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環境負荷の視点からイベントを問い直す。“グッド”な展示会はいかに形作られる?2022年度グッドデザイン賞受賞展の全容

10月7日(金)〜11月6日(日)に開催される、2022年度グッドデザイン賞受賞展(GOOD DESIGN EXHIBITION)。本年度は「Change for Good.」をテーマに、受賞作の展示に加え、展示会そのものをより“Good”なものとする取り組みに挑戦しています。本記事では、新しい展示会づくりの参照先を作るべく、展示会の詳細と背景意図を紹介します。
*受賞祝賀会部分追記:11月9日

時代と共に変わり続けるデザインを捉え、その時々の“グッド”を定義し続けてきたグッドデザイン賞。だからこそ、グッドデザイン賞自体も社会や地球にとって“グッド”にデザインされなければならない──そんな想いのもと、総合ディレクターの齋藤精一を中心に作り上げられたのが、2022年度グッドデザイン賞受賞展だ。

受賞展では、グッドデザイン・ベスト100の展示を中心に、全受賞作品が発表された。様々な興行などに携わってきた齋藤は、テンポラリーなこういった場をより“グッド”にデザインする重要性を感じ、「Change for Good.」という言葉を受賞展のコンセプトに据えた。

掲げたコンセプトを実現すべく齋藤は、グラフィック、空間、マテリアルなど各領域の一線級のクリエイターを招聘。別記事ではこの受賞展が生まれるまでの裏話をレポートしたが、その肝いりプロジェクトはどのような受賞展に結実したのか。実際に完成したものを土台に、詳細と背景意図を紹介していく。

コンセプト:できるだけ廃棄物を出さない、GOODな展示会へ

「今のGOOD」のあり方と、「これからのGOOD」の兆し。様々な試行錯誤を経て、現代に生み出されたGOODなモノやコトを通じ、それらを使う人、つくる人すべてが、未来のGOODを考えるきっかけになりたい──そんな想いから策定された、「Change for Good.」というコンセプト。

この言葉の背景には、コンセプトディレクターを務めた、コピーライター/クリエイティブディレクター小西利行が定めた「4つの視点」が反映されている。

◆視点1:グッドデザイン賞そのものの、あり方の提示
過剰で美しさ重視のデザインではなく、明確に「グッド」のためのデザインを評価する。そんな根本的な方針転換を体現する場所にする。
◆視点2:グッドデザイン賞から、展示へのメッセージ
ただ受賞作品を展示するだけでなく、あるべき展示デザインについてのメッセージの発信源となる。その際、例えば「よくない未来の拒否」といったレベルの強いメッセージを発信する。
◆視点3:せっかくなので、この展示から、新しい視点を提示したい
今この瞬間、目の前の喜びだけでなく、ずっと先や遠くに想いを馳せるような体験を設計する。
◆視点4:あたらしくつくらない
例えばグラフィティや黒板アートのように、存在しているものにプラスして後ほど消す。あるいは瓶やポスターの再利用のように、新しくつくらないデザインにする。

「Change」という言葉の裏には、「この展示会そのものを抜本的に変えたい、」という確固たる決意が込められた。

昨今、デザインにおいては、サプライチェーンや素材まで含めた目配せが当然のように問われるようになっている。例えば、プロダクトやファッションといった「モノ」を扱う分野では、地球環境や社会構造への負荷に関する議論が当然のように行われている。

そんな中で、「展示会」という営みに関してはあまり大きな変革が起こっておらず、相変わらず大量の廃棄物を出すものが大半だ。むろん、コロナ禍の影響でここ数年、オフラインの展示会そのものが満足に開催できなかったという事情もあるだろう。しかし、だからこそグッドデザイン賞受賞展は、この2022年における「グッド」な展示会のかたちを指し示す責務があるはずだ。

できるだけ廃棄物を出さないGOODな展示会へ──。以降では、そんな使命感のもとでデザインされた展示会の具体的なアウトプットについて詳しく見ていこう。

グラフィック:「最小の要素で最大の効果をもたらす」ために

まず、紹介するのはグラフィック。環境に関する課題感から考えるとつい「リサイクルできるようにする」「サステナブルな素材を使用する」といったことが想起されるが、今回の「Change」という言葉はそういった表層的な変化を志すものではない。ビジュアルのデザインにもその思想は明確に反映される。

キービジュアルおよびグラフィックを担当した、グラフィックデザイナーの色部義昭は、「最小の要素で最大の効果をもたらすこと」に気を配ったという。

大きな面を作ってアイデンティティをかたちづくると、その分塗装や印刷などでエネルギーや資源を消費することになる。ゆえに、「最小の要素」から考えるのがビジュアルの設計には欠かせない前提条件となった。

他方で、今回の展示会はあくまで伝統あるグッドデザイン賞の、年に一度の祭典。デザインの品質は決して譲れるものではない。迷ったら環境負荷の低い素材を選ぶ、紙や板材などの資材の取り都合についても考える、長く使えるものは長く使えるように作ることで廃棄物をつくらない……サステナビリティに最大限配慮したうえで、ハレの場としてのクオリティも担保することが不可欠だった。

そこで、グッドデザイン賞の晴れ舞台だと一目でわかるよう、キーカラーである「赤」を基調に、赤い線を中心としたビジュアルを制作した。

受賞展が開催された、六本木の東京ミッドタウン・デザインハブのエントランス
ミッドタウン内にも統一されたデザインの広告を展開

とてもシンプルな打ち手ではあるが、グッドデザイン賞のものとして記憶に残る。この赤い線を基調に、展示空間(後述)から、サイン、ポスター、ウェブサイトまで統一性のあるアイデンティティが実現した。

空間:空間特性を最大限活かし、少ない手数で特別感を生み出す

色部が設計したビジュアルは、空間ディレクションを主導した建築家の永山祐子によって展示空間にも展開・反映されている。

前述の「最小の要素で最大の効果をもたらす」という方針と同じく、「作り込むことで仕上げるのではなく、少ない手数だけれど空間性と特別感を生み出すこと」を意識したという。

見ただけでグッドデザイン賞の受賞展だということが感じ取れるよう、赤い線を用いた表現を空間に投影。会場内縦横にリボンを走らせるというシンプルな手による意匠を纏わせた。ここには会期後に面材等のゴミが可能な限り出ないようにという意図が込められる。それを反映するように、展示用の什器も新たに作るのではなくレンタルパレットを活用し構成している。

パレットを中心に構成された什器は、空間特性を最大限活かす意味も持つ。展示台の高さを低く抑えることで、会場に足を踏み入れた瞬間の見通しの良さがとても印象的だ。入った瞬間に広がるパースペクティブな空間は、今回のキービジュアルの3次元化を意識しているという。

また、赤い線(テープ)を空間全体にぐるぐると巻く形にすることで、線によって空間が区切られ、ゾーンごとにテーマを設けたり、壁面に直接言葉を重ねるだけでも演出として見せることも可能になった。

マテリアル:“スクラップ&ビルド”から脱すべく、素材を根本的に見直し

もちろん、素材(マテリアル)も重要な論点。単なる「リサイクル」や「リユース」に限らない観点で、Changeに向けた施策が展開された。

マテリアルディレクターを務めたプロダクトデザイナーの倉本仁によると、本展のマテリアルディレクションの大方針は以下の通り。

まず、これまでの“スクラップ&ビルド”の展示会のあり方、すなわち「展示会のためだけに素材を集め、終わったら廃棄」していたかたちから脱し、新しいイベントのあり方を提案すること。そして、持続可能で、環境にも心にもヘルシーな素材を、積極的に採用することだ。

実際のマテリアルディレクションにおいては、展示会を構成する資材を、木材や段ボールなど、できるだけ再利用できるものに置き換えていった。

色部がデザインした、特別賞受賞作品を指し示す“サイン”となる木製のブロック。本年度だけではなく来年度以降も継続して利用できることを考え、意匠上のデザイン・素材選定がなされている
通路両脇のパネルには、エコボードが使用されている

その際、再利用できる資材を可能な限り使うものの、ハレの舞台である受賞展・受賞祝賀会の華やかさを備えることには特に留意したという。とりわけ、受賞祝賀会における胸章(ロゼット)など受賞者の手元に残り続けるものには相応の品質とストーリーを担保することを意識。

受賞者が身につける胸章。リボン素材は廃棄される予定だった漁網やエアバッグを原料とした再生ナイロン樹脂素材「REAMIDE®」を用いている。これは、再生素材を開発するリファインバース株式会社のプロダクト

ちなみに、会場内縦横に引かれたラインテープは当初、リサイクル素材を検討していたが、結果的には採用しなかった。コストがかかりすぎるからだ。最終的には、安価に手に入りやすいクラフトテープを使用しているという。

いくらサステナブルになったとしても、コストがかさみすぎて再現可能性が低くては意味がない。この選択から、現実的に社会への影響力を及ぼしていこうという強い意志が伝わってくる。

展開:ポップストア、受賞祝賀会も「Change for Good.」に

こうしたデザイン方針は、展示会場のみならず、関連するあらゆる空間に展開されている。

まず、10月14日(金)~11月3日(木)の期間限定で六本木ミッドタウンにオープンするポップアップストア「GOOD DESIGN STORE TOKYO by NOHARA POP UP STORE」。「これからのGOOD」につながる商品を中心に、新旧含め約50点の受賞作が取り揃えられている空間だ。

ここも展示会場同様、ラインテープを用いた意匠で受賞展との連続性を担保。さらにはコンテナボックス、パレットなど再利用可能な資材を什器に活用して空間を構成している。

リアル空間のみならず、Webサイトも同様の方針でデザインされている。

昨今では特にキャンペーンなどの場合、動きなど“演出”を多く盛り込む傾向にある。これは訪れた人の目を引く反面、電力をはじめとする資源を消費しているという捉え方もできる。

ゆえに、今回はできるだけ過剰な動きを盛り込まず、色部が設計したアイデンティティを表現できる範囲の中で極力シンプルなWebサイトを意識し、デザイン・実装したという。

そして、グッドデザイン賞随一の晴れ舞台である、受賞祝賀会。

受賞祝賀会場で記念撮影などの背景としても使われるメインパネル(フォトコールパネル)もまた、色部が提示したアイデンティティを反映したラインによる意匠があしらわれた。面材はリユースパネルを用いており、近くで見るとその素材感が見て取れる。

実は、このパネル材についてはプロジェクトチーム内でも大きな議論を呼んだ。記念撮影等でも使われる「晴れ舞台」としての側面も強い場のため、素材感が出すぎるのはいかがなものか——という声もあった。一度はリユース材にしない方向でまとまりかけたものを、「Change for Good.になれていないのでは」と齋藤自ら問いかけ、最後まで調整を重ねた結果実現した。

このパネルの前で撮られた数々の「記念写真」に、今年の姿勢を表す最たるものが写りこんだのは、プロジェクトとしても大きな意味があったに違いない。


「Change for Good.」を掲げて実施された、2022年度グッドデザイン賞受賞展。総合ディレクターの齋藤精一をはじめ、デザインを手がけたクリエイターたちが口を揃えていたのが、「本展を機に、新しい展示会のあり方を提案する」ということだった。

つまり、約1ヶ月の展示期間が終わっても、この挑戦は終わらない。むしろ受賞展が終わって「から」が、むしろ真価が問われるのだろう。今回の受賞展にインスパイアされ、これまでの展示会のあり方を問い直す取り組みが出てこないと、意味がないのだ。

もちろん、この受賞展は一つの暫定解でしかない。しかし、2022年現在の技術水準やコスト感に鑑みると、一つのモデルケースとなりうるアウトプットとなった側面もあるとは思う。本記事を“レシピ”としつつ、より一層“グッド”な展示会やイベントが続々と現れたとしたら、グッドデザイン賞の運営としてこれ以上の喜びはない。