかをおうかがいしていきたいと思います。
まず、市役所改装 「神戸市役所1号館1階市民ロビー」です。

山崎 まず風景が、かわいいとか新鮮な気持ちになるというのがあります。この机はいろいろと移動できるんですが、自分たちが動くときはスラロームというのかな、くねくねと歩いているわけですから、角がとれていることってこんなに気持ちがいいんだという。空間を移動するとき、移動に対するとげとげしさが一気になくなるという体感ができた。そこに腰掛けてみようと思ったときに、向きの自由度みたいなものもとても体感できます。徹底して角をとっていくと空間はこういう雰囲気になるんだというのは実際に行くとすごく感じられました。

伊藤 神戸でデザイン都市を標榜しているということもあって、これもその一環だということなんですが、小さいのですが、コンペにしているのです。どんどんみんなこうやってコンペにして、いろんな才能とか創造性を引き上げてくれるといいなと思いました。ロビーの改修のコンペだったと思うんですが、それを家具という形でやって、本当に空間自体を変えているというのは魅力的だなと思いました。

新しい公共空間を街に提供する

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五十嵐 次に京都市美術館、通称「京都市京セラ美術館」です。こちらは建物自体は1930年代の古いもので、残すところは残しています。劇的に変わったのはエントランスを掘り下げて、下から入る。中央の大きな大展示室を通り抜け可能な場所にしたことによって東西の交通、後ろ側の庭とうまく接続したり。増築した部分はかなり大空間で、現代美術の展示にも使える新しい空間になりました。屋上も一般に開放されているので、新しい公共空間というのを京都の街に提供しています。残すということ、現代美術にも対応できていて、公共空間という意味で非常によかったと思います。さっき山崎さんの発言で改めて思ったんですが、今回ベスト100に残ったもので純粋新築がほとんどないなと。先ほどのもロビーの改装だし、ほかは工事中の特別通路とか震災遺構である種のリノベーションなので。

伊藤 五十嵐さんがおっしゃったように、保存しつつ新しいつなぎ方を作っていてすごくいいなと思いました。たぶん現状もコロナ対策でまだ自由には入れないみたいですが、大展示室が通過できるようになったら街の回遊性が変わるというのと、裏側の動物園も新しくなったようなので、そこにつないだりとかできそうな感じがします。あと、庭とか新しいウイング上の屋上庭園など憩いの場になっていたりしていいなと思ったのが1つ。
もう1つは、いろいろと悩んだ上で復元しているというか、隠すところ、残すところ、いろいろ現代の展示の仕方にあわせてやられているんですが、いざとなったら今後復元できるようにとか、そういうことを考えてやられているので、すごく時間の設計をされているんだなと思いました。この時点でどうやってイノベーションするかということだけではなくて、未来も考えているというのがすごく印象的でした。

街へ寄与する新しいやり方

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五十嵐 市街地開発・都市計画・公共施設整備「日本橋二丁目地区プロジェクト 川口街区・B街区・C街区・D街区・日本橋ガレリア」、こちらは今回ユニット17で唯一東京からベスト100に入ったものです。面白いのは京都市京セラ美術館と同じ1933年の建物なんです。古い百貨店、高島屋の古い部分があって、重要文化財にもなっています。それを核としつつ、その周りに大型の再開発をしていて、正面の通り沿いにちょうど双子建築のようにほぼ同じようなボリュームで新しく新館を作っています。元の細かい装飾的なデザインを抽象化したり現代的に翻案しながら新しい建物にもそれを反映しているので、両方を比較してみると面白いです。2つの建物の間に大きなガラスの庇(ひさし)を出して、その下を歩行空間に変えたので、パサージュ的な新しいにぎわいが出ていたり、両サイドをブリッジでつなげて屋上もつながっているのですが、回遊性が出て、屋上とか、中間階で探索する楽しみがありますね。ぎゅうぎゅうに詰め込んでいないので、空間にもゆとりがあって、それがとても好ましく感じました。

伊藤 百貨店とガレリアは19世紀っぽいなと思いました。百貨店は、その中で買い物をするというイメージなのですが、少し街を歩く、デパートの外にも出て街を歩くような、まさに回遊性なんですけれども、そういう体験をもう一度作ろうとしているのかなと。どんどん時代が変わってきて今商業の形態でも百貨店が難しい中で、新しい街への寄与の仕方の表現というのがあるのかなと。中を歩くのが楽しいですよね。

五十嵐 日本橋は今でも明治からの建物も残っていて、東京の中では珍しく近代の様式建築がある程度残っています。なので、ほかの渋谷とか新宿とは違う開発のあり方が求められるというか、ここだからこそ可能なやり方になっているのかと思います。

丁寧に市民との対話を重ねた古い駅の再生プロジェクト

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山崎 グッドデザイン金賞に選ばれた「延岡駅周辺整備プロジェクト」は、パッと見ると新築の建物のように見えますが、実はコアには古い駅が真ん中にあるんですね。それを取り囲むように新しい建物を建てたのです。その建物の柱のスパンなどは古い建物にあわせて設計されていて、建築家の乾久美子さんが丁寧に古いものに対する尊敬、地域の方々が活動している姿がどう見えるのかということを融合させて新しい建物の部分を設計したのです。古いものを尊重する中に今のこの生活をどういうふうに魅力的に見せていくのか、外から見たときにどう見えるのかということをかなり入念に検討された。市民参加であったということもありますし、乾さんが設計のプロセスでかなり丁寧に市民の方々に「今はここまできている」ということを模型を見せながら意見交換をしていた。なので、市民の方々が自分たちが受賞したという気持ちになっているのがすごく感じられています。
宮崎県の建築士会の中のいち部会、延岡市で建築設計をやっている人たちが乾久美子さんの設計事務所とともに設計をしていくということになって、乾さんの設計の方法やプロセスをだいぶ間近で学んでいるんです。東京の建築家がすごいというつもりはないんですけれども、地元の人たちがその建築家と一緒に学んで、建築家がいなくなった後もその建築に対してこういうふうにしたらいいんじゃないかとか、部分的に改修しなければいけないときには地元の人が相談に乗れるという、そういう準備ができたかもしれない。

いろんな人たちが共存できる公共空間

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伊藤 次に、グッドフォーカス賞 [地域社会デザイン]を受賞した「駅前広場・多治見市多治見駅北広場・虎渓用水広場」です。駅前広場ですけれど、普通はロータリーがくるところを、横に移動して、まずはこの広場があって、そこを介して庁舎に行ったり、新しく開発したところにアプローチするような配置になっている。これはランドスケープのデザインなんですけれども、建築的にできている。微妙に高さが違っていたり、空間が分節されていて、それぞれ居場所があるような空間になっています。公共空間で広場というとみんなで集まってイベント、というものが多かったのが、日常的に(過ごせる場所としてそれぞれが)、本を読んでいたり、ご飯を食べていたり、子供たちが遊んでいたりとか。イベント空間もあるのですが、いろんな人たちが共存できるのが魅力的だなと思いました。駅前にこういう空間ができることで、地方都市の街らしさを失いつつあるところが少し変わっていけるかなという可能性を見せてくれたと思っています。

五十嵐 分散しているので、コロナ禍の状況にあっているでしょうね。

伊藤 今まさに必要とされている空間かもしれないですね。

来場者へ印象を残す展示空間としての遺構

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五十嵐 グッドフォーカス賞 [防災・復興デザイン]を受賞した「山元町震災遺構中浜小学校」です。すでに学校が震災遺構になっているところは荒浜とか気仙沼にもあるんですが、ここは、被害を受けた部分を可能な限り残しながら補強もして、その中を空間の体験として歩き回れるということをやっています。展示デザインも本格的にやっているので、しっかりした展示空間になっているなと思います。伝承館はすでに東北エリアにできているのですが、実際に被災した建物は本当に迫力があって、この場所でこの高さまで津波が到達したということも含めて来た人にものすごい印象を残します。そういう中で非常に優れた事例が出てきたと思います。

山崎 (被災した)状態のままに展示していこうというのは相当規制とか制度も含めて難しいものなんですよね。

五十嵐 そうですね。躯体自体はコンクリートの建物なので、たぶんそこは大丈夫だったと思いますが、天井が剥がれたりとかいろいろあるから、どこまで立ち入りしていいかとか、細かくゾーニング、ルートを決めたりしているんだと思います。

伊藤 そのまま展示施設として使うと、バリアフリーとか建築基準法にあわないので、保存建築として条例を作って対応したということで、思い切ってやられたんだなと思います。

山崎 そういうことも含めてデザインと捉えなければいけないんだなと感じたんですよね。状況をそのままなら、凍結保存したらいいでしょ、という話でもなくて、クリエイティブでなければ人々に感じさせることができない質がある。制度をいじってますというと、それデザインなの?とよく問われてしまうのですが、制度だけを切り離さないでほしい。これ全部でデザインなんだから、ということを特にこの歴史的な建造物に関するプロジェクトからはすごく学びましたね。

修復現場を解放する1つの手だてとしての通路

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五十嵐 次もグッドフォーカス賞 [防災・復興デザイン]を受賞した「熊本城特別見学通路」です。熊本城が非常に大きな被害を受けたというのはよく知られていると思うんですが、20年ぐらいでしたか、結構な時間修復工事に掛かるのです。その間ずっと立ち入り禁止にするのではなくて、むしろどれぐらい被害を受けたか、あるいは今ここまで工事が進んでいるということも含めて、普通は閉ざされてしまう修復現場を解放する1つの手だてとして見学通路を作っています。
熊本城自体は一度明治時代に焼けてしまっているので、石垣のほうがむしろ文化財としてすごく重要なのです。基礎を地中に打ってはいけないので置基礎するとか、既存の樹木とかいろんなものを避けながら、この通路をどう張り巡らせるかというのはかなり建築的、構造的な最新の工夫もしています。
空間体験としても面白くて、地上から持ち上げられた場所からお城を見る。街も見ることができるのですが、空間体験として上ったり下りたり、ぐるぐる、右に左にと、それ自体非常にユニークでした。このデザインの手法自体が災害とか震災遺構に対しても使えるやり方なんだなと思いました。

伊藤 20年間限定の修復中の通路ですけれども、こういう時間の設計もあるなと思いました。今までなら仮囲いをして何が起こっているかが分からないところをオープンにして、逆に今しか見られない熊本城が見られるとか、それでまた親しみを持ってもらったり、ファンになってもらうというような、そういうプロセスが増えている。すごくクオリティの高い形で作られた作品だなと思いました。

山崎 修復している時間も楽しんでもらえるんだということになれば、そんなに急いで修復しなくてもと思うかもしれない。職人さんたちもプレッシャーを感じなくてもよくなるかもしれない。ゆっくりでもいいから丁寧に進めていこう、という世論がこういうことによって作られるようになる。要するに経済合理性だったり、時間を短縮させて何か早くやりましょうというのとは違う価値。今しか見られない、これ自体が価値になっていったりするかもしれない。こんな構造物が出てくることで工事の進め方にまた1つ変化が出てくると、ほかの復興事業にもいろんなヒントを与えてくれるんじゃないかなという気がします。

まとめ:建築の民主化がもたらすもの

事務局 改めて今年の審査全体を振り返っていただいてどうだったかというような話をおうかがいできればと思います。

伊藤 大賞選出会で「建築の民主化」というキーワードが出たんですが(「まれびとの家」)、例えば延岡駅を見ていると、民主化しているような気がするのです。いろんな人たちが関わって作られていて、しかもそれを地域にまた広げて残していく、つなげていくようなやり方をしています。市民参加とかいろんな人が入ってくるときに、じゃあ、デザイナーって何をするんだ?というのをここしばらく考えていて、延岡のあのクオリティーの高さを見ると、いろいろ学べることがあるなと。大賞選出会での「建築の民主化」と別なのか、近いのかと、そう思いながら見ていました。

山崎 設計をやる人は、現場100回というか、めちゃくちゃ現場を見て、めちゃくちゃいろんなタイプの設計の可能性を考えます。すると、そこの場所が第2のふるさとのようになっていくんですよ。愛着が湧いてしまって仕方がない。つまり出来上がった建築や建築設計図面、計画書の100倍ぐらいいろんな可能性について考えているから、その可能性が頭の中にあって、目の前のものを見ていたりするんです。市民はどうかというと、市民は100倍を抱えていないんです。見ている建築1.0しかないので、あったかもしれないほかのプロセスや可能性はみんなの頭にはコピーされていなくて、実現したもの以上でも以下でもないものしか地元の住民は描けない。ここから愛着というものを作っていくことになるんです。市民参加はその可能性を市民の頭の中にもかなりコピーしていくので、途中ああだったとか、全部頭の中に入った上で出来上がったものを見ることができる。まず何より、そのものの1.0倍ではなくて、100倍まではないかもしれませんが、20倍とか30倍ぐらい市民自身が持つことができるというのは市民参加型で進めていく大きな価値なのかもしれない。

五十嵐 延岡で触れられていないことを。建物が非常に端正でプロポーションが美しい。全然派手なデザインではないんですが、構成とかプロポーションがとてもいい。よく言われている、1階と2階の天井高を変えてということもとても建築的な操作なんですが、そこはすごく乾さんのデザインらしいなと。例えば日比谷花壇は、構成やプロポーションの美しさで建築をカチッと作った上で今言ったプログラムがうまく入り込んでいて、そこにさすが建築家だなという強さ、美しさを感じます。一方で国鉄時代の駅舎も端正なデザインをやっているのですが、あまり注目されていなくて、そういったものの継承も踏まえているなと思いました。駅の周りにも昭和モダンの建築があって、そういうものとも響き合っているので、あの場所で周りを歩いてみてあっているなと。
個人的に思ったのが、審査した後に岡山県奈義町に行って「ナギテラス」を見に行ったら、すごくよくて。審査のときは行っていなかったのですが、先に行っていればもう少し推せたかなと思いました。

伊藤 建築と周りのランドスケープと河川の土木的なところとを一体的にデザインされているようです。

五十嵐 色彩が街並みにも入っていて、結構いろんなレベルで街に建築が、小さい街だからできるということもありますが、関わっています。その中の1つの到達点としてその「ナギテラス」ができている。ほかにも細かいリノベーションも2つぐらいあったりします。

事務局 地域のデザインが本当に面白い年、近年そうですけれども、そうだったのかなという気がいたしました。ありがとうございました。

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