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2019年度グッドデザイン賞審査報告会レポート[Unit 9 - モビリティ]

グッドデザイン賞では、毎年10月ころに、その年の審査について、各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「2019年度グッドデザイン賞 審査報告会」を開催しています。本記事では、ユニット9 - モビリティの審査報告会をレポートします。
グッドデザイン賞ではカテゴリーごとに、今年は全部で18の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査報告会では、ユニットごとに担当の審査委員が出席し、その審査ユニットにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきます。

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2019年度グッドデザイン賞審査報告会[Unit 9 - モビリティ]
日 時: 2019年11月4日(月) 13:00〜14:00
ゲスト: 菅原義治 委員(ユニット9リーダー)、川西康之 委員、根津孝太 委員、森川高行 委員、森口将之 委員

はじめに:「乗り物=モビリティ」という枠が外れ、多様化している

菅原 モビリティ・ユニットの審査を担当して3年になりますが、今年の審査では、この3年の間で起きている変化が凝縮され、カテゴリーの再定義がなされた年と感じました。これまでは、いわゆるタイヤが付いてる「乗り物」と関連する用品、機器が主なエントリーでしたが、ここ数年で、人の移動に間接的に関わる「モノ」、もしくは「コト」が増え、今年は顕著にそれを感じました。これまでのように「乗り物=モビリティ」という枠が外れ、多様化している印象を受ける年となりました。
一方、モビリティ全般を取り巻く社会状況は難しい局面にあります。人間の移動への本能的な欲求は拭い去れませんが、AIや自動運転といった効率・利便をそこに読み込み、どう人間としての幸せを提供していくのか。そのいくつかの回答が、受賞デザインに見出だすことができたと思います。このユニットからは47件がグッドデザイン賞を受賞しました

川西 かつて花形だった「かっこいい・速い」乗り物は、明らかに少なくなっています。一方で、高齢者の移動や運転事故、公共交通の維持、こういった社会問題を解くことで未来が見える、未来を明るくするというデザインが大変多く見受けられたのが非常に大きな発見でした。

森口 2013年から審査委員を務めていますが、時の流れを感じます。以前もタクシー配車アプリといった応募はありましたが、審査の中では「モノ」としての評価が大きなウエイトを占めていました。
今年は、モビリティ・サービスの応募が増え、変化を感じています。一例でいうと、アメリカでほんの2年前に始まった電動キックボードがすでに世界中に広まっている。それ以外にも新しいサービスが増えています。こういった状況下、自動車や鉄道という既存のモビリティは異業種との競争に立ち向かう局面になってきたことを強く感じました。

森川 今は、モビリティ、特に道路交通における100年に1度の改革期にあります。ガソリン車が製造され、T型フォードが大衆化し、それから大体100年で、初めての本格的な改革期、「CASE (Connected・Autonomous・Shared・Electric)」革命といわれています。本ユニットで評価の高かった8件のうち、4件がそのCASEに入るもの。残りの4件が既存のモビリティ。非常に時代を象徴していると感じました。

根津 「モノ」から「コト」という流れも一段落した印象があります。今年のグッドデザイン賞のテーマは「美しさ」と「共振する力」でした。要は、「モノ」でも「コト」でも同じテーブルに乗せて、美しいかどうかを審査する。いい意味で一回りした感があります。「モノ」と「コト」を分け隔てなく審査をしていける時代になったのを感じました。

自動運転バス [GACHA](グッドデザイン金賞)

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菅原 こちらは、世の中を便利にする技術やハードウエアを上手に人間味あふれる形のパッケージに収めています。それだけでなく、MUJIの商品と同じデザイン・キーワードでデザインされ、無印良品らしさが残っています。温かさ、人を感じる温度感は、まさしくこれからのデザインの一つのポイントです。効率性、機能性は外せないが、移動している人の気持ちに立って考えると、デザインは変わってくるのではと感じました。
プラットフォーム化し、内装を変えれば、移動図書館やコンビニ、薬局にもなる拡張性もあります。移動弱者に対してどういうサービスを提供するか、という回答にの一つにもなっていることが評価につながりました。

根津 端的に言うとかわいい。存在として「かわいさ」は大事で、特にこういったコミュニティ・バスは、町の中でのたたずまいを大事にデザインすべきです。すごく無印良品らしいと思います。町で活躍するときの存在感をきちんとデザインしているのは、大事な視点だと感じました。
ネーミングにあるようにガチャガチャのカプセルが発想の基となっています。シンプルで分かりやすい。デザインコンセプトは難しければいい訳ではなく、全体的に上手に設計されていると感じました。

西武鉄道特急車両 [Laview](グッドデザイン金賞)

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川西 西武鉄道にとって、かつてない車両です。鉄道車両のデザイン経験のない妹島和世さんが、従来の鉄道の常識ではあり得ない発想の提案を次々に出され、西武鉄道がそれを尊重し、日立製作所が一生懸命造り、この傑作が生まれました。例えば、鉄道車両のエンジニアは絶対考えないような窓の大きさ。乗り物はボディーが必ず曲がるのですが、ガラスは絶対曲がらない。そのぎりぎりのところを突き詰めているのです。
リクライニングシートの座り心地も良く、本当にきめ細かい。窓ガラス、カーペット、座席などメンテナンスに手間の掛かる車両だと思いますが、「それでも」という西武鉄道の気合いが顧客に届いています。トータルとして完成度が非常に高い

根津 妹島さんが「ホームに電車が来たときに、お茶の間がやってきた感じにしたかった」とおっしゃっていました。乗客も、ホームの人も笑顔になって、幸せが伝播するのがいいですね。

Mobility as a Service (MaaS) Platform [Whim - All your Journeys](グッドデザイン金賞)

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森口 こちらは、ゾーン制運賃、経営の一元化など、ヨーロッパの公共交通が利用促進を図るべく行ってきた改革の延長線上にある、「モノ」ではなく「コト」のデザインです。スマートフォンの登場により、あらゆる乗り物をコントロールできる1つのアプリを作りました。しかも、月額定額制で乗り放題。乗り物の概念を変えたといえるものです。ドイツでもiFやReddotなどの賞を受賞していて、今回グッドデザイン賞でも金賞に選ばれました。

森川 今年は、先ほど出たCASEと、もう一つのバズワードがMaaS(Mobility as a Service)でした。車を保有して自分で使うのが、この100年間のほとんどのモビリティでしたが、車はなくてもこのアプリを使えば、市内どこでも便利に行けるというコンセプトで始まったのが「ザ・MaaS」であるWhimです。車を保有せずとも自由に移動できるというコンセプトをここまで打ち出したのは、大きな功績だと思います。

森口 日本型のMaaSも導入が始まっています。高速バスのWILLERや、東急電鉄、JR東日本などが参入しています。特に観光分野では日本ならではのMaaSの展開が始まりつつあります。

デマンド型交通 [チョイソコ](グッドフォーカス賞[新ビジネスデザイン])

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森川 こちらは、手作り感溢れる乗り合い交通のシステムですが、ビジネスモデルとして問題を解決しつつあるのが素晴らしいと思いました。これまでのほとんどのデマンド・バス、コミュニティーバスは自治体が運営していますが、運賃収入は5%程度で、それ以外の運営費は税金で運営されているのが実情です。この「チョイソコ」は、部品メーカーであるアイシン精機と、地元の薬局チェーンのスギ薬局が組んで、バスの目的地にお金を出してもらいバス停を作るというシステムです。初期投資なしで、車さえ仕立てることができれば簡単に導入できます。意外な企業の組み合わせで、本当に役に立つデマンド交通の新しい形を切り開いた点が高く評価されました。

カーフェリー [クルーズフェリー「シーパセオ」](グッドデザイン・ベスト100)

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菅原 従来の作り方では、まず船のパッケージを考え、その後スペースを区分けしていく方法を取ります。この船は、中で過ごす人のために、どんなスペースがどれくらいあったらいいか、誰と乗るか、というストーリーからまずレイアウトを決めて、船に当てはめたという、逆のデザインが行われ、フェリーを再定義してくれたと思います。今後、海運や海のモビリティの重要性は増していくと考えますが、今後注目していきたい分野です。地面を走るだけがモビリティじゃない、と思い出させてくれた対象でした。

川西 非常に感動的な船でした。「シーパセオ」の「パセオ」はポルトガル語で「広場、公園」の意味だそうです。まさに船全体が公園となっています。屋上テラスには人工芝が敷かれていて、多様な居場所、座席のスタイルが用意され、細やかなニーズに答えています。居住空間が大きいという船の特徴を最大限生かした素晴らしいデザインです。

根津 インテリアのCMF(COLOR(色) MATERIAL(素材) FINISHING(加工))が人に与える影響は大きいです し、デザインの要素としても、より注目が高まってきて います。乗り物全てを通して、「乗った時の印象」の影響力は大きくなっていると感じました。

自動遠隔出庫システム [Long Range Summon]

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根津 こちらは、完全な自動運転ではなく、運転している往路でAI がSLAMという技術でその場の地図を作り、復路は指定したところまで自動で来てくれるというものです。例えば、広大なモールの駐車場で、買い物の荷物が多いときに車が来てくれます。女性が深夜に駐車場から車を出すのが怖いという時に門の所まで来てくれます。これは、近い将来比較的安価に安易にインストールできる自動運転のシステムです。
自動運転は、完全無人自動運転を目指して進化していきますが、自動運転をどう街に組み込むか、今の自動運転でできることを考えるのも重要です。これはまさにそこに対する1つの答えだと思いました。今後の展開も含めて、可能性を感じました

森口 実際に実験の現場を見て、非常に説得力がありました。理想は目的地まで自動で行って帰ってこれることですが、事故のケースも増えていて、検証が追いついていけていない事例が今は多いです。だから、できるところからやっていく。「GACHA」も同じく、地域内だけの移動をゆっくりしたスピードで走行しています。低速のほうが今は実現しやすい環境です。

自動二輪車 [SR400 40周年 アニバーサリーエディション]

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森口 こちらは、1978年に発売され、40周年を迎えるバイクです。発売当時から非常にオーセンティックなバイクでした。オートバイが高性能化する一方で、ずっとこのバイクが評価されているのは、その姿勢を忘れなかったことです。車やバイクが速く快適に安全になっていく中で、人間が乗り物を操る本能的な部分を大事にして40周年になりました。仕上げの丁寧な仕事は、日本の秀でている部分でもあります。日本らしさ、日本らしいプロダクトが目指していく方向性の一つじゃないなと感じました。

根津 一番触れるシートとタンクの仕上がりが非常に良い。タンクは塗装にギターの仕上げ手法を取り入れ、シートも革できれいに縫製してあります。触れる部分をとても丁寧に仕上げているところが、40周年のアニバーサリーエディションにふさわしい、そういう印象を受けました。

菅原 オートバイ離れは、乗り物離れの中でも特に顕著です。ライフスタイルとオートバイをどうつないでいくか。経年変化を長く楽しんでもらう、ということをヤマハ発動機がよく考えて、商品化されたことを高く評価したいと思いました。

Q&A

質問 モビリティの選択肢が増える一方で、VRとか移動しない選択肢もあります。人が何で移動するのか、移動することでどういう楽しみがあるか、どう思われますか。

森川 とても本質的な質問です。特にICTの発展で、人は移動しなくなるんじゃないかと数十年前からいわれていましたが、実はICTの発展によって人の移動は増えている。さらにICTは、移動の過程をかなりサポートしています。ナビや車の自動化など、ICTの発達はむしろ移動のチョイスを増やし、移動を誘発し、かつ移動をすごくサポートしているのです。
一方、引きこもり型の人間は特に高齢者に増えてきています。移動を担うものとしては、移動によって、人と社会と触れ合って元気になってもらうのが重要だと思います。それに対する提案も来年度以降ご応募していただければと思います。

根津 究極的には、同じ空気吸って話しているのと、Skypeみたいなものが完全に一緒になったら、移動の意味がなくなると思いますが、当面そういうことはないと思います。きょう一緒にここにいるということの価値が、移動の本質で、それがある限り移動のモチベーションはなくならないと、個人的には思っています。

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