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大学の授業とモチベーション

 一般論としては意見が分かれて難しいかもしれない話について、個人の意見を書いておく。きっかけはTwitterアカウントに届いたこのメッセージである。書いてくれた人は自分が感じたことをうまくまとめてくれていると思う。以下の文章は書いてくれた人にではなく、書いてあるような「雰囲気」みたいなものに関する私の考えである。

必修と選択という基本的なこと

 2021年度時点で私が受け持っている授業はおおまかには選択科目と必修科目の二種類に分けられる。学生からすればどちらも単位が取れるに越したことはないのだろうが、選択科目は仮に私の授業で単位が取れなくても他の科目で補えれば進級や卒業には関係ないのに対して、必修科目は私の授業がとれなければ卒業はできないし、条件によっては進級することすらできなくなる。同じような扱いの必修科目は他にもいくつかあって、学生達はみんな頑張って単位を取ろうとするのだと思う。2021年度の私の選択科目では試験は行っていないので、このメッセージはたぶん必修科目を受講していた学生からかなと予想している。なお、私は選択科目と必修科目では求める水準に差違がある(そもそも科目が異なるのだから当たり前だと思う)。

容赦ないらしい

 さて、このTwitterに届いたメッセージをよく読んでみると、私の授業の内容は「(相対的には)決して難しくなかった」とある。これを書いたのが受講生だとすれば試験の難易度に関しては不合理な点はなかったと感じているのだろう。ありがたいことである。一方で、「授業の内容を理解しようというモチベーションがない学生に対しては(相対的に)最も容赦がない科目」と書いてある。容赦がないらしい。そう思われることは悪くないし別に構わない。

理解しようというモチベーション

 でもこの文章を読むと私は強い違和感を覚えてしまう。

授業の内容を理解しようというモチベーションがない学生

上記メッセージから

「授業の内容を理解しようというモチベーションがない学生」ってなんだろう。大学に来て自分が受講している授業 〜それもたぶん必修だと思われる〜 に対して「モチベーションがない学生」とは??そして「理解しようというモチベーションがない学生」に理解してもらうための工夫とはなんだろうか。私もそれなりに質問の機会を増やしたりして「わからないことをわかりたいと思う学生」に対してはかなり丁寧な対応をしているつもり(それすら十分ではない面はまだある)だが、「わかろうと思っていない学生」に対してはどうすれば良いのだろう。もちろん、自分なりに「学生のモチベーションを高める」方法を検討する余地はあると考えていて、今後も試みていくことにしている。果たして、他の必修科目では、そもそも「わかろうと思っていない学生」がいないのか、それともそういう学生でも「わかろう」とだんだん思えるような仕掛けを施しているのだろうか。大変興味がある。
 仮に、「わかろうと思っていな」くてもわかるような必修の授業があるならそれは是非その手法を知りたい。そもそも最後まで「わかろうと思っていない学生」がいるのならそういう学生はどうやって合格しているのか疑問である。「わかろうと思わなくてもわかる授業」って??シラバスには到達目標が書かれているから、「わかろうと思わなくても」その到達目標の一定のレベルには達しているのだろうか。これはちょっとわからない。まさか「わかろうと思わない学生」が「わからないまま」合格して単位もとれているなんて事はあるまい。ましてや必修科目である。年次進行のカリキュラムの中で「この内容を理解していることが必須」とされているから「必修」なのであって、それを「わからないまま  〜というか最低限のレベルに達しないまま〜」合格するなんて事はありえないだろう。少なくとも自分の必修科目ではありえない。謎である。

質問が見つからないらしい

 次に、「質問すべきポイントを見つけるとこまで勉強するのはなかなか大変」だそうだ。そりゃ、モチベーションがなかったらそうなるだろう。でも質問することが思いつかないぐらい理解しているならそれで普通に合格点はとれるわけで、それはそれでなんの問題も無い。個人の思いとしては、毎回の授業(予習も含めて)で「わからないところ」を探しながら参加してほしいと考えてはいるけれど、個人差はあるだろうから、質問しなくてもわかってるならいい。

平常点について

 あと、「身につけていないと平常点はとれない」と書いてある。まぁこれは当たり前である。毎回の内容あるいは前回の内容が身についているかを毎回確認するのが小テストであり、端的に言えばその積み重ねが平常点である。教室に来て座ってるだけで取れる点数など無い(出席点は禁止されている)のだから。

教員の理想と学生の期待

 教える側としてやはり理想をいえば、学生がすこしでも「わかりたい」と思って努力してわずかでもわかることで、そしてそれを積み重ねることで、結果として合格点を取ることができて単位が得られるべきだろう。「理解しようというモチベーションがない」というのはちょっとどうしたものか。
 「そもそも単位とは学習の結果として得られるもの」といった話は毎年年度初めに説明しているような気がするし、その時入学したての学生は「そりゃそうだよな」って思ってるはずなのに、一年経つと「単位」だけを期待するようになる人もいるのだろうなぁ。


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