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カゲロウの季節

野菜と関係ない虫



マルチをはったうねに定植したインゲンを見ていた妻が言った。
「虫がついてる!これ何の虫?」
インゲンを食べにきたんじゃないかと心配しているのだ。妻は知らない虫を見ると野菜を食べてるんじゃないかと疑う。
「それ、野菜には関係ない虫だよ」
ぼくは答えた。

カゲロウという虫


マルチを貼ったインゲンのうねの上にいた羽虫はカゲロウだった。カゲロウの幼虫は水棲昆虫で小川の川床にひそみ苔や有機物を食べて育つ。この幼虫にはエラがあって水中で呼吸できるのだ。
成長した幼虫は川岸で脱皮して羽の生えた成虫となり川から大気の中に飛び立つ。空中で出会ったオスとメスは交尾をして、それから産卵してカゲロウはその短い生涯を終える。成虫は食をとらないという。幼虫の間に体内に蓄えたエネルギーだけを頼りに飛び続けるのだ。カゲロウの成虫は産卵という目的のためだけに出撃する特攻機である。

マルチの川



ではなぜ野菜を食べないカゲロウの成虫がうねの上に飛んでくるのだろう?
よく見るとカゲロウはお尻をつんつんとうねに張ったマルチの上に当てている。ぼくはカゲロウのオスとメスの違いを見分けることはできないけど、この行動から察するにこれはメスで産卵をしに来ているのだと思う。
ぴっちりと張られたマルチの表面は光を反射して光沢を放つ。まるで川面のように。川に生まれ育ったカゲロウだけど彼らは川の姿を知らない。太古からの記憶によりある種の光の反射率に反応して産卵する習性なのだ。
昆虫類にも神経はあるがぼくたち人間のような脳を持たない。彼らは限られたメモリーの神経ネットワークを利用するしかない。だから自分たちの生活に関わる自然界の現象を要素を抜き出した形で認識している。虫たちが見ている世界はけっこうデジタルなのだ。

カゲロウの季節



そういうわけでカゲロウたちはこの季節にマルチを張ったうねに飛んでくる。
マルチャー(マルチ張り機)なんて便利なおもちゃのないうちの農園では手作業になる。マルチがたわんでいると風にあおられて剥がれてしまう。ぼくは張り終わったマルチにカゲロウが飛んでくると
ぴしっと張れたんだなと思うのだ。

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