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鬼怒川旅行② 2日目 果てなき日光東照宮

 丈の足りない布団でも、何の問題もなく爆睡できた。できたて湯豆腐をはじめとした宿の美味しい朝食を食べた私と友人は、川治湯元で紙の切符を買うと雪の残るホームから列車に乗った。
 この旅のメインイベント、日光東照宮観光に向かうためだ。

 日光東照宮は最寄りの駅からバスでしばらく行ったところにあるらしい。駅のロッカーにキャリーケースをぶち込み、東照宮行きのバス停に並ぶ。土日ということもあってかかなりの人出でなかなかバスには乗れそうにない。
 おもむろに前に立つユカコがバッグから取り出したコンビニパンを立ちながら食べ出した。朝食を食べたにも関わらず、そして今夜の宿が豪華ビュッフェで有名な「あさや」である事を知っているにも関わらず、愚かな女だ。

 ようやく来たバスに乗り、私達は「神橋」バス停で降りた。
 バス停の近くにはその名のとおり神橋があった。朱色が美しい橋で、川面に映った青空に映えいっそう鮮やかだ。

神橋。基本立ち入り禁止。

 なんでもその昔、川を渡れずに困った僧侶が仏に祈願したところ、顕現した蛇王権現が2匹の蛇を放り投げ橋としたのがこの神橋であるらしい。蛇側の気持ちは…?と思わないこともないが、仏もそこは所詮は畜生と判断したのだろう。

 神橋を少し歩いた右手に登山道があった。日光東照宮に辿り着くにはこれを登らないといけないらしい。登り出して分かったがきっつい。傾斜もだいぶあるうえに「頂上まで登るんか…?」というくらいの距離を延々登らされる。

道すがらあった見ざる言わざる聞かざる。
人生で実践できてないことの一つ。


 辿り着いた日光東照宮はとにかく「黒!!金!!」という印象の建物だった。ボディは黒、フレームは金、そのほかの部分は極彩色で数多の装飾がされている。

日光東照宮。とにかく派手。

 重厚で豪華絢爛だが独特で、あまり日本の寺社仏閣という感じはしない。じゃあどこの国の寺かと言われれば困るが、この盛りだくさん具合はなんならシンガポールのチャイナタウンで見た中国の寺に近い気がする。

 豪華さに感心しながら寺を見てまわっていると、おばが一点を指さした。
「あれ!ほら、眠り猫だよ。」
 見上げると、欄間部分に1匹、花と共に眠る猫がいる。どこにでもいそうな普通の猫で、すよすよと気持ちよさそうに眠っている。

眠り猫。かわいい。

「ほんとだ!猫おる!眠り猫ってなんなん?」
「なんか有名なやつ!」
 ガバガバの知識を分け与えてくれるおば。

 この眠り猫、どうやら本当に有名なようで欄間の下や解説と思しきプレートのある一帯には人がごった返していた。眠り猫が彫られている門の向こうにも何かがあるらしく、列をなして人が流れ込んでいく。半ば人波に流されるように私たちもその列に加わった。

 体感五千段はあったと思う。
 何とはなしに列に並んだ私達は、山道の石段を延々登り続けていた。「なんか宝物殿とかあるんかな」くらいの気持ちで気軽に列に並んだのにとんでもない修練を課せられている。
「死ぬて…。」
 息切れしながら石段の踊り場の脇にそれ、後ろの人に道を譲る。ほんとになんでこんな事になってしまったんだろう。おそらく1番バテているであろう汗だくのユカコ、それに並ぶ私、ライザップのトレーニングで慣れているはずなのに普通に疲れ果てているおば、在宅ワークでニート同然のはずなのにあまり疲れていなさそうなユキ、全員とても観光に来た奴の表情ではない。
「さっきから3回くらい『ようやく終わりか…!』と思っては道は続くを繰り返してるから絶望感やばい」
「これもう山越える可能性あるやろ」
「この道をまた帰んの?」
 苦悶しながら文句を言い続けるが五千段登った手前、引き返す事もできない。もうここまできたら登り続けるしかないのだ。

 死にそうになりながら石段を登り続け、ようやく山の中の拝殿へと辿り着いた。麓の極彩色拝殿とは違い色調は抑えられており、こちらの方がだいぶ寺っぽい。
 順路に従い歩いていくと、石畳が敷かれただだっ広いスペースに石で作られた鶴と亀、そしてでかい鐘を地面に置いて屋根をつけたような謎の銅像があった。

「家康の墓だったかー」
 解説の立て札を見て、恨みすら感じるガッカリ感を滲ませながらユカコが呟く。私も全く同じ気持ちだった。特段好きでも嫌いでもない家康。その家康の墓を見る為に体感五千段の石段を登ってきたのか…。
「これ墓の部分どれ?あの鐘が墓なん?」
「家康の子孫って盆のたびここに墓参りに来るのかな?大変過ぎない?」
 一ミリも家康を悼むことなく適当な感想を口にし続ける友人達。家康も死後にこんな奴らが墓に来て嫌だろう。
 かくいう私も『鶴と亀がある…そういや昔なんかの都市伝説で、カゴメカゴメの歌の鶴と亀は家康の墓の鶴と亀を意味していて、その後ろの正面に徳川の埋蔵金があるってやつがあったよな…てことはこの石畳の下に…金が…』と、家康とは全く無縁の一攫千金情報に想いを馳せていた。

 なんやかんやで家康の冥福を祈り石畳横にあった叶い杉にしれっと願い事を済ませた後、私達は疲れた身体に鞭打って来た道を急ぎ下山していた。
 のだが、途中またしても目につい人だかりに引き寄せられ、気付けば薬師堂で坊主とは思えぬ軽快なトークの僧侶の解説と共に鳴き龍を鑑賞しそのうえお守りまで買っていた。家康の墓で後悔したばかりなのに、早速またよく分からない行列に並んじまった。たぶん一生よく分からない行列に並び続けるだろう。

 時間が迫っていた。日光東照宮のある山にはいくつかの寺社群が間隔を開けて散らばっており、実は行きの電車のチラシでその中の一つのお寺「輪王寺」でお守りづくり体験ができる事を知った友人が予約を入れてくれていたのだ。予定外の家康の墓参りイベント発生により大幅に時間が遅延したため、身体に鞭を打ち駆けるように目的地に向かう。

 息切らし輪王寺に着いた私達は、なんとか集合時間に滑り込んだ。まずはお守りを作り、その後お寺を案内してもらえるらしい。見るからに優しそうなお坊さんが境内にある事務所らしき建物に案内してくれる。

「電車でいらっしゃったんですか?」
 突然私達の交通手段を言い当ててくるお坊さん。驚いていると、ふふ、と笑いさらに続ける。
「実はこのお守り作り体験、あの電車のパンフレットでしか知ることができないんですよ。」
 なんでまたそんなニッチな宣伝方法を…?寺だから…?

 混乱する私達が通された事務所の部屋には長机が置いてあった。机の上には和柄の印刷がされた色とりどりの紙と帯紐のような細長い短冊状の紙、梵字のような謎の模様が書かれた紙が載っている。

「この柄のついた紙がお守りの外側、短冊状の紙はお守りの中程をぐるりと巻いて留めるものになります。お好きな組み合わせを選ばれてください。こちらの梵字の書かれた紙はそれぞれ干支に応じた菩薩様となっております。お生まれの年を選んでください。最後にこちらが、お願い事を書く紙になっております。」

 なるほどなるほど。ちょうど浴衣と帯みたいなもので、好きな組み合わせを選べばいいのか。一通りの説明を受け、お守りの柄を吟味する。お守りの外側の紙の種類は多く、祭りの浴衣のような可愛らしいものから、真っ黒に炎のプリントがされた厨二病の小学生の裁縫道具ケースの様な柄まで多種多様だ。
 私は水色の地に黄色や橙、紫の菊のような模様が印刷されているものを選び、帯には中央が紫、両端に細く金色が入っているものを選んだ。我ながらなかなかいい組み合わせだ。

こんな感じで組み合わせを選ぶ。写真を撮り忘れたので友達のを拝借。


 全員が紙を選び終わると、続いてお守りの中に入れる願い事を書く段階に入った。
 「どうぞ自由に願い事を書かれてください。」と言うお坊さんの笑顔に導かれ、私はお守りの中に書く願い事を『五億ください』にする事に決めた。極論これさえ叶うのなら他に何も望む事などない。これからロト6を定期的に買っていくから頼んだ。

 周りを見渡すとすでに願い事を書き終わったのか、紙を折りたたんでいる人までいる。私も早く書かなければ。
「あっ…!」
 しまった…!『五億ください』と書くつもりが、漢字を間違えて『五徳ください』になっちまった…!けどまぁいいか。七つの大罪の徳バージョンみたいに、きっと仏教の経典とかを探したら人間の五大徳みたいな感じで何らかの意味のある言葉があるだろう。むしろより御守りっぽいし、かえって良かったかもしれない。
 私の声に顔をあげ、訝しげにこちらを見ていたユキに紙を見せながら事情を説明する。ユキは驚きながらこう言った。
「五徳って、ガスコンロの上に乗ってる鉄のやつだよ。」
 …嘘だろ…ガスコンロの上に乗ってる鉄のやつって、五徳って名称だったのか…もう持ってる…。

 さすがにこれ以上の五徳は不要過ぎるので、恥を忍んで案内役のお坊さんに新しい紙をもらう。書き損じた紙は回収されたので、開かずに捨てられる事を祈るしかない。

 ようやく正しい漢字で『五億ください』を書いた私を含め、全員が書き終わった事を確認したお坊さんはお守りの折り方をレクチャーし、最後にこう言った。
「では、これからご祈祷をいたします。祈祷をする僧侶を呼んで参りますので少々お待ちください。」
 なるほど。よく分からないがお焚き上げみたいな感じで、このお守り達を積んでお経でもよんでもらうのだろう。

 ほどなくして入室してきた新たなお坊さんは金色の模様の襟がついた真っ黒な袈裟を着ており、手に数珠を持っていた。こちらも見るからに良い人そうな顔立ちで、僧侶でなければ人気の社会科教師になっていただろう。

「それではお一人ずつ、まずはこちらの方からお守りを持ってここに立たれてください。」
 え、一括じゃなく1人ずつ読経されんの?!
 勝手に職業診断をしていた最端に座る私が指名され、言われるままにお守りを手に持ち軽く頭を下げる。
 お坊さんは私の前に立つと、両手で何かの印を結んだ。NARUTOでしか見たことがないやつだ。舐めた事を考えながらぼーっとしていた私の頭上に、突如大声が響き渡った。

「ナマッサラマラマラウン!ナマッサラマラマラウン!ナマッサラマラマラウン!ウィアシ!ウィアシ!ウィアシ!」
 腕で十字を切りながら張りのある声で大喝する僧侶。

 だ…大喝…!想定の音量の10倍はある…びっくりした…!
 頭を下げたまま、度肝を抜かれる私。
「びっくりした…!山さん邪悪やから祓われたかと思った」
 席に戻った私に小声で囁くユキ。私もそう思った。
 その後お坊さんの大喝は邪悪な私以外の全員にも等しく繰り返された。お坊さん側の労力も相当だろう。だから電車のパンフレットからしか申し込めないのかもしれない。

 ご祈祷が終わり全てのお守りづくりの工程を完了した私達は、案内役のお坊さんの先導のもと、輪王寺の本堂見学へと向かった。

 本堂は落ち着いた色合いの重厚で荘厳、いかにも由緒ある寺といった風情の建物で、近づいて分かったのだがとにかくでかい。横幅もだが高さも相当あり、当然ながら天井も恐ろしく高い。そのせいかお寺の中は極寒と言って良いほど冷え切っていた。

 この本殿は別名『三仏堂』とも呼ばれており、千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音の三体の大仏が祀られている。これだけでかい本殿なので当然と言えば当然だが、祀られている大仏もこの上なくでかい。身の丈五倍はありそうな黄金の大仏が並び立つ様子は壮観で、確かにこれだけ大きければ大概の苦難なら助けてくれそうな気すらする。

 大仏の手前で立ち止まると、仏ど素人の私達にも分かるよう案内役のお坊さんが丁寧に解説をしてくれる。

 三体のうちの一体、右に位置する千手観音はその無数の手が表す数多の能力で人が悟りに至るまでの手助けをしてくれるらしい。本堂の中央に位置するのは生ある全てのものを救ってくれる阿弥陀如来で、左に位置する激怒した表情の仏は、馬の顔をした「馬頭観音」だ。一体なぜこんなにも怒っているのかというと、怒りの対象は私達人間の心の中の煩悩に対してで、煩悩を滅してくれるらしい。銀座でエロ二次創作を読んでいたユカコなんて本体ごと滅される可能性がある。ここでターンエンドだ。

 本堂にある他の仏像にまつわるそれぞれのお話も教えてもらい、参拝を終え充実した気分で私達は次なる目的地に向かった。今日の過酷な行軍で疲労を通り越し「身体が冷たくなってきた…」と時折呟くようになったユカコは若干気になるが、そこはもう無視して行くしかない。なにせ次の目的地こそが何なら私が日光で一番行きたかった場所、輪王寺大猷院なのだ。

 なんでまた大猷院に行きたいのか、その理由は簡単だ。昨日宿の布団に寝転がりながらスマホで日光東照宮について調べていた時に出てきた『龍神破魔矢』を手に入れたいからだ。
 龍神破魔矢はその名の通り、30センチ程の矢に龍が巻き付いた形状をしている金色の破魔矢だ。厄祓いや願いを叶える御利益があるとの評判で、日光東照宮では大猷院でのみ授与してもらえるらしい。郵送でも買えるらしいが、現地で買った方が御利益がある気がするのでそれは無視だ。

龍神破魔矢。かっこいい。

 そんなわけで屍となったユカコを引きずり、ようやく辿り着いた大猷院は、どことなく日光東照宮を思わせるような門構えだった。ただ、日光東照宮が「黒・金」ならばこちらは「赤・金」といった配色で、観光客が少なく周囲の高い木々に遮られ陽があまり当たらないせいか静かで落ち着いた印象を受ける。

大猷院。両脇に仁王様がいる。

 仁王門を通り抜け少し歩くと、一際豪華な門が現れた。これが有名な「夜叉門」で赤、緑、白、青の四体の夜叉が四方を守るために配置されている。
 この中の青い夜叉、北方を守る烏摩勤伽(うまろきゃ)が右手に持っている金色の矢こそが破魔矢の起源とされており、大猷院ではこの矢に祈祷を重ね鋳造し、龍神破魔矢として授与しているという。こんな物を偶然知ったからにはもう持ち帰るしかない。天啓だ。

北を守る烏摩勤伽(うまろきゃ)。
つぶらな瞳をしている。
西を守る鍵陀羅(けんだら)。
顔は怖いが左手がかわいい。

 ひとしきり夜叉達と同じポーズで写真撮影を楽しんだ後、私達は参拝のため家光の霊廟が祀ってある本殿へと向かった。
 本殿の中は外観から想像するよりもはるかに豪華絢爛な造りで、もうほとんど金閣寺だった。天井一面には黒地に描かれた精緻な金龍の絵が優に百枚以上は貼られており、まさに圧巻だ。なんなら壁も一面の金に描かれた大きな唐獅子の絵があり、とにかく上下左右、どこを見渡しても金と鮮やかな色彩の絵が目に入る。祖先家康の手前外観は家康を祀る日光東照宮より質素にし、有り余った金を内装に使ったとしか思えない。

 本殿を参拝し、目当ての龍神破魔矢を手にした私はほくほく顔で下山していた。
 龍神破魔矢の魅力を喧伝したにも関わらずこの旅のメンバーで破魔矢を買ったのが私一人だったことが唯一納得いかなかった点だが、それはまぁいい。私の破魔矢のおかげでこの旅の安全は確保されたも同然だ。感謝してほしい。

 時間に追われる我々は、下山途中の土産物屋を流し見する程度にとどめ、足早に駅へと向かった。今日泊まる旅館の最寄り駅までの電車は本数が少なく、予定の電車を逃したらどうなるか分からないのだ。最悪夜更けまでにはどうにか着けるだろうが、そうなったら宿の最大の売りであるビュッフェが食べられなくなる。万が一にでもあってはならない事態だ。早めに行動するに限る。

 危機に備えすぎて逆に電車の時間の30分以上前に駅に着いた私達は、近くの喫茶店でジュースを飲み時間を潰していた。晩にビュッフェがあるというのに、愚かなユカコはここでもケーキを食べていた。
「もうあと10分ちょっとくらいか、ロッカーから荷物も出さなきゃだし、早めに行って待っとこうか」
「そうやね。私が行って先に全員分の切符買っとくから、こうちゃんと山さんは荷物持って来てくれる?」
 すでにドリンクを飲み干したおばが立ち上がり店を出た。ユカコはまだケーキを食べている。
「なら私達も行っとこうか、ゆかにゃんはゆっくり食べて来ていいから。」
 4人分の荷物ともなるとそれなりに多い。おばから遅れる事しばし、ユキと私も喫茶店を後にした。

 駅のロッカーから滞りなく荷物を取り出した私とユキは、切符を持ったおばと合流すべく改札前へと向かった。そして仰天した。特急券の発売カウンターから改札前に至るまで、ずらりと長蛇の列が続いていたのだ。
「どういうこと?!」
 列の後方におばを見つけ、キャリーケースを引きずりながら問いかける。
「いや、分からん」
 大概のことにはゆったりと構えているおばが、珍しく焦りながら言葉を返してきた。
「あっちに自動券売機あるよね?有人の窓口やなくてもうあっちで買おうよ。」
 ユキが指差した先には5〜6人は並んではいるものの、こちらに比べれば格段に待ち人が少ない自動券売機があった。
「いや、それがさ」
 顔を曇らせたままおばが続ける。
「最初はあっちに並んでたんだよね。けどなんか、特急が発車する10分前?になったら、自動券売機では券が買えなくなるみたいで…。」
「どういうこと?!」
「とりあえずこっちに並び直して、今ネットで買おうとしてるんやけど、ネットも10分前からは買えなくなるみたい…」
「どういうこと?!」
 ほんとどういう事?!な事態だが、試しにユキと私がホームページにアクセスしてみても、おばの言う通り出発間近の列車の券は買えなくなっている。自動券売機で買おうとしている人に近付き様子を見ても同様で、みな絶望し有人窓口の列に並び直すという動きを繰り返していた。どうしてこんな仕様にしたんだ。ほんと罠としか思えない。

「どうする?!…どうする!?」
 私は完全にパニックになっていた。もう発車までの時間は5分程になっており、目の前の列は目算でも20人はいる。確実に間に合わない。朝食以降何も食べず楽しみにしていた豪華ビュッフェを食い逃す。ファッキン東武日光駅。呪う。
「間に合わないかー。」
 ケーキを食べ終わったユカコが合流したが無力だ。頭数にしかならない。理系を出ているにも関わらずなんの打開案も見出せないおばも、ひたすら困ったように窓口の様子を伺うのみだ。

「もうとりあえず列車に乗ろう!特急券は車内で買えばいいから!!」
 育ちのいいおばには一生かかっても思いつかないような汚い解決策を宣言し、ユキは颯爽と身を翻し改札へPASMO通した。
『ピンポーン!!』
 響く警報!閉まる改札!
 迫真の表情でこちらを振り向き叫ぶユキ。
「昨日のや!!!!」
 …!!そうだった!私達は昨日川治湯元という紙の駅に降り立ったせいで、東京から入場した際のPASMOの精算を終わらせていない。全員エラーで改札を通る事すらできないのだ。
「どうする??どうする?!」
 おろおろしながらひたすらお尋ねマシーンと化す私。
「とりあえずここで待ってても間に合わない!PASMO精算してもらおう!」
 もはや一刻の猶予もない。発券用の有人窓口とは別の改札窓口に掛け込み、駅員さんに事情を話し精算をお願いする。

 とんでもねぇ速度。
「全員の精算処理は間に合わないので紙の切符を発券します。精算処理は別の有人駅で行ってください。」
 そう話すやいなや、こんな事態には慣れているのか駅員さんは手慣れた様子で「列車が…もう列車が…」と動転する私達から必要な情報を聞き出し、同時に高速で特急チケットの発券処理を行なっていく。速い…!けれどももう残り2分…!ホームまで行くのは絶望だ。全員分のチケットを渡し駅員さんが言った。
「大丈夫ですよ、行ってください!」
 ほんまにぃ?!?だがもう走るしかない!キャリーケースを手に持ち、天狗もかくやという勢いで駅の階段を疾走する!ホームに列車が止まっている!一番手前の車両に乗り込んだ!!

 私達が飛び乗った直後、待ちかねていたように列車のドアは閉まった。…………間に合った…。肺が痛いくらい呼吸が苦しいが間に合った。なんなら出発時間から1〜2分くらい過ぎてる気もするが、北関東列車って走って来てる奴がいたら待ってくれるものなのか?たまたま遅延していた…?とにもかくにも、間に合った…これで…ビュッフェが食べられる…。

「やっぱりダーティな手段こそ全てだわ。真面目に待ってた奴らは全員乗り遅れたよ。」
 数十人の真面目な待ち人とユキの汚い感想を残し、列車は東武日光駅を後にした。

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