見出し画像

本質的なデザインと新たな潮流〜2020年度グッドデザイン賞 審査ユニット12(店舗/オフィス/公共 機器設備)審査の視点

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに20の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット12(店舗/オフィス/公共 機器設備)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。
2020年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit12 - 店舗/オフィス/公共 機器設備]
担当審査委員(敬称略):
田子 學(ユニット12リーダー|アートディレクター / デザイナー|エムテド 代表取締役)
佐藤 弘喜(デザイン学研究者|千葉工業大学 デザイン科学科 教授)
鈴野 浩一(建築家|トラフ建築設計事務所 代表取締役)
長町 志穂(ライティングデザイナー|LEM空間工房 代表取締役)

椅子 [コクヨ ストックスタック] (グッドデザイン・ベスト100) 

画像1

鈴野 見た目はよくあるアウトドアチェアですが、折りたたんだ時のホールド感と、たたんだ状態で自立することができるという、使っていない時の佇まいに大変魅力を感じました。審査においては、触ってみないとわからないことがたくさんあって、このイスはまさに実物を手にしたことでその良さがわかるといういい事例でした。
今回、このカテゴリー全体として、「オフィス空間の変革」という傾向があり、アウトドアテイストのものが多くみられましたが、単にアウトドアを模しているだけでなく一歩進んだ形で、オフィス空間に取り入れた時の佇まいが評価したポイントです。

田子 オフィスチェアの中にアウトドアという文脈をどう組み込むかという点についてですが、オフィス家具メーカーのするべきことは、仕事に集中できるイスを作るということだと思いますし、その意味でしっかり作られた製品であることがすぐにわかりました。簡便な機構でありながらしっかり収納もできるということで、発想的にも思考的にもアウトドアメーカーにはできない部分をしっかり詰めていて、単にスタイルだけではなく、ノウハウをちゃんと形に繋げて、オフィスの雰囲気や環境をしっかりと考え、丁寧にデザインされたと感じられました。

佐藤 全体的にオフィス家具のカジュアル化という傾向が見られましたが、単なるスタイリングでなくて、職場の中の一つの様式として定着していくという観点から、完成度が高く、職場環境にしっかり馴染むものとしてできあがっていることに感心しました。

長町 使ってみると、たたむ・広げるというアクションについてとても考えられているのがよく伝わってきて、研究の深さが感じられるプロダクトでしたね。

タスクチェア [バーテブラゼロサン] (グッドデザイン・ベスト100)

画像2

長町 近年オフィス環境が大きく変わり、オフィスだけでなくコワーキングスペースや自宅での勤務など、働き方も変化しています。ただ、異なった環境で働く際に、機能的なイスは欲しくても、そのデザインがネックになっていました。このイスは、特別にアバンギャルドなことをしたわけではなく、色の選択・組み合わせの方法などを工夫することで、違いを明らかに見せたプロダクトで、感動しました。

鈴野 コロナ禍において、自宅で仕事をしなければならない環境下で家に取り入れても違和感がなく取り込みやすい佇まいを持っています。時代が求めるタイミングにも当てはまっていると思います。

チェア [ワン チェア] (グッドデザイン・ベスト100)

画像3

田子 これまでのネスティング・チェアは、使っていない時の表情が無骨になってしまうというところがありました。ですが、このイスは収納効率をある意味割り切ってしまって、ネスティングをしているところさえも絵になるようにデザインされています。さらにそれが無理のない形に着地できています。
シェル型の構造を持ったイスをはねあげるという構造は今まで見たことがなく、しかもキャスターで動くというのはなおさらなかったものでした。相当何回もテストされて作り上げられたのだろうと思うのですが、その苦労を感じさせないようにシンプルに仕上がっている。使う側の気持ちに寄り添って形を整え、完成度の高い形で一つにまとめられたイスだと捉えています。環境における最適化・快適化を考えたときに、この形は新しいスタンダードの一つになるのではないかと思っています。

コロナ禍におけるオフィス家具のあり方

田子 グッドデザイン・ベスト100にオフィスチェアが3点選ばれていますが、その理由として、一つは日本の労働環境の構造が変化してきているということがあります。
今までのオフィス家具においては、エルゴノミクス(人間工学)という点が重視されてきましたが、それだけではなく、心の充足感を満たす空間を作っていく、人を優しく迎え入れる雰囲気が必要とされていることが、コロナ禍によって顕著になってきました。オフィスに通うという前提から、家の中で働く効率を上げていくという現状への変化を考えたときに、今後は、住環境との親和性を考えると、こういった志向がより進んでいくという予兆を感じさせる3点でした。

長町 審査していても、必要とされる身体に対する機能をキープしつつ、住環境への親和性を考えたデザインが見られました。機能性を持ちつつ、新しい喜びを感じさせるデザインがいくつも出ていて面白い年でした。

鈴野 どれも座るという機能を犠牲にせず、快適に座ることができたり、使っていない姿も美しいなど特徴のあるイスが3つ揃ったなという印象です。なかなかこの分野だけでベスト100に3点選ばれることは珍しいと思います。

小型海水淡水化装置 [MYZ(ミズ)シリーズ] (グッドデザイン・ベスト100)

画像4

田子 世界中で行われている海水淡水化処理の小型化を実現したプロダクトです。今までは大量の水を処理する大型プラントで行っていたことを、新興国や小さな市町村で使うことができるようにしました。
複雑だったオペレーションの部分を簡便化させ、誰でも使いやすいものにして、操作の順番もわかりやすくオーガナイズされています。
また、どんなところにも持っていける可搬性もあり、100kgを切っています。最近は海の問題だけでなく、地下水の汚染問題もありますので、山の中でも安全に水が使えるようになりますし、これから大きな目的を果たす製品であると思います。

佐藤 このようなかなり技術寄りの製品だと、たいていハードで無骨な剥き出しのデザイン表現が多いのですが、あたかも家庭に置いてあっても違和感のないようなデザインにまとめられていることに感心しました。

長町 可搬性が高まったことで、例えば船に乗せて小さな島々を巡っていけるようにもなっていますし、社会を変えていけるプロダクトであると思います。この製品を日本のメーカーとデザイナーが作り上げたことに元気が出る思いがしました。

鈴野 開発者にヒアリングしたところ、より小型にできる可能性もあるということで、まだ進化できるプロダクトだと思いますし、今後も応援していきたいです。

床埋設式降下型避難器具 [UDエスケープ]  (グッドデザイン・ベスト100)

画像5

佐藤 災害時の避難器具としてマンションなどで階下に降りるための装置です。従来ですとベランダなどに設置されているはしごをおろして使うのが一般的だったのですが、それをまったく新しい考え方で作り直していて、電気を用いずにエレベーターのような形で安全な速度で降りていくことができます。はしごだとお年寄りや、小さい子どもと一緒の状況では利用しづらいという点がありますが、そうした問題に対して、立って手すりを持っている状態で操作でき、いざというときに老若男女問わず安心して降りていくことができるということで、新しい避難のあり方を提案している画期的な製品だと思いました。従来のはしごタイプのものと同じ場所に設置できるということも、今後普及していく上で重要な点だと思っています。

田子 老舗だからこその文脈で作り上げたデザインだといえます。これまでのプロダクトは健常者が使うことを前提にデザインされてきていましたが、それに対して高齢化が進展しているという状況の中で、安全性を高めることで、時代の要請に対してすごく的確にやるべきデザインをしていると思います。

長町 今の避難はしごと同じフォーマットで、既存のものに置き換えていけるというという点がとても大事で、リアリティがある製品だと感じました。

受賞デザインから見えてきたこと

長町 デザインには、社会の大きな流れをどう写していくかが求められます。社会の変化に応じて必要なプロダクトも変わっていくもので、このユニットは公共的なプロダクトのカテゴリーですし、特にその色が強く出ると思います。去年の今頃には想像していなかった新しい生活が始まっていますし、withコロナ、afterコロナの状況下で、今後ますます新しいオフィスや新しい公共空間にふさわしいプロダクトが出てくると思います。

鈴野 コロナ禍の状況だったので、応募自体が減ってしまうのではないか、クオリティも下がってしまうのではないかと思っていたのですが、ベスト100の対象を絞り込むのも難しいくらい質量ともに充実していました。そのことには、審査している自分たちも、勇気をもらいましたし、希望を持つことができました。

佐藤 全体的な特徴として、3つのポイントが挙げられます。ベスト100に選ばれたイスに代表されるように、オフィス家具においてカジュアル化が進んでいるということ。また、小売の現場において、情報技術によって、さまざまなものがキャッシュレス化やIT化している傾向が見られました。さらに、世の中全体にセキュリティ感覚が高まっているということで、防犯カメラや顔認証システム、ゲートなどが進化していることを感じました。
今年は以上の3点に代表されるような変化が顕著に見られ、わかりやすく新しいものが出てきているという波を感じました。
社会全体が、どんどん変革している状況を感じるのですが、それは新しい提案やデザインが生み出されていくチャンスを迎えているということでもあると思いますので、来年以降がますます楽しみになりました。

田子 時代は今、不確実性が高い状況になっています。そんな中で、コロナ禍により、今まで暮らしていた日常の正解というものが根底から覆されました。これまでだと、デザインにおいて、ある程度なんとなくの正解は見えていたはずです。ところが、その根底が崩れた今は、新しい納得感のあるものが選ばれていくようになるはずですし、企業も新しいチャレンジをしていかなくてはいけないと思います。
もう一つは、もともと働き方改革のような、QOLを高めながら生産性や効率性を急激に落とさないで保つという課題が認識されていたところですが、今回コロナ禍が発生したことでこの傾向は一気に強まったはずです。今年の応募には、まだ去年の余韻が残るようなプロダクトも多かったのですが、少なくとも早く今年のモードに修正をしているような兆しは見て取れたので、今後どのように社会に対し、変化をもたらし、人の暮らしに対して豊かさを与えてくれるのか、そこに期待したいです。
先ほど鈴野さんもおっしゃっていたように、コロナ禍で開催自体が危ぶまれた中で、たくさんの応募をいただいたということで、これはデザインを武器にして産業を活性化したいという意志の表れだと思っていますし、そういった企業に対して本当に敬意を表したいです。私たちも勇気をいただきましたので、これからのみなさんの更なるチャレンジを応援していきたいと思っています。

↓ こちらもどうぞ
2020年度グッドデザイン賞 ユニット12 - 店舗/オフィス/公共 機器設備 審査講評