【小説】「天国のこえ」6章・駅ビルの占い(2)
「お疲れ様っしたー!」
「はい、お疲れ様です…」
時刻は十八時になるところだった。
定時から、三十分はオーバーしている。
それでも、今日は配送業者さんは早く来てくれた方だった。
「疲れた…」
私は配送業者の若い男性が去ったあと、ため息をついた。
荷物がごっそりなくなり、社内メール室自体が軽くなったような錯覚を覚える。
私は、ぐるりと歩き回り、指差し確認を行った。
「ここは、オッケー。ここもオッケー…」
送りそびれた荷物などあったら、かなり大ごとになるので、私は自分でも病的なほど慎重に最終チェックを行うようになっていた。
病的でもなんでも、ミスはない方がいい。
私は、そう思い自分を納得させていた。
社内メール室の鍵を閉めたか、何度も何度もドアノブに手をかけて確認した。
「よし、大丈夫」
私は踵を返し、九階のオフィスへ向かうべく、エレベーターホールまで歩いた。
エレベーターのボタンを押し、しばらく待つ。
もう定時は過ぎたから、合計四台あるエレベーターは、どれもスカスカだ。あまり待つ必要はなく、一台のエレベーターが到着し、私はそれに乗り込んだ。
「お疲れ様です」
九階のオフィスに入ると、ほぼ残っている従業員はいなかった。
そんな中、私のデスクの隣に座るトモコだけは、なにやらパソコンにカタカタと打ち込んでいる。
「あら、お疲れ様!今日は業者さん、ちょっと遅かった?」
私の方へ顔を向け、いつも通りの芝居がかった口調で声をかけてくれる。
トモコの場合、大体本心からものを言ってない時は、なんというかリアクションが「芝居」なのだ。
トモコは私が生まれる前からこの会社に努める大ベテラン。プロという自覚があるからなのか、表立ってネチネチと後輩をいびることはしない。
「はい…業者さんも忙しいんですね」
私は私で、トモコには強ばった笑みを向ける。多分、私がトモコに対して、苦手意識を持っているのはバレている。
お互い、タヌキなのだ。
「そうねえ〜、でもね、木村ちゃん、業者さんがどんなに忙しくても、こっちの都合があるんだから、ちゃんと早くくるよう言った方がいいわよ?」
トモコは正論を言った。
業者さんにお願いして、早く来てくれるものなら、そうして欲しいのは山々だが。社内の人ならともかく、社外の人に何か物申すのは苦手だった。
「そうですね…、お願いしてみます」
そう言うと、トモコはにっこり微笑んで、「そうしなさい」と答えた。
「じゃあ、お疲れ様でした」
私は軽く頭を下げた。
トモコは「お疲れ様〜」と言って、再びパソコンに目を向ける。
(いつも思うけど…この人なんで毎日残業しているんだろ)
トモコは毎日毎日、遅くまで残って作業していた。そんなに仕事量が多いのなら、課長に相談して他に振ればいいのに。と、私は常々思っていた。口には出さないけれど。
私の真向かいのデスクに座るマナなんて、残業大嫌いで定時になったら風の如く会社から消えると言うのに。
私はロッカー室から荷物をとり、会社を出た。
身体が、鉛のように重たい。まるで、妖怪が背中におぶさっているようだ。
「疲れた…けど、まっすぐ帰りたくないな…」
家に帰っても、どうせ疲れでベッドに倒れ込むだけだし、面白いことはなにもない。
ふらふらと、私は駅ビルの方へ向かっていた。気分転換に色んなショップを巡ってみよう。
私は、駅ビルに入っている、服屋や雑貨店などを見て回り、特に何を買うでもなく、彷徨っていた。
暫くうろうろするなか、そこでふと、小さくパーテーションで区切られた、「占い」コーナーが目についた。
「占い…」
ぽつりと呟く。
いつもは素通りをするのだが、占いなんて自分でしかやったことないし、人からみてもらうのは、それはそれで面白いのではないか、と淡い期待を抱いた。
少し緊張しながら、占いコーナーへ近づく。
占い師…はどんな人なのだろうか。
コーナーに小さな机を置き、椅子に座っていたのは、初老の女性だった。なにやらノートパソコンに目を向けている。
こつ、と私の靴音が鳴った。
すると、私に気がついたのか、占い師の女性はパッと顔をあげ、にっこり微笑んだ。
「あらまあ、素敵な色のお洋服!」
穏やかな口調で、彼女は私を見て言った。
「え、あ、ありがとうございます」
反射的に私は礼を言った。その日は、ふわりとした桃色のカーディガンを羽織っていた。
「えと、占いをお願いしたいです…よろしくお願いします」
心臓がドキドキと鳴る。
「ええ、どうぞどうぞ。座ってくださいな」
女性は、スッと客用の椅子に手を差し伸べた。
私は、会釈しながら、椅子に腰を下ろしたのだった。
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