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【小説】「天国のこえ」4章・空先生(1)

 少し肌寒い日だった。
 「天国のこえがきこえますか?」の著者、「空先生」の講演会へと向かうために、私は朝早くから電車とバスに揺られていた。
 見慣れない風景に少し緊張しながら、バスの降車ボタンを押す。
 「〇〇会館…は」
 スマホのマップをじっと見ながら立ち止まる。あと五メートル歩いた先のビルが会場らしい。
 別に恋人に会いに行くわけでもないのに、少し気合を入れて、ひらひらと裾が舞う小花柄のワンピースを着て、明るい藤色のカーディガンを羽織っていた。
 神様に等しい方に会いに行くのだ。私の気合も並々ならぬものだった。
 ヒュウ、と冷たい風が吹き、思わず身を縮こませる。
 「早くビルの中に入ろう」
 ひとりごちて、足を早めた。

 着いた先のビルは、かなり大きな外見をしていた。
 中に入ってみると、あちこちに会議室らしきものがある。
 受付らしきカウンターの側には大きなホワイトボードがあり、「〇〇社面接会場1階A1会議室」などといった類の文字がずらずらと書かれていた。
 このビルは、多種多様な会議室の集まりのようだ。

 「講演会は…」と、目的の部屋を探す。
 二階の小さな会議室が、講演会会場のようだ。

 キョロキョロと、企業面接に来た学生のように私は震えていた。
 空先生に会えるという期待もあるのだが、どれほどの、どんな人が集まっているのだろう。
 そうこう考えているうちに、講演会会場の受付にたどり着いた。
 受付は、簡易的な折りたたみの長机を二つ並べてある形だった。
 特に表情の読み取れない、受付に座る女性に、おずおずと、「木村…朝子です」と名乗った。確実に声が上ずっていた気がする。
 受付の女性は手元の白い名簿をたどり、「はい、木村…様。木村朝子様ですね。確認できました。…では、3500円になります」
 私は若干震える手で財布を鞄から出し、丁度の金額を渡した。
 「ありがとうございます。中に入られて、お好きなお席へどうぞ」
 私は軽く会釈をし、会議室の白い扉を開けた。
 早めに来たからなのか、会議室にいる人はまばらだった。
 どういう年齢層の人々が来るのか、と疑問だったが、老若男女、ある意味バランスよく居た。
 会議室の後方には、「天国のこえがきこえますか?」の本だったり、関連の書籍、DVDが折りたたみの長机にずらりと並んでいた。

 そして、会議室前方の大きなホワイトボードの方を見ると。

 ずっと憧れていた、「空先生」が、映像の姿のまま立っていた。

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