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2023年8月12日 主日礼拝説教の感想

説教題「あなたがたをかき乱す者たち」
ガラテヤ人への手紙 6章16節【新改訳2017】

今日の主日礼拝の説教で印象に残ったのは、ガラテヤ書6章15節の「新しい創造」という言葉の釈義でした。

[ガラテヤ人への手紙 6:15]

割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 許諾番号4-2-3号

新しい創造とはケニクティシス→「質的に新鮮な創造」という原文の意味で、そこからギリシャ語の2つの「新しさ」という言葉を教えられました。

①ケノス→「質的な新しさ」
②ネオス→「時間的な新しさ」

①は少し難しいですが、②は過去・現在・未来における新しさという意味合いです。

ガラテヤ書では、先述したようにケノス(質的な新しさ)が使われていました。
では、「質的な新しさ」とは何か?
端的に言うと、「罪と死の法則から移される」ということだそうです。

私はこの言葉を悔い改めと結びつけて、今の自分と過去の自分を比べました。

過去の自分はとても自己中心的な人間でした。
私自身が愛されたいと考える人間でした。
そして、人の愛を求めては、愛されていないと思った瞬間に、相手を突き放すような人間でした。
それは、伝道者に対しても同じことを私はしていました。

しかし、私の身に大きな事件が起こったのです。
詳細は言えませんが、聖言で語るならば「初めの愛」に戻らされるほど、大きな悔い改めを神から促されたのです。
私にとって、試練であり、同時に過去の私が何を望んでいたのかを思い出させられた出来事でもありました。

[ヨハネの黙示録 2:4,5]

けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
だから、どこから落ちたのか思い起こし、悔い改めて初めの行いをしなさい。そうせず、悔い改めないなら、わたしはあなたのところに行って、あなたの燭台をその場所から取り除く。

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 許諾番号4-2-3号

私はいつの間にか、自分の召しを忘れて、最初に神様に祈ったことを忘れて、自分の欲望にふけてしまっていました。
それで私は、持病の症状を悪化させて、最悪の状態になっていました。
私は見事に神の聖心を損なって、打たれていた。
このことにすら気付けていませんでした。
なぜ、病気が悪化の一途を辿るのかすら分からなかったのです。

しかし、その事件があった後、私は自分の初めの祈り、初めの愛を思い出させられました。
それは、「教会に仕えること」です。
「伝道者を支えることに、私を好きに使ってください」と、私は切実な思いで過去に祈っていました。
神様はそれを忘れておられなかったのです。

そして、私がその祈りから離れた月日を過ごしていた時に、気付きを与えようと、何度も私を悔い改めに導こうとされていました。
ですが、私はこの事件が起こるまではそのことも分からなかったのです。

何のために教会の拠点に来たのか。
それを今、問われています。

これから、もっと教会の仕え人となり、伝道者を支える者となるように、初めの愛に立ち続けることを思わされています。
これが、私にとって「新しい創造」となりました。

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