ミステリーにおけるファンタジー要素について【持論】
はじめに
今回も、前回に引き続きプレイしたゲームの感想でもつらつら書いていこうと思ったのだけど、ちょっと思うことあって趣向を変えてみることに。
ちなみに直近でプレイしたのは【逆転裁判シリーズ】
PSストアのセールで安かったので【成歩堂セレクション(逆転裁判1-3)】と【大逆転裁判1-2】それと3DSのセールで安くなっていた【逆転裁判4-6】
※当記事執筆時点では逆転裁判が1-5までクリア、大逆転裁判の2の途中
この内、逆転裁判の1-3には“霊媒”というファンタジー要素が、そして初めてnoteに感想を書いた【春ゆきて、レトロチカ】にも“不老”というファンタジー要素が絡んでいた。
直近でプレイした“ミステリーモノ”にファンタジー設定が絡んでいたので、ちょっとその辺について語りたくなってしまったのは、きっとオタクの悪いところ。
ミステリーにファンタジー要素は“あり”なのか
無論このお題に対しては、明確な“正解”は存在しない。
すべては読者やプレイヤーがどう捉えるか、どう思うか次第の話である。
それを前提として、あくまで自分個人の価値観と考えに添って最初に結論を述べると“あり”だと思っている。
とまぁコレだけで終わってしまう話ではあるのだが、流石に味気無さ過ぎるので、少し細かく話をしていこう。
そもそもミステリーとは
ミステリーというジャンルは、かの有名なコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズや、日本で言えば江戸川乱歩の明智小五郎を探偵としたシリーズがパッと思いつくだろうか。
“最初のミステリー”というのは、いくつか説があるので断定はできないが、1841年に世に出たエドガー・アラン・ポーの【モルグ街の殺人】だという説が濃厚か。
まぁ本記事においては別にミステリーの真なる初出がいつなのか!というのは本質ではない。
ここで言いたいのは、少なくても1800年代の中盤には産まれていたジャンルだということである。
厳密なことを言うと、ミステリーというジャンルは非常に定義が難しいもので、狭義には【殺人事件等を探偵が捜査し犯人を指摘する】というのがしっくり来る説明となるが、広義に解釈した場合は【謎解き】の要素があればそれはミステリーと言う事も出来なくない。
更に言えば、このミステリーというジャンルは細かく分けると更に定義がややこしくなっていく。
本格ミステリーだの、社会派ミステリーだの、法廷ミステリーだの、たぶんあげだしたらキリがないw
なので【明確な定義が存在している訳ではない】と結論付けたいのだが、少なくても現代において“コレ”が無ければミステリーとして駄作(認めない)と言われてもおかしくない要素が一つある。
それは
“読者(プレイヤー)が推理可能である事”
である。
分かりやすい例をあげるなら、日本には“金田一少年の事件簿”という有名ミステリー漫画があるが、この漫画は週刊誌連載時に毎回“犯人当てクイズ”をやっていた。
タイミングは主人公である金田一少年が実際に関係者全員を集めて推理を披露する“前”の段階である。
つまり、事件前後の漫画の記載内容や、事件後に金田一少年を通して読者が発見した手がかりで、真犯人に辿り着けるように出来ているのだ。
※例を漫画にしたのは、小説以上に“後でもう一度読み直した時”に事件の手がかりや伏線がわかりやすい為であり、当然の如く古いミステリー小説でもこのような構成になっているものが殆どである
コレがキレイにハマった場合、推理が当たった読者は優越感に浸れ、自分の推理が外れた読者は悔しさと同時に、分からなかった謎が分かるカタルシスを得る事が出来る。
コレこそがミステリーというジャンルの醍醐味であり、逆に“読者(プレイヤー)への手がかりの提示がなく推理不可能”という状態であれば、どれだけ物語が優れていて“名作ドラマ”であったとしても“ミステリーとしては三流以下”というのが筆者の考えである。
なので、あくまで自分の持論であり誰に強要する気もないが本記事中におけるミステリーの定義としては
“読者(プレイヤー)が推理可能であるもの”
と定義させていただきたいと思います。
ミステリーとファンタジー
急な話ではあるが、ミステリーにはルールがある。
いや、正確に言うなら“ルール”というほど厳密ではなく、これを破っている名作も多数あるし、どちらか言えば“初めてミステリーを書くなら参考にした方が良いガイドライン”とも言うべきか。
“ノックスの十戒”“ヴァン・ダインの二十則”と言われるものである。
十戒、二十則共に気になった方は個別に調べてもらうとして、ココでは本記事のテーマに沿う部分を抜粋させていただく。
【ノックスの十戒】
2・探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。
4・未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。
5・主要人物として「中国人」を登場させてはならない。
6・探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。
※5の中国人という表記に関しては、諸説あるが一番は十戒が登場した1928年当時の西洋において、東洋人は“神秘的な何か”を使うという風潮や偏見があったからであり、現代風に書き直すなら“超能力者を登場させてはならない”というあたりが正確だと思われる
【ヴァン・ダインの二十則】
8・占いや心霊術、読心術などで犯罪の真相を告げてはならない。
14・殺人の方法と、それを探偵する手段は合理的で、しかも科学的であること。空想科学的であってはいけない。例えば毒殺の場合なら、未知の毒物を使ってはいけない。
さて、それぞれ抜粋してきたが、要はノックスもヴァン・ダインも
「探偵も犯人も、超能力とか空想科学とか心霊術とか使っちゃダメだからね!!」
と言ってるのである。
ミステリーというジャンルは、作者と読者(プレイヤー)の知恵比べゲームであり、そこにファンタジーが入る事でフェアな知恵比べにはならない!という事である。
たしかに、極端な話をすれば探偵が被害者の霊に直接話しかけて
探偵「アナタを殺したのは誰ですか?」
被害者霊「あ、Aさんに刺されました!」
探偵「犯人はAさんです!」
ってやられたら、興冷めどころじゃないだろう(笑)
では、やはりミステリーにファンタジー要素は一切入るべきではないのだろうか
ミステリーの本質
少し話が逸れるように感じるかもしれないが、ここでミステリーの本質について記載しておきたい。
上述した通り、ミステリーというジャンルそのものは広義の意味で捉えた時にはかなり幅広く、すべてに適応する定義を用意するのは難しい。
その中で、筆者の考えとして「読者(プレイヤー)が推理可能なもの」という形で定義させてもらったのだが、これを更に深掘っていく。
推理可能である。ということは、つまり作中の探偵役が真相を披露する“前”の段階で、全ての手がかりが出揃っているという事である。
一見すると全く関係無いアイテム
一見すると全く関係のない描写
それが“実は”繋がっていた。
探偵が推理を披露した際に、自身の推理が的中していれば「よし!」となり、自分の推理が間違っていたら「くそ・・・そういう事だったのか!」となるのである。
先程も、ここでカタルシスを得るのがミステリーという話をしたのだが、このカタルシスはなぜ産まれるのか。
その答えはシンプルに「ロジックがカッチリハマった」ことだと思うのです。
提示された数多の手がかりが、キレイに一つのロジックにハマる快感。
探偵と同じ推理を出来た人間は、その快感を少し早めに
推理は出来なかった人間も、探偵の推理を聞いた時に
それぞれがそれぞれのタイミングで“ロジックがカッチリハマる”
それこそがミステリーの面白さの本質であり、核なのではと筆者は思うのです。
ミステリーとファンタジー②
ミステリーの定義を
“読者(プレイヤー)が推理出来るもの”
として、ミステリーの本質を
“ロジックのハマる快感”
だと思う筆者としては、上記の2つを満たす限り【ファンタジー要素】は問題無いという結論に達するのです。
初めに書いた通り、この記事を書こうと思った要因の一つは【逆転裁判】というゲームです。
このシリーズは、ジャンル的には法廷ミステリーというタイプで、名前の通り裁判がベースです。
例外はありますが、割りと犯人自体は最初からわかっているケースが多く、その犯人を有罪に、そして無実の罪で逮捕されている被告人を無罪にする為に、あらゆる証拠を集め、証人の証言の矛盾を突くゲームです。
そしてこのシリーズには“霊媒”という要素が1から登場しており、主人公の助手は霊媒をする事で死人の魂をその身に宿す事が出来ます。
また、その霊媒術は死人の魂を降ろした際に、肉体も“降ろした魂”側の肉体へと変貌する為、術者より身長の高い人を降ろすと身長が大きくなったりします。
明らかにファンタジー要素ですよね(笑)
で、実際シリーズの中ではこの霊媒が直接関わってくる事件がいくつかあります。
弁護士「被害者は上から刺されている。被告人の身長では不可能だ!」
検事 「その時被告人は霊媒を行っており、○○さんの霊を降ろしていたので、その人の身長になっていた。なので上から刺されていても不思議は無い!」
※一部意訳
なんてやり取りもありました(笑)
では、これはミステリーなのでしょうか?
再三言ってきましたが、あくまで個人の意見としてですが・・・
“読者(プレイヤー)が推理出来るもの”
└霊媒については、その体格変更も合わせて事前にプレイヤーに対して提示があった
“ロジックのハマる快感”
└上記の事件は、実際には別の犯人がいた。上記の霊媒を逆手にとって被告人でも犯行可能な状況を作り上げて罪を逃れようとしていたという真相が発覚する
という点から、筆者はこれを「ミステリー」だと捉えています。
もう一つ
以前に感想を書いた「春ゆきて、レトロチカ」
こちらは食した者を「不老」にする実を巡る物語。
立派なファンタジー要素ではありますが・・・
こちらのゲームの場合、その「不老の実」を巡る殺人事件が起きたりとドラマの中心には確かに存在しているのだが、殺人のトリックそのものにおいて「不老の実」ありきのトリックなどは一切存在しておらず、ドラマとしての最重要アイテムでありながら、ミステリー部分にはほぼ関わってこない為、やはり“推理可能”であり“ロジックがハマる快感”を損なう事はないので、こちらも筆者的には全く問題のないミステリーだと思っております。
要は
“犯人は密室から転移魔法で逃げた”
とか
“探偵が精度の高いサイコメトラーで、凶器をサイコメトリーして犯人を特定した”
とかでさえ無ければ、ファンタジー要素の入ったミステリーは成立するのである。
と、書いたもののですね?
例えば“犯人は密室から転移魔法で逃げた”としても
“転移魔法の存在が予め読者(プレイヤー)に提示”されていて、かつその魔法に何らかの縛り・・・たとえば“転移先に予め指定の魔法陣を書いた紙を用意しておかなければならない”みたいな縛りも提示されていた場合は
“魔法を前提としてミステリー”というのも問題なく書けるのですよ。
それと
“探偵が精度の高いサイコメトラーで、凶器をサイコメトリーして犯人を特定した”
も、サイコメトリーの“精度を下げる”事で作品として成立させていた【サイコメトラーEIJI】という漫画があります。
(まぁサイコメトラーEIJIは面白い漫画ですが、あれがミステリー漫画かと言われると何とも・・・全体はともかくミステリーになっていたエピソードはありましたよ間違いなく)
そもそもの話
「それを言っちゃぁおしまいよ!」
と言われるかもしれませんが・・・そもそもの話、ミステリーという作品自体がファンタジーだと思ってもいます。
それは別に“創作物だからファンタジー”という事ではなく、一つ例をあげるなら、ミステリーでよく使われる謎の一つに“密室”というのがありますよね。
現実で、もしどうしようもない理由で誰かを殺害しないといけないなら、一番最初に考えるべきは“死体の発見をさせない”こと。
そう、そもそも死体が出なければ事件にすらならないからね!
・・・え?それじゃ作品にならん?
まぁそうですよね。
ならまぁ100歩譲って死体は発見されたとしよう。
それならそれで、密室なんかより出入り自由で窓も割って財布も金品も盗んでしまえば良い。
所謂“物取りの犯行”ってやつだ。
同じ建物に居た人間の疑いが0になるとは言わんが、物取りの線が消えない以上は捜査の労力は分散せざるを得ないからね!
・・・え?密室にするメリットだってあるって?
たしかに、密室は効果的に使えばメリットがあるのは認めよう。
効果的に使われた密室の中で死体が見つかった場合、死因として考えられるのは自殺、事故死、病死等の“事件性の無い死体”に見えるからね!
じゃあそれら“事件性の無い死体と環境”の構築を目指したが・・・という作品は良しとしよう。
では“密室の中で例えば凶器が背中に刺さってるような明らかな他殺体”が残されているケースはどうだろうか?
もう密室のメリットをかなぐり捨ててるよね。
この場合、密室を構築する理由が“警察や探偵に対する挑戦”か“殺人事件の犯人として自分以外の誰かを捕まえさせる”くらいしかない。
前者はミステリー作品ではちょこちょこ見るやつ。
後者は、AさんがBさんとCさんを殺害してその罪をDさんに着せたいという場合において、最初から明らかにDさんが犯行を行ったと示唆する証拠を残しまくるとCさんを殺す前にDさんが拘束されてしまうので、Bさんの死体発見時においては“殺人事件であり、物取りの線も無いから同じ建物に居る人間の仕業だろうが、謎が残っており犯人の特定だけが出来ない”という状況を作りたい時であれば機能はする。
うん、ちょっと限定的過ぎるよね(笑)
まぁつまるところ何が言いたいか言えば、そもそもリアリティや現実感という言葉を持ち出した場合、そもそも犯行が露呈しなかったり、露呈した場合に“解ける謎”が産まれる事はほぼあり得ないという事。
その意味においては、密室トリックもアリバイ工作も一種のファンタジーであるというのが筆者の意見である。
前述の通り筆者は、ミステリーというジャンルは作者と読者(プレイヤー)の知恵比べであり、それ故に“読者(プレイヤー)が推理可能”である事と定義しているので、探偵役が推理を披露する“前”の段階で読者(プレイヤー)に提示された手がかりを素に真相に到れる形を成しているのであれば、それがワイヤーを使った密室トリックであろうが、替え玉を使ったアリバイ工作だろうが、死亡推定時刻の改ざんであろうが、魔法による空間跳躍であろうが、被害者体内のミトコンドリアに働きかけて内側から発火させようが、全てミステリーなのである。
余談
ミステリーとファンタジーの話をすると、筆者の大好きな・・・しかしそれでいて世間でかなり否よりの賛否両論を巻き起こしたとある作品を思い出します。
“うみねこのなく頃に”
アニメも沢山やってた“ひぐらしのなく頃に”の原作終了後に、続いて産まれた“なく頃に”シリーズの第二弾です。
ひぐらしと同じように、夏コミと冬コミでそれぞれ4回・・・4年間8話で構成された物語でしたが、ひぐらしは原作の8話以外にもアニメオリジナルを追加して原作には存在しない3期、4期もやっていた(原作部分は1-2期)り、ハードを移植するたびに追加シナリオが産まれたり、漫画オリジナルのシナリオがあったりとその世界観を広げていきましたが、それと比較するとアニメは原作の前半部分だけで、オリジナルはおろかそもそも原作終了までもやれなかったのがうみねこのなく頃に・・・。
今回の話に直接の関係は無いのですが、あの作品は
“アンチミステリーvsアンチファンタジー”
という、かなり面白い形になっていたので、もうかなり昔の作品となっていますがいつかうみねこについてのnoteも書こうと思います。
大好きなんですよあれ・・・。
おわりに
結局このnoteは、俺がただ
「別にミステリーにファンタジー要素が入っていたって良いじゃない」
という一行で済む話を、延々と薄く引き伸ばしただけのnoteになりました。
何度も繰り返しておきますが、このnoteの記載内容は“筆者の意見”でしかないので、それを押し付ける気は毛頭無いです。
こういう意見のヤツもいるんだなぁくらいに見てもらえればいいかな!
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